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一章
23 舞花
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「あれ? 明ちゃん。今日はあの人来ないの? いつもなら迎えに来る時間だよねぇ?」
放課後、晴菜ちゃんが話し掛けてきた。私は帰り支度を終えたところで机の横に立つ彼女を見上げた。
「沢西君の事? 今日はお家の用事があるらしくて『先に帰ります』ってメッセージが来てたよ」
「ふーん、そうなんだ。じゃあ久々に私と一緒に帰る? ……って言いたいところなんだけど私も用事があってね。ごめんね。代わりに朔菜を呼んでおくから」
私はその時になってやっと違和感がある事に気付いた。
「……晴菜ちゃん。最近、岸谷君と一緒にいないね」
聞いてみる。晴菜ちゃんの表情に一瞬、強張りがあったと感じた。
「そ、そうかな?」
晴菜ちゃんの笑顔には誤魔化し切れない、何か疲れのようなものが滲んでいた。
「…………明ちゃん、私ね……好きな人の障害になるものが許せないの。好きな人にはいつまでもずっと幸せでいてほしいって思わない? だから私――――。ううん、何でもない」
晴菜ちゃんは最後まで教えてくれなかった。
「舞