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60 柚佳の気持ち
しおりを挟む視線を外して前を向いた。口元を左手で隠す。動揺が半端ない。手汗も半端ない。柚佳、どうしたんだろう。今はほかの友達もいて二人きりって訳じゃないのに……。こんなに積極的な奴だったか?
たまに変な風に周りを気にしないところあるけど思い返したらキス偽装写真がバレた時とかオレが花山さんにラブレターを書いたと勘違いしてたらしい頃とかの柚佳に雰囲気が似ている気がする。
今回は何だ? 一体何でなんだ?
オレの中に一つの可能性が浮かんだが……。安直な自分に小さく笑って首を横に振った。そんなのある筈がない……オレじゃあるまいし。
不意に繋いでいた手がぎゅっと握られた。
「海里、何考えてるの?」
左隣に座る柚佳に問われ、何もやましい事はないのに焦ってしまった。慌てて思考を現実に戻す。
「えっあっ、ほら。遊園地に着いたら何乗ろうかなーって」
苦し紛れにそれらしい答えを返す。その時バスがトンネルに入った。明るかった外の景色が急に黒一色になる。窓を背景にこちらを見つめる柚佳の目が細まった。
「ふーん」
あ、あれ? やっぱり柚佳の様子がおかしい。
「……何か怒ってる?」
心の中でさっき浮かんだ可能性がまだオレの内側を漂っている。苦笑いして脳内でそれを否定した。すぐ傍にいるのだから本人に直接聞くのが手っ取り早い。そう考えて尋ねたのだが……。
「ううん? 怒ってないよ?」
ニコッと向けられた顔。確かに笑顔なのにどこか怖い。気のせいだと思いたい。
「何かあるなら言えよな。ほら……オレ、彼氏だし」
面と向かって言うと少し照れる。後半は視線を下へ逸らしてボソボソとした声になってしまった。
柚佳は悩みや心配事を話さず独り抱え込む癖がある。もっとオレを頼ってほしい。
チラと視線を戻した。柚佳が大きな目でオレを見つめている。びっくりした時の顔をしていた。
「柚佳?」
声をかけると彼女はハッとした表情で口を動かした。何か紡ごうとしているようにパクパクしていたけど、暫くして動きが止まった。微笑みかけられた。どこか悲しげな瞳で。
「ありがとう海里。へへっ。じゃあ、お言葉に甘えようかな?」
ぽすっ。
「え……?」
柚佳の頭がオレの肩にくっついた。
「え……っ?」
…………寄り掛かられている。右肩に柚佳の重みを感じる。そこはかとなくいい匂いが近い。
「昨日ちょっとね、寝不足で。ごめんね、もうちょっとこのままでいさせて……」
目を閉じている柚佳の顔。二の腕に彼女の体温。未だに繋がれた手はオレたちの間で湿度を増してゆく。
「あらあらあらっ?」
左隣に座る花山さんに気付かれてニヤニヤされた。
「ほほー? これは……。沼田君が押せ押せなのかと思ってたけど意外と……」
「意外?」
顎に手を当て何か言おうとした花山さんへ聞き返す。彼女は慌てた様子でニッコリした。
「何でもないわ! 柚佳ちゃんを起こさないように着くまで静かにしてましょ!」
「わ、分かった」
はぐらかされた? 花山さんは何を言おうとしたんだろう。
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