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59 違和感
しおりを挟む花山さんの疑問が何を指すのかは分かっていたけど、敢えて言葉にせず小さく笑って見せた。
「……!」
オレの表情で理解したらしい。目を大きく開いた驚愕らしき面持ちの花山さんは、次に自分の頭に両手を置いて嘆いた。
「そんな。嘘よ。柚佳ちゃんが……? 穢れなき天使だったのに……沼田君のバカ!」
花山さんに左腕を掴まれて揺さぶられた。その振動に頭を揺らしながらもオレは満足だった。顔がにやつく。柚佳との思い出を胸に浮かべて彼女と両想いになれた奇跡を噛み締める。
「わー、何かムカつく顔してるわ。…………で? どこまで進んだのよ。まさか私の柚佳ちゃんにキス以上の事をしてないでしょうね?」
花山さんの問いに顔を右に逸らした。ニヤニヤ緩む口元を押さえる。
「オレの口からは何とも……」
「なっ? 何よその歯切れの悪い答えはっ! 黒なのねっ?」
顔を向けた先で柚佳の大きな瞳がオレを映しているのに気付いた。彼女の不安そうな表情にオレのニヤニヤが消し飛ぶ。
「柚佳……?」
呼ぶと一瞬、我に返ったように息を吸った様子だった彼女は……ニッコリと笑った。
「何? 海里」
「……どうかした? 何か心配事でもある? 顔色悪いけど」
オレの問いかけに柚佳は首を横に振った。
「ううん? ……私って恵まれてるなって思ってただけだよ」
「恵まれてる……?」
「えっと……あっ! そうそう。あの子……。さっきから海里の事見てる」
「えっ?」
柚佳の視線を辿れば左斜め前……篤妹前方の座席から送られる鋭い眼差しを知る。「マキ」が妬ましそうな目でこちらを見ていた。オレが花山さんと喋っているから不愉快なんだろう。
苦笑いして見せると奴は不機嫌な顔のまま再び前を向いた。その様子を眺めていたオレの横で柚佳が呟いている。
「あの子も一緒にお喋りしたいのかな……? あっ! そういえば今日、柳城君は来てないね?」
急に和馬の話題になってドキリと心臓が鳴る。マキの後ろ姿も数センチくらい揺れたように見えた。オレの左隣に座る花山さんがフォローを入れてくれる。
「和馬は今日来れなくて。代わりにマキちゃんに来てもらったの!」
花山さんの口調はそれらしく自然だ。だが笑みが不自然だった。唇の端がヒクヒク動いている。
「そうなんだ」
右隣で相槌を打っている柚佳に視線を戻した。その表情は穏やかに笑っていた。でも何でだろう。素直に花山さんの言葉を信じているように見える笑顔なのに不吉な予感を覚えた。
柚佳の視線が逸れた。彼女が向く先には横目にチラチラとこちらを気にしているマキがいる。
……まさかもうバレてる?
自分の事のように背中に変な汗をかく。花山さんの考えた「マキの正体がバレた後の仕打ち」が思ったよりも残酷なので和馬に肩入れしてしまったのかもしれない。
顔を右へ向けず目だけで柚佳を盗み見た。まだマキを見ている。何か思考しているようにも窺えるけど面持ちからは読み取れない。その唇が何か紡いだ。
「――――」
「え? 柚佳今……何て言った?」
柚佳の表情があまりに暗かったからなのかは分からないけど……さっき僅かに感じた不安が胸の内で膨らむ。
少し俯いた彼女の顔色を確かめようと上体を屈めたところで思わず動きを止めた。
座席に置いていた右手が柔らかくて温かいものに覆われている。
相手の目を見る。柚佳はオレの目を見てニコッと笑った。甲に重なっていた感触が掌に移る。指が絡まって捕らわれた。
柚佳の様子が変だ。どこか違う気がするのに、その違和感に気付けないでいる。
瞳を見つめながら応じる。
二人の間で密かに固く結び合った。
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