1 / 32
1 私の中のあなた
しおりを挟む己花(おとか)さんはある日突然、私の中に現れた。
『無様ですわね』
「誰っ?」
驚いて振り返った。
放課後。私は教室前の廊下に立っていた。散見する生徒らがこちらへ目を向けてくるけど誰も何も言わずに通り過ぎていく。違う。彼らじゃない。もっと近くから聞こえた。でも声の主らしき人物は見当たらなかった。……聞き間違い?
再び体を元の方向へ戻す。目の前に立つ裏原さんが顔をしかめた。私と同じ紺色のセーラー服姿で肩下まである黒髪を結ばず垂らしている。彼女の右隣には肩上までの長さの髪型の子、左隣には長い髪をポニーテールにしている子がいる。三人ともクラスメイトだ。――彼女たちはいわゆる……いじめっ子というやつだった。
季節は六月、中学三年の時。
廊下で数人の女子生徒からすれ違いざまに悪口を言われた。彼女たちは振り返り私を見てニヤニヤしていた。
『侮辱されて言い返す事もできないんですの?』
また声が聞こえた!
だけど声が聞こえるだけで私の近くには裏原さんたちしかいない。彼女たちの声とは違う……耳に心地いい響きで、どこかで聞いた事のあるような気配を感じた。
お嬢様めいた口調には呆れの混じった雰囲気がある。
『大体……あなた、視力がよろしくありませんのに。ちゃんと眼鏡を掛けた方がよくてよ。相手の顔をご覧なさい』
言われて恐る恐る裏原さんたちを見る。お世辞にもキレイとは言えない悪の権化の如き表情をしている。
『醜悪な者に負けてはダメよ。……わたくしが代わりに灸を据えてあげましょうか?』
『ほんとに?』
言葉に出さず思考してみた。私に語り掛けてくるこの子は……私の心が生み出した私に都合のいい想像なのではないかと思い至ったからだ。中学校生活のストレスや寝不足もあって、私の精神イカレた?
『ええ。あなたの中でずっと見ていたの。今まで助けてあげられなくて、ごめんなさい』
心で紡いだ言葉は彼女に届いた。返事をしてくれた。涙が流れ落ちてしまう。彼女は……知っているのだ。私の過去を。
『眼鏡を掛けた時は、わたくしが代わりを務めますわ。安心なさって』
謎の女性の声と脳内会話をしている時分、私が涙を零し何も言わない状態だったので裏原さんたちはニヤニヤを濃くしていた。
「あらあ? 泣いてる! うちらにビビってんの? ウケるんですけど!」
裏原さんが耳障りな大きめの声で言及している。
もういい加減こちらも限界だった。精神に異常をきたす程うんざりしていたらしい。私の中にいる私じゃない人物が彼女たちにどう対処するのか見当もつかなかったけど、不確かな妄想の世迷い言に自分を委ねてしまえるくらいには投げ遣りになっていた。
ポケットに入れていた眼鏡を手に取った。
「え? うわっ! ダサッ! 見て、まりな。こいつ眼鏡掛けてる!」
裏原さんがギャーギャーと騒いでいたみたいだけど、その声が遠くなったように思った。
「眼鏡を……そしてわたくしの可愛い音芽(おとめ)を侮辱するのはおやめなさい」
「は? 何て言った? 『わたくし』? 『おやめなさい』? ちょっ! 聞いた? マジウケるー! ははは!」
「三年二組、裏原せりな。あなた……サッカー部の吉園君が好きなのでしょう?」
「……は?」
「残念でしたね。彼は一組に彼女がいますの」
「はっ? お前嘘つくな! おととい確認したら彼女はいないって言ってたんだけど?」
「昨日、両想いになってもらいましたわ」
「えっ?」
「わたくし、あなたがずっと目障りだったんですのよ? 毎回毎回わたくしの音芽に嫌がらせをしてきて。ですからあなたにもちょっとした不幸をお返ししたくてキューピッド役をさせていただきましたの」
「はっ! 意味分かんない! 吉園君は私のだしっ! 彼も私の事が好きだからそんな……彼女とか嘘じゃん!」
「それはご自分でお確かめになってはいかが?」
わざとニッコリした笑顔をお見せします。ゆったりと廊下を歩み隣の教室の引き戸を開けて差し上げました。出入り口の側に引きつった顔の吉園君が立っています。前もって待機をお願いしていました。
裏原さんの顔が強張っていく様が痛快です。
「吉園く……」
「裏原……お前、そんな事考えてたの?」
吉園君は裏原さんが何か言い掛けている途中で話し始めました。
「怖っ! ただ喋った事あるだけで好意あるって決めつけんの?」
吉園君はゾッとしたような表情でした。彼のすぐ傍には彼女さんの姿もありました。二人とも裏原さんへどん引きしていらっしゃるご様子です。
「誤解も解けて何よりですね」
顔を真っ赤にしている裏原さんへうふふと笑ってあげました。何日も前から準備してきた甲斐がありました。
「実は裏原さんの取り巻きの皆様にも色々と準備をしていましたの」
「い……行こっ!」
