上 下
20 / 67

20 誤解

しおりを挟む


「柚佳っ!」


 階段を下りたけど柚佳の姿は見当たらない。廊下では登校してきた他クラスの生徒が訝しむようにこちらを見ている。……もう教室に戻ったのかもしれない。

 急いで追いかけようと一歩踏み出した時。


「海里? どうしたの? 今、私の事呼んだ?」


 後方から声をかけられ驚いて振り返った。
 女子トイレから出て来た柚佳がハンカチで手を拭きながらきょとんとした表情をしている。さっき泣いていたからか、まだ目が少し赤い。


「あ、あれ?」

 教室のある方の廊下とトイレの前に立つ柚佳を交互に見る。


「柚佳、もしかして今までトイレにいた?」

「うん。さっきそう言ったよね? お手洗いに寄ってから戻るって。何かあったの?」

「い、いや……。何でもない」


 じゃあ、さっきの足音は柚佳じゃなかったのか?

 柚佳に誤解されなくてホッと胸を撫で下ろす反面、足音が誰のものであったのか気になる。きっとオレと花山さんの会話が聞こえていた筈だから。








 昼休み。いつも昼飯は和馬と食べている。

 柚佳と一緒に食べたい気持ちはあった。しかし彼女は彼女で数人の女友達と食べているからそこにオレが交ざるのも変な気がするし勇気もないので何も言えない。家で会う事ができる関係だし我儘は言わない。

 そんな日常を過ごしていたんだが……おかしい。今日はいつもと様子が違っていた。何が違うかって……。

 オレはコッペパンに焼きそばの挟まった惣菜パンを食べながら、同じく惣菜パンにぱくついている和馬を横目に窺った。

 明らかに機嫌が悪い。いつもなら取り留めもない話を切れ間なく喋り通す奴が、今日は昼休み中一言も発していない。


「明日、槍でも降るかな?」

 そう呟いてみてもチラッと睨まれただけだ。和馬は黙々と惣菜パンをモグモグしている。

 もしかして今朝、柚佳を追いかける為に邪険に扱ったからか? と危惧した。けれど、それだけでこんなに不機嫌になるような奴でもないよな?


「おい和馬。何怒ってんだよ?」

 分からないので直接聞いてみる事にした。


 いくらオレが友達作りを諦め、あまり和馬を大切にしていないからって言っても。和馬はオレにとって掛け替えのない友人である事に変わりはない。これでも色々感謝はしているのだ。絶対に言ってやらないけど。


 和馬は頬を膨らませた顔で眉を寄せ、恨みの籠もったような目を向けてきた。頬を膨らませているのはむくれているのではなく単にパンを頬張り過ぎているだけで、オレの脳裏ではリスのそれと重なって見えた。


 三個目のコロッケの挟まった惣菜パンを食べていた和馬はそれを置き「お前にはがっかりだよ」と言ってきた。


「は? 何の事だ?」

「とぼけんなよ!」


 聞き返したオレに、椅子を立ちキレたように声を荒げてくる。


「俺には話せないって事かよ。あーはいはい。どうせお前は俺の事、友達だとも思ってないんだろうよ」

「何の事だよ!」


 オレも立ち上がり声を荒げる。机を挟んで睨み合った。


「朝……お前と花山さんが話してるの聞いた。よかったな。二人、両想いみたいだし。あ、だからって学校でイチャイチャ抱き合うのはよくないと思うぞ?」


 そう言って和馬はオレから目を逸らした。




「え……」

『ええーー!』




 和馬の言葉の衝撃が脳に到達する直前、教室にざわめきが起こった。



「えー!」

「嘘でしょ?」

「オレの天使がっ!」

「美南ちゃん本当なのっ?」



 嘆く者や真相を花山さんに問おうとする者、ただただ驚く者……それらの声が入り乱れる。








 心臓が速い。柚佳の方を向けなかった。どんな顔をしているのか知るのが怖い。彼女に誤解されたくない。


「違う! オレは……花山さんの告白を断ったんだ」

 周囲の盛り上がりが凄くて、オレの声がちゃんと柚佳に届いたかは分からない。


「じゃあ何で抱き合ってたんだよ?」

 和馬の冷ややかな視線がオレの胸に刺さる。

「それは……」

 言いかけたけど口を閉じた。


 「花山さんから抱き付いてきただけでオレは抱きしめていない」と自分を弁護したかったけど、苦し紛れの言い訳のように聞こえるだろうし何より花山さんに恥をかかせてしまう気がする。


 黙っているオレを嘲笑うように和馬が言う。


「ほらな。何で隠すのか知らないけど。堂々と付き合えばいいじゃん! お似合いだし?」


 言い捨てた和馬は荒っぽい足取りで教室を出て行った。それを複雑な感情で眺めていた時、視界の端に友達と机を囲んで座っている柚佳の姿が映った。

 彼女は暗い表情で俯いていた。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

真夏の温泉物語

矢木羽研
青春
山奥の温泉にのんびり浸かっていた俺の前に現れた謎の少女は何者……?ちょっとエッチ(R15)で切ない、真夏の白昼夢。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

夜の公園、誰かが喘いでる

ヘロディア
恋愛
塾の居残りに引っかかった主人公。 しかし、帰り道に近道をしたところ、夜の公園から喘ぎ声が聞こえてきて…

高校デビューした幼馴染がマウントとってくるので、カッとなって告白したら断られました。 隣の席のギャルと仲良くしてたら。幼馴染が邪魔してくる件

ケイティBr
青春
 最近、幼馴染の様子がおかしい………いやおかしいというよりも、単に高校デビューしたんだと思う。 SNSなどで勉強をしてお化粧もし始めているようだ。髪の毛も校則違反でない範囲で染めてて、完全に陽キャのそれになっている。 そして、俺の両親が中学卒業と共に海外赴任して居なくなってからと言う物、いつも口うるさく色々言ってくる。お前は俺のオカンか!  告白を断られて、落ち込んでいた主人公に声を掛けたのは隣の席の女のギャルだった。 数々の誘惑され続けながら出す結論は!? 『もう我慢出来ない。告白してやる!』 から始まる、すれ違いラブストーリー ※同名でカクヨム・小説家になろうに投稿しております。 ※一章は52話完結、二章はカクヨム様にて連載中 【絵】@Chigethi

13歳女子は男友達のためヌードモデルになる

矢木羽研
青春
写真が趣味の男の子への「プレゼント」として、自らを被写体にする女の子の決意。「脱ぐ」までの過程の描写に力を入れました。裸体描写を含むのでR15にしましたが、性的な接触はありません。

【完結】俺のセフレが幼なじみなんですが?

おもち
恋愛
アプリで知り合った女の子。初対面の彼女は予想より断然可愛かった。事前に取り決めていたとおり、2人は恋愛NGの都合の良い関係(セフレ)になる。何回か関係を続け、ある日、彼女の家まで送ると……、その家は、見覚えのある家だった。 『え、ここ、幼馴染の家なんだけど……?』 ※他サイトでも投稿しています。2サイト計60万PV作品です。

結構な性欲で

ヘロディア
恋愛
美人の二十代の人妻である会社の先輩の一晩を独占することになった主人公。 執拗に責めまくるのであった。 彼女の喘ぎ声は官能的で…

幼なじみとセックスごっこを始めて、10年がたった。

スタジオ.T
青春
 幼なじみの鞠川春姫(まりかわはるひめ)は、学校内でも屈指の美少女だ。  そんな春姫と俺は、毎週水曜日にセックスごっこをする約束をしている。    ゆるいイチャラブ、そしてエッチなラブストーリー。

処理中です...