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25 事情(文葉視点)

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 なるべく優しい笑顔を作った。付け足す。

「私の思い過ごしだといいんですけど……」

 彼女は僅かの間、黙っていた。けれどやがて口を割った。

「あの子のすぐ傍に、こんな狂犬がいたなんてね」

 挑むような目付きを返され、私も薄く笑った。

「音ちゃんの敵は私が滅します」

 暫く笑顔で睨み合っていた。先に視線を逸らしたのは相手の方だった。彼女は「ふう」とため息をつき風に靡く髪を押さえ右を向いた。その先には海が広がっている。

 せりちゃんはどこか悲しそうな笑みを浮かべた後、話し始めた。

「吉園君と当時の彼女がまだ付き合ってるって言ってたわよね。……知ってる。でも私が言った事も本当よ。彼らが破局したと噂で聞いた……それも本当。彼の思わせぶりな態度も彼が天然だからだって分かってる。私は知ってて……それらを音芽に近付く為の口実に利用した」

 黙って聞いていた。少し俯いた横顔を見ていた。

「リベンジしようと思ってた。あの子より幸せになって見せ付けてやろうって。でも音芽は……。私、あれだけ酷い事したのに。本当に友達になってくれるなんて思ってなかった!」

 下唇を噛んで目元を歪めている友人に言ってやる。

「音ちゃんが素晴らしいのは分かってます」

 私の冷たい返しにムッとしたのかも。不満げな顔で睨まれた。

「あんたこそ何で音芽に近付いたの? 私たち中学一緒だったでしょ?」

 指摘を受けて思う。……ああ。せりちゃんは気付いていたのか。僅かに笑み、教えた。

「音ちゃんの事は以前から見守っていました」

 音ちゃんを陰から崇めていた中学時代を今では遠く感じる。あの頃より彼女の近くにいられる今の現実が夢を見ているみたいだと、じーんとして胸の前で手を組んだ。

「私にも優しくしてくれる音ちゃんが……尊い」

 目を瞑って想いを吐露したらせりちゃんにツッコミを入れられた。

「音芽にしてみれば私よりもあんたの方が危険なんじゃない? あんたたちが友達になったきっかけを聞いたけど……文葉……あんたわざと」

「ついでですよ」

「ついで?」

「生活環境に潜む膿は洗い出しておいた方が過ごしやすいじゃないですか。音ちゃんの手を煩わせてしまい罪悪感で押し潰されそうでしたが、直々に助けてもらえたあの日の喜悦は一生憶えています」

 何度思い返したか分からない当時を胸に浮かべた。音ちゃんの行動の全てが崇高過ぎて泣ける。

「……何泣いてんのよ」

 手を合わせて目を閉じていたけど、せりちゃんの声が聞こえ意識を現実へ戻した。彼女は私の奇行にドン引きする様子もなく真剣な眼差しを向けてきた。

 せりちゃんは中学での私を知っている。中学生だった頃の私は仲がいいと思っていた友人らに失望して独りでいる事を選び、なるべく目立たないように過ごしていた。
 そもそも友達だったのかな。普通なら嫌な記憶に分類される彼女たちとの一件も今はただの失敗談だ。気付ける機会だった。

 楽しい時だけの関係なんて底が知れてる。
 空虚な友情を幾つ持っていても邪魔なだけ。
 必要なものは私が選び取る。
 私は音ちゃんのような人を大切にしたい。


「音ちゃんが尊くて」

「そうね」

「これからは私が守るの」

「あー……手伝うわよ」

 ぶっきらぼうな口調で紡がれた台詞だったけど温かいと思った。それなのに……。

「別に無理しなくていいよ? 音ちゃんの親友は私一人で十分だから」

 言い切った。中学での経験が私へもたらした思考は呪いの枷のようだ。他人を信じ切れない。それがせりちゃんでも。……もちろん音ちゃんであっても。

 現実は私の見ているものと見えていない事情がある。伝わらない部分も多い。発したたった一言にどのような背景があるのか、本人の人生の丸ごとを知っていないと理解などできないだろう。

 俯きがちに考えていた時、鼻で笑われた。

「どうかしらね? 文葉は重すぎて暴走しそうだから私が止めてちょうどいいんじゃない?」

 顔を上げて相手の目を見返した。私はさっき突き放す物言いをした。本心だったけど、せりちゃんだけ仲間外れにしたみたいに意地悪だった。見続けていると視線を逸らされた。

 彼女は腕組みしたまま片手をヒラヒラ振って補足した。

「音芽に悪意を向けてくる奴がいたら、あんたが何十倍も復讐しそうで怖いわ」

 言われてやや考える。「するかも」と笑った。




 二人で笑っていたところに声を掛けてくる人物がいた。

「あんたら! 姉ちゃんが捜してたぞ!」

 砂浜の向こう側から音ちゃんの弟君に呼ばれた。せりちゃんに断る。

「私はもう少しだけ海を眺めて戻るね。先に行ってて」

「……分かったわ。早く来なさいよ」

 せりちゃんが去った後で乾いた砂の上に腰を下ろした。体育座りして波の先に広がる景色を見た。朱い陽が目に刺さって涙が出る。

 小さく笑った。自分の気持ちを正確に言葉にして伝えられたら清々しいんだろうな。


 砂を踏む足音が近付いて来る。私の座っている横に誰かが立った。

「言っておくけど、姉ちゃんはアンタが一番じゃねーぞ?」

 音ちゃんの弟君は海の方を向いて喋っている。

「知ってます」

 簡潔に答えた。自分へ確認するように口に出す。

「いいんですよ、そんな事は」

 『彼女が幸せなら』と胸の奥で呟いた。少し笑う。

 背筋を伸ばして弟君を見上げた。明るく教える。

「友達だから、ずっと側にいられます」

 得意げに目を細めて見せた。彼が返答するまでに一拍の間があった。

「オレだって。弟だから」

 私に対抗意識を燃やした感じの言い方をされた。二人並んで座り無言で海の方角を眺めていた。空に残る薄い黄色が夜に移ろうまで見送った。
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