これから更に面白くなりそうなところでしたのに。いじめっ子三人組は廊下を走って逃げ去りました。幾分スッキリした心持ちになれました。笑いが漏れてしまいます。
「今後、音芽に何かしたら相応に報いを受けていただきますわ! オホホホホホ」
――そんな事があったらしい。件の場面で意識がなかった。まるで記憶が抜け落ちているみたいに。「知らなかった」感覚に近いかもしれない。後から己花さんにその時の詳細を教えてもらい分かった。
そっか。何をしていたのか記憶にないってたまに思う事があったけど、己花さんが体を動かしていたのね。
私の中にいたお嬢様っぽい言葉遣いの女の子……己花さん。
今はもう高校生になった私だけど、己花さんという存在が生まれた原因に一つ思い当たる事があった。
中学の頃、眠る時間を削ってネット小説や本を読み漁っていた弊害かな?
悪役令嬢的なキャラの思考が移ってしまった? 現実逃避したい時、無意識レベルでなりきってる?
0
お気に入りに追加
2
あなたにおすすめの小説
全体的にどうしようもない高校生日記
天平 楓
青春
ある年の春、高校生になった僕、金沢籘華(かなざわとうか)は念願の玉津高校に入学することができた。そこで出会ったのは中学時代からの友人北見奏輝と喜多方楓の二人。喜多方のどうしようもない性格に奔放されつつも、北見の秘められた性格、そして自身では気づくことのなかった能力に気づいていき…。
ブラックジョーク要素が含まれていますが、決して特定の民族並びに集団を侮蔑、攻撃、または礼賛する意図はありません。
小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話
矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」
「あら、いいのかしら」
夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……?
微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。
※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。
※小説家になろうでも同内容で投稿しています。
※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。
女子高生は卒業間近の先輩に告白する。全裸で。
矢木羽研
恋愛
図書委員の女子高生(小柄ちっぱい眼鏡)が、卒業間近の先輩男子に告白します。全裸で。
女の子が裸になるだけの話。それ以上の行為はありません。
取って付けたようなバレンタインネタあり。
カクヨムでも同内容で公開しています。
幼なじみとセックスごっこを始めて、10年がたった。
スタジオ.T
青春
幼なじみの鞠川春姫(まりかわはるひめ)は、学校内でも屈指の美少女だ。
そんな春姫と俺は、毎週水曜日にセックスごっこをする約束をしている。
ゆるいイチャラブ、そしてエッチなラブストーリー。
坊主頭の絆:学校を変えた一歩【シリーズ】
S.H.L
青春
高校生のあかりとユイは、学校を襲う謎の病に立ち向かうため、伝説に基づく古い儀式に従い、坊主頭になる決断をします。この一見小さな行動は、学校全体に大きな影響を与え、生徒や教職員の間で新しい絆と理解を生み出します。
物語は、あかりとユイが学校の秘密を解き明かし、新しい伝統を築く過程を追いながら、彼女たちの内面の成長と変革の旅を描きます。彼女たちの行動は、生徒たちにインスピレーションを与え、更には教師にも影響を及ぼし、伝統的な教育コミュニティに新たな風を吹き込みます。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
転校してきた美少女に僕はヒトメボレ、でも彼女って実はサキュバスらしい!?
釈 余白(しやく)
青春
吉田一(よしだ かず)はこの春二年生になった、自称硬派な高校球児だ。鋭い変化球と抜群の制球で入部後すぐにエースとなり、今年も多くの期待を背負って練習に精を出す野球一筋の少年である。
かたや蓮根咲(はすね さき)は新学期に転校してきたばかりの、謎めいてクールな美少女だ。大きな瞳、黒く艶やかな髪、凛とした立ち姿は、高潔さを感じるも少々近寄りがたい雰囲気を醸し出している。
そんな純情スポ根系野球部男子が、魅惑的小悪魔系女子へ一目惚れをしたことから、ちょっとエッチで少し不思議な青春恋愛ストーリーが始まったのである。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる