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31 衝動
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「ね?」
篤が隣にいる柚佳に顔を向け、優しげな声音で確認している。柚佳は唇を噛み、篤を見上げた。この世の終わりを告げられたかのように悲愴な表情で彼女は口を開いた。
「桜場君、ごめん。さっきのなしに……」
「できないよ。一井さんから言ってきたよね。一度だけしか使えない『お願い』を使ってまで頼んできたでしょ?」
オレは俯いた柚佳を声もなく見つめた。『お願い』……? 篤と柚佳、二人の間でだけ通じる会話だと分かって頭に血が上る。
「篤……、柚佳はオレの彼女だ」
「今は、ね」
横目で一笑された。
「篤っ!」
怒りに似たどす黒い感情から声を上げ走り出す直前、邪魔された。後方を睨み付ける。
「和馬、放せよ」
脇の下から腕を差し込んできた和馬に肩を押さえられている。
「どうどう。やめとけ。そろそろ先生来るって。あーもう! 美南ちゃーん、助けてー」
「ちょっ、和馬っ! その呼び方やめてって言ってるでしょ! ってわわっ! ち、違う違う!」
オレの後方にいる和馬が困り切った声で花山さんに助けを求めている。いつもと呼び方が違った。酷く慌てた様子の花山さんがそれを注意していたけど、彼女も和馬の呼び方がいつもの『柳城君』ではなく『和馬』と呼び捨てだった。
「ちっ」
花山さんが舌打ちをした。
「桜場君、柚佳ちゃん。私も一緒に帰りたいなぁ。いいよね、いいよね?」
元の花山さんの声に戻った。いつものように可愛く、柚佳に微笑みかけているようだった。瞳に希望が差すように柚佳の表情が少しずつ明るくなる。
「うん!」
ほっとしたように笑った柚佳。瞬きで輝いたのは涙だったのかもしれない。
「あっ、じゃあ俺も俺も!」
どさくさに紛れて和馬が主張した。心底呆れて睨もうとしたけど肩を押さえられていて振り返れない。両手を後ろへ伸ばす。恨みを込めてその脇腹をくすぐった。
「ぬおっ?」
よろめいた和馬の腕が離れたので思いっ切り睨む。和馬はオレをいなすようにヘラッと笑った。
「はいはい。美南ちゃん、海里も仲間に入れてほしいって!」
「言ってない!」
透かさず否定するけど、和馬は明後日の方向を見ながら聞き入れない。
「はいはい。強がり」
「なっ!」
その時、廊下の方から足音が聞こえてきた。先生のものだろう。
「この話の続きは放課後だな」
和馬がそう締め括って、いつもと違った雰囲気の教室は通常の授業風景に切り替わっていった。オレも一旦感情を落ち着け、大人しく着席した。
けれど、いくら普通に装っていても心の中は暗いままだった。どす黒いドロドロした生き物を身体の内に飼っている気分だ。
左手に頬杖をついて柚佳を睨んでいた。いつもの澄ましたものじゃない少し元気がないように下を向くその儚げで綺麗な顔を、とことん追い詰めて酷く泣かせたい衝動が湧く。
どうしたのだろう。いつものオレなら笑顔にしたいとか、どんな顔も可愛いなんて思うとこだろ?
きっとこの衝動を実行したら柚佳に嫌われる。
だけど、その先の彼女を見てみたい気がするのだ。
篤が隣にいる柚佳に顔を向け、優しげな声音で確認している。柚佳は唇を噛み、篤を見上げた。この世の終わりを告げられたかのように悲愴な表情で彼女は口を開いた。
「桜場君、ごめん。さっきのなしに……」
「できないよ。一井さんから言ってきたよね。一度だけしか使えない『お願い』を使ってまで頼んできたでしょ?」
オレは俯いた柚佳を声もなく見つめた。『お願い』……? 篤と柚佳、二人の間でだけ通じる会話だと分かって頭に血が上る。
「篤……、柚佳はオレの彼女だ」
「今は、ね」
横目で一笑された。
「篤っ!」
怒りに似たどす黒い感情から声を上げ走り出す直前、邪魔された。後方を睨み付ける。
「和馬、放せよ」
脇の下から腕を差し込んできた和馬に肩を押さえられている。
「どうどう。やめとけ。そろそろ先生来るって。あーもう! 美南ちゃーん、助けてー」
「ちょっ、和馬っ! その呼び方やめてって言ってるでしょ! ってわわっ! ち、違う違う!」
オレの後方にいる和馬が困り切った声で花山さんに助けを求めている。いつもと呼び方が違った。酷く慌てた様子の花山さんがそれを注意していたけど、彼女も和馬の呼び方がいつもの『柳城君』ではなく『和馬』と呼び捨てだった。
「ちっ」
花山さんが舌打ちをした。
「桜場君、柚佳ちゃん。私も一緒に帰りたいなぁ。いいよね、いいよね?」
元の花山さんの声に戻った。いつものように可愛く、柚佳に微笑みかけているようだった。瞳に希望が差すように柚佳の表情が少しずつ明るくなる。
「うん!」
ほっとしたように笑った柚佳。瞬きで輝いたのは涙だったのかもしれない。
「あっ、じゃあ俺も俺も!」
どさくさに紛れて和馬が主張した。心底呆れて睨もうとしたけど肩を押さえられていて振り返れない。両手を後ろへ伸ばす。恨みを込めてその脇腹をくすぐった。
「ぬおっ?」
よろめいた和馬の腕が離れたので思いっ切り睨む。和馬はオレをいなすようにヘラッと笑った。
「はいはい。美南ちゃん、海里も仲間に入れてほしいって!」
「言ってない!」
透かさず否定するけど、和馬は明後日の方向を見ながら聞き入れない。
「はいはい。強がり」
「なっ!」
その時、廊下の方から足音が聞こえてきた。先生のものだろう。
「この話の続きは放課後だな」
和馬がそう締め括って、いつもと違った雰囲気の教室は通常の授業風景に切り替わっていった。オレも一旦感情を落ち着け、大人しく着席した。
けれど、いくら普通に装っていても心の中は暗いままだった。どす黒いドロドロした生き物を身体の内に飼っている気分だ。
左手に頬杖をついて柚佳を睨んでいた。いつもの澄ましたものじゃない少し元気がないように下を向くその儚げで綺麗な顔を、とことん追い詰めて酷く泣かせたい衝動が湧く。
どうしたのだろう。いつものオレなら笑顔にしたいとか、どんな顔も可愛いなんて思うとこだろ?
きっとこの衝動を実行したら柚佳に嫌われる。
だけど、その先の彼女を見てみたい気がするのだ。
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