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54 番外編(柚佳視点)*2 胸の内
しおりを挟む強く恋い慕う人とのキスが失恋で欠けたものを補うように幸福感をもたらし、そんな筈ないのに海里の好きな人は自分なんじゃないかという思いが過る。
「バカね」と胸の内で笑った。
「本来、海里とキスするのは……ここにいるべきなのは美南ちゃんだよ」そう言い聞かせるように思考する私と「違う!」と必死に認めようとしない私がいて、どちらの自分も哀れに感じた。
伝わる手の感触も、ほんの二、三秒唇にあった彼の温度も、全部覚えていよう。
近くにあった心地いい気配が解かれてゆっくり目を開いた。海里のシャツを掴んでいた。慌てて手を引っ込める。恐る恐る顔を上げて相手の様子を見た。
口を右手で覆った彼は、私から目を逸らすように顔を横に背けている。
何故なのか少しの間考えて思い当たった。今までただの幼馴染だった私たち。海里は私の事なんて恋愛対象じゃなかったに違いない。何とも思っていなかった幼馴染と急にキスなんてしたものだから変な感じがしたのかも。どこか戸惑っているようにも見える。
美南ちゃんじゃなくてごめんね。――でも後悔はないよ。
心の中で海里に謝っておく。
今しがたまで温かかった胸の奥へ冷気が吹き込む如く失った痕が疼く。本当は渇望していたものが決定的に足りなくて穴が空いている器は満たされる事がない。だから底なしのように欲深くなる。思わずにはいられない。
どうして海里の好きな子は美南ちゃんなの? 私の方がずっと傍にいたのに!
彼は黙ったままテレビ画面を見つめている。もしかしたら美南ちゃんの事を考えているのかもしれない。私とキスしていた時も、彼女を想っていたのかもしれない。思い至って唇を噛んだ。
「あっ……のっ……」
呼びかけようと口を開いたけど、震えてしまって上手く言葉が出ない。
みっともないところを見られる前に帰ろう。
後の事はあまりよく思い出せない。海里に「もう帰るね」みたいな事を伝えて、その場から逃げ出した。
自分の部屋のベッドに突っ伏して少し泣いたら落ち着いた。気持ちを切り替えてテスト勉強でもしよう。その方が余計な事を考えないで済むかもしれない。
制服を脱いで部屋着に着替えていると戸がノックされた。台所にいる母が私の様子を気にかけてくれている。
「海里君とケンカでもした?」
「……ううん? してないよー」
むしろキスまでする仲になって彼に近付けた筈なのに。温度差というか、まざまざと距離を感じた。緊張していたのも、感動したのも、嬉しかったのも…………きっと私だけ。
遠くない日に海里の傍にいられなくなる。今まであった私の居場所も美南ちゃんのものになる。
「……っ」
絶望に似た暗い気持ちが湧く。
部屋で立ち竦んでいた時、来客を知らせるチャイムが鳴った。
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