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一章

30 歪な愛情(※内巻晴菜視点)

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 キスは初めてじゃない。岸谷とは三回目だ。今日の謀を悟られないように事前に二回試した。岸谷の事は好きじゃないけど明ちゃんを守る為ならキスするのだって容易い。私の事なんてもういいの。

 それにしても岸谷……ムカつく。明ちゃんという想い人がいながら私とキスするってどういう事? あり得ないんですけど。岸谷は明ちゃんが思っている程、明ちゃんに相応しくない。私とキスするような、その程度の奴なんだよ。
 明ちゃん。あなたの隣にいるのは私なんだよ? 置いて行かないで。子供じみた感傷だって分かってる。だけど。

 私は明ちゃんの邪魔者なの。本当は岸谷の事をとやかく言えないの。だから……。

 思考を中断して薄目で岸谷を見る。キスしたり迫ってみたりしてはいるけど、なかなか手強い。さすが長年私と明ちゃんを取り合ってきたライバルよね。
 でも最近変化があった。前みたいに露骨に嫌な顔しないし……慣れてきた? いや、これは。逆に私を落とそうとしてる?

 キスの後、少し岸谷と会話して予定通り『あいつ』に第二図書室から追い出された。明ちゃんは優しいから、きっと私と岸谷を優先してこの場では追及されないと思っていた。ごめん明ちゃん。

 黙って廊下を歩いている時、岸谷も口を噤んでいる事に気付いた。横を歩く岸谷を見る。奴の足が止まった。冷たい目をこちらへ向けてくる。

「お前が坂上の事を独占したくて俺を懐柔しようとしてるのは分かってる。それでも、ごめんな」

 岸谷の言動に思わず立ち止まって向き合った。

「は? 意味分かんないんですけど」

 不機嫌な物言いになってしまった。言い当てられて焦っていた。岸谷が口を開く。

「小二の時の事。お前の坂上への気持ちを踏みにじってすまなかった」

 ――!

 岸谷は無神経にも私の怒りを煽った。本人にそのつもりはなくても失言している。

「聡ちゃん、そこじゃないよ。謝るなら中二の時の事を明ちゃんに、でしょ?」

 笑みを作って明るい声で伝える。ああ……体内から殺意が漏れ出そうだ。
 明ちゃんが許しても私は許さない。


 教室で岸谷と二人、明ちゃんを待っていた。『あいつ』はちゃんと明ちゃんを慰めただろうか。

 明ちゃんが教室へ戻って来た。『あいつ』も一緒だったのは意外だった。しかも明ちゃんは『あいつ』……沢西とかいう一年生と今日から付き合っていると言う。

「へえ……」

 小さく呟いて件の男子生徒を見る。やるじゃない。でも何か取られるの癪だなぁ。私の明ちゃんをぉぉぉぉ! 岸谷より百倍はマシだけどさぁ!

 話題は先程第二図書室に明ちゃんがいて、私と岸谷のキスを目撃した件に移った。

「二人がそういう関係なの知らなかったからショックで。教えてくれればよかったのに」

 明ちゃんが私と岸谷へ言葉を紡いだ。

「坂上、ちがっ……」

「明ちゃんごめんね!」

 岸谷が言いかけた弁解を遮る。岸谷に喋らせたらきっと明ちゃんは信じちゃう。私が無理やりしてきたとか言われても面倒くさいし、遮って喋らせない!

 そうだ。いい事を思い付いた。明ちゃんと、明ちゃんの彼氏になった男子生徒にイチャついてもらおう。「キスくらいできるよね?」と要求する。
 好きな人のファーストキスが別の男子に奪われるのを見せ付けられるというシチュエーション。我ながら発想がエグいと思うけど、岸谷は明ちゃんにもっと酷い事をしてるんだからね? 怒りはまだ収まっていない。

 岸谷が邪魔してキスは不成立だった。

 その後、男子生徒が思いがけずいい仕事をして明ちゃんは岸谷を選ばなかった。岸谷は無言で教室を出た。それを見て苦笑した。

「あらあ……。ダメージ大きかったかぁ」

 言いながら密かに思う。明ちゃんに拒絶されてプライドを傷付けられたのね? ざまぁ。

 明ちゃんに別々に帰る旨を告げて岸谷を追った。廊下を進みながら待機している『朔菜』にスマホで指示を送った。

 岸谷は以前『舞花』に振られている。舞花から話は聞いていた。岸谷は他校の生徒にも手を出している。

 私と岸谷はどこか似ている。歪んだ愛を同じ人へ向ける別の存在。一緒に悪者へ堕ちてあげる。それが大事な幼馴染への、せめてもの情け。
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