上 下
35 / 67

35 確認

しおりを挟む


 それからオレたちは殆ど何も喋らずアパートの近くまで来た。

 といっても柚佳は終始何か話したそうな様子だった。俯きがちの彼女。時々顔を上げてこっちを見て口を開きかけるけど、ためらうようにまた俯く。

 オレはそんな彼女に敢えて何も聞かず隣を歩いていた。柚佳の肩が濡れないように傘を右に傾ける。オレの肩が濡れるけど、二人入るには傘の大きさが十分じゃないので仕方ない。

 アパートの敷地に隣接する空き地の前で柚佳が立ち止まった。前に進みかけていた足を止め、彼女を振り返る。

「柚佳?」

 濡れないように彼女に傘を差し掛ける。


「海里、ごめんね」


 澄んでいる響きなのに絞り出すように紡がれた何かの感情が込められた声。
 心臓がぎゅっと掴まれたように脈を打った。


「何が? 何が『ごめんね』?」


 不安と嫌な予感に胸がざわつく。上着の前を左手で握り締め問いかけた。

 口にしてしまってから後悔した。オレには何も覚悟ができていなかった事に漸く気付いた。最後まで、彼女の話を聞ける自信がない。


「……篤の事?」


 怖ろしさに勝てず自分から話を振ってしまった。
 柚佳はオレを見て悲しそうに笑った。

 待ってくれ。待て待て待て待て。


 柚佳が口を開けるのが見えた。






「はいひ」

 くぐもった柚佳の声が聞こえ我に返った。気が付いた時には左手で彼女の口を覆っていた。ゆっくり手を離す。

「海里、何? どうしたの?」

「ごめん」

 驚いているらしい彼女に謝って、右下に目線を逸らした。心音の響きが落ち着かない。もし本当に柚佳と篤が「そう」だったとしてオレはきっとどうする事もできない。


「柚佳。柚佳は篤よりオレの方が好きなんだよな?」


 真っ直ぐにその目を見つめる。彼女は一拍ぐっと詰まるような表情をした後、コクッと頷いた。


「じゃあ話せるよな? 話してくれるよな? 篤とお前の関係について。篤がお前にした『お願い』についても」


 左手で柚佳の右肩を掴んで揺さぶってしまう。


「お前がオレと花山さんの仲を心配してたように、オレも篤とお前の仲が心配なんだ。頼む」


 情けないけど本心を曝け出す。
 柚佳は何も言わない。少しの間、何かを思考しているようにぼーっとした瞳だった彼女の顔に段々と戸惑いらしい動きと赤みが増していく。


「えっ……と?」

 目を下に向けたり横に向けたり頻繁に動かしている様がオレの視線から逃げているようにも思える。柚佳の肩を放して、苦しく鳴り続ける胸を押さえる。


「……言いたくないのなら、いいよ。無理には聞かない。だけどお前の事、嫌いになるかもしれない」


 苦く笑って告げた。柚佳の顔色が強張ったように見えた。


「海里! 桜場君と私が……その……変な関係だと思ってるの? ……あはは!」


 柚佳が笑い出した。笑って出た涙を拭っている姿を、オレは静かに眺めていた。


「狡いよ! そんなに執着してくれるなんて。私の事でそんな顔してくれるなんて、本当に狡い!」


 彼女は一頻り笑い、最後にそう結んだ。
 胸の上で上着を握り締めていた左手に、柚佳の温かな手が重なった。


「行こう。私にばっかり傘を差してるから海里ってばびしょ濡れになってる!」


 手を引かれるままアパートの階段を上った。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

【完結】俺のセフレが幼なじみなんですが?

おもち
恋愛
アプリで知り合った女の子。初対面の彼女は予想より断然可愛かった。事前に取り決めていたとおり、2人は恋愛NGの都合の良い関係(セフレ)になる。何回か関係を続け、ある日、彼女の家まで送ると……、その家は、見覚えのある家だった。 『え、ここ、幼馴染の家なんだけど……?』 ※他サイトでも投稿しています。2サイト計60万PV作品です。

夜の公園、誰かが喘いでる

ヘロディア
恋愛
塾の居残りに引っかかった主人公。 しかし、帰り道に近道をしたところ、夜の公園から喘ぎ声が聞こえてきて…

エロ・ファンタジー

フルーツパフェ
大衆娯楽
 物事は上手くいかない。  それは異世界でも同じこと。  夢と好奇心に溢れる異世界の少女達は、恥辱に塗れた現実を味わうことになる。

女子高生は卒業間近の先輩に告白する。全裸で。

矢木羽研
恋愛
図書委員の女子高生(小柄ちっぱい眼鏡)が、卒業間近の先輩男子に告白します。全裸で。 女の子が裸になるだけの話。それ以上の行為はありません。 取って付けたようなバレンタインネタあり。 カクヨムでも同内容で公開しています。

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

県立青海高校争乱始末

河内ひつじ
青春
瀬戸内海地方の小都市、青海(せいかい)市に所在する県立青海高校に於いて生徒会長、本橋龍太郎のセクハラ疑惑に端を発した生徒会と報道部の対立はやがて報道部部長、甘草静子が発足させた新生徒会と本橋の依頼を受けた校内任侠界の首領、三好巌会長率いる青海侠学連合の全面抗争の様相を呈し始める。この様な不穏な情勢の中、文芸部部長を務める僕、吉岡圭介は化学部、祭り研究会と3クラブ同盟を結成、抗争との中立を図るがその努力も空しくやがて抗争の渦中に巻き込まれて行く。

13歳女子は男友達のためヌードモデルになる

矢木羽研
青春
写真が趣味の男の子への「プレゼント」として、自らを被写体にする女の子の決意。「脱ぐ」までの過程の描写に力を入れました。裸体描写を含むのでR15にしましたが、性的な接触はありません。

処理中です...