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33 痴話喧嘩
しおりを挟む「あらあら。柚佳ちゃんいいなぁ」
「俺たちも繋ぐ?」
「繋ぐわけないでしょ、バカ!」
オレと柚佳の後方から花山さんと和馬のやり取りが聞こえる。少し早い足取りで二人から距離を取った。柚佳の左手と繋いだ右手が湿りを帯びていく。
「海里……?」
細い道路の真ん中を歩いていた。表通りから奥まった所にある道で普段から滅多に車や通行人を見かけない。篤の祖父の家が遠く小さくなった頃、立ち止まる。
柚佳の顔を見た。少し不安そうにオレを窺う彼女は、今日は既に髪を下ろして両サイドをヘアピンで留めている。
「なあ。篤の『お願い』って何だったの?」
右手の内で柚佳の左手が僅かに震えたのを感じた。視線は逸らさず静かに、その瞳の動きを観察する。
「それはっ……」
彼女は俯いて口籠もった。
「……ごめんね、言えない」
「何それ」
予想通りの返答が悲しくて、冷たい声音で笑ってしまう。
ずっと薄ら思っていた事がある。オレの柚佳への気持ちの重さと柚佳の持つ気持ちには隔たりがあるのではないかと。
「オレにも言えない事なの? オレってお前にとってどんな存在なの? 篤よりも下って事?」
「違うよ!」
柚佳が顔を上げて強く否定した。捕まえている手が緊張を示すように湿度を増す。
合った目が切なそうに細められた。けれど視線は右下に躱された。
「桜場君とは比べられないよ」
ショックだった。勝負にもなっていなかった。容姿も頭脳も運動神経も負けている自信がある。急に自分が恥ずかしく思えた。
「そ、そうだよな」
握っていた手を放した。打ちひしがれた気持ちで下を向く。そんなオレに柚佳は言う。
「だって海里の方がずっとかっこいいし。頭もいいし、運動神経もいいし、努力家だし、優しいし、強いし、怒ると怖いし……まぁ、あんまり桜場君の事は知らないんだけどね。海里の事なら分かってると思うよ、私」
信じられない思いで彼女を見つめた。柚佳の少し頬を赤らめた笑顔に喉がごくりと鳴る。
「……そう。そっか。全然分かってないみたいだ」
右手で自然と綻んでしまう口元を隠す。
さっきまで篤との仲を勘ぐってイライラしていたのに、柚佳の言葉で不安が解かれていくように楽になった。
でも彼女は全然分かっていない。オレがどんな気持ちでその言葉を聞いているのか。一言一言に一喜一憂してしまう事だって知らないだろう。
「分かってない? そっかな」
「そうだよ」
不思議そうに首を傾げる柚佳に相槌を打つ。オレも柚佳の事が分からない。隠し事もされているし不安はあるけど、多分どんなに嫌われても……嫌いになったとしても彼女を好きな気持ちは消えないんだろうなと苦く笑った。
道の先にある十字路で和馬と花山さんがオレたちを待っている事に気付いた。
「話は終わった? 早く帰って勉強したいのよね。まだ全然範囲が終わってなくて」
早く帰りたそうな花山さんに対し、和馬は不服そうだ。
「えー。美南ちゃん、もっと一緒にいたいんだけど。……あ! そうだ。美南ちゃんの家で勉強しようぜ。久しぶりに」
「お断りよ」
目を輝かせた和馬の提案は即刻切り捨てられた。
「アンタいつも勉強なんてしなかったでしょ!」
怒ったような荒っぽい足取りで先に行ってしまう。
「えー、美南ちゃんだって勉強してなかったじゃん」
「うるさいわねっ! それはアンタのせいでしょ!」
前方の二人に口喧嘩が勃発している。ただの仲のいい痴話喧嘩にも聞こえる。
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