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51 親友
しおりを挟む「ふふっ」
階段を上り切った『マキ』は体の後ろで手を組んで上目遣いに見上げてきた。こちらへ数歩接近し更に笑顔になった彼女は背を向け今いるスペースの左奥へと歩いて行く。錆だらけのロッカーと床に置かれたバケツや立て掛けられたモップ。それらを背景に彼女が振り返る。細くしていた目を開き告げてきた。
「海里君、考えがぶっ飛び過ぎだよ。でも正解」
初めはコロコロ笑うような明るく澄んでいたものが、後には愉快そうでいて落ち着いた雰囲気の……マキの声より低いいつも聞き慣れた声音へと変貌していた。
見た目とのアンバランスさに眉をひそめる。聞き間違いじゃないよな?
彼女の秘密を暴いたのは自分なのに、思わず耳を疑ってしまう。
「すんなり認めるんだな?」
問いながら注意深く目の前にいる人物を窺う。口には微笑みを浮かべて相手もこちらを見ている。
ハイネックのインナーを着ているのは喉仏を隠す為か? ささやかにある胸はきっと中に何か仕込んでいるのだろう。黒タイツは……確かこいつスネ毛濃かったよな。
それにしても化粧をバッチリしているとはいえ、よくここまで見事に化けれたものだ。称賛に値する出来ばえの『マキ』を繁々と眺めていると、彼女の双眸が不快そうに細められた。
「ジロジロ見んじゃねーよ! 篤といい、お前といい! 男に興味ねーよ、オエエ」
舌を出しておどけている様を見つめる。ああ……、和馬だ。こんなに美少女なのに和馬なのか。
「篤に一度髪を触られたし長くは隠し通せないだろうなって薄々思ってた。この姿も今日で最後だ。大体、この化粧とヅラすんのに一時間半はかかるんだぜ?」
片方の口の端を上げてケラケラと笑っている和馬に、オレは押し黙ったまま視線を注ぐ。
「篤はてっきり一井さんが好きなんだと思ってた。でも実際はあの妹が本命だったんだな。思い描いてた筋書きと違ったけど漸く安心して眠れそうだよ」
親友は優しげな目をして下を向き、やっと本意を零した。
何で『マキ』になりすましてまでオレと柚佳の仲を裂こうとしていたのか。何故オレを装って花山さんへラブレターを書いたのか。
頭の中で考え続けて辿り着いた答えを、マキの姿をした和馬にぶつけた。
「お前、柚佳と篤をくっつけようとしただろ。オレが書いたように見せかけた手紙で花山さんの気を篤から逸らした。……全部、花山さんと篤が付き合うのを止める為か?」
和馬は俯いたまま視線を上げず、少し悲しげに微笑した。
「だったら何だよ? 俺は自分の思い通りにする為だったら友達だって利用する。お前に近付いたのだって美南ちゃんと仲の良かった一井さんの幼馴染だったから、何かに使えると考えただけだ。……ずっとお前が嫌いだった。お前は片想いだと思ってたようだけど、一井さんとお前は両想いだってすぐに分かった。俺と違って恵まれてるお前が、本当に大嫌いだった」
荒々しく吐き出すように言い捨てた和馬へ、冷めた目を向ける。
「それで? だから何なんだよ。オレと違って、お前は好きな子から好かれてないって? オレを利用する為に友達になった? オレの事が大嫌い?」
和馬へ距離を詰めた。睨み合い、皮肉を込めせせら笑ってやった。
「全部どうでもいいね! お前はオレと喧嘩別れでもしたいみたいだけど、生憎オレもお前を存分に利用してるんだ。お前に見放されたら昼飯の時にオレだけ浮くだろ? もう浮いてた頃に戻れないくらいには、お前には利用価値があるんだ。悪いけど、このまま利用させてもらうからな」
鼻で笑い見下ろす。
意味を理解するまでに時間がかかったのかもしれない。目を大きく開いてオレを凝視していた和馬は暫くして口をへの字にした後、諦めたような負け惜しみめいた口調で僅かに笑った。
「俺……やっぱりお前の事、嫌い」
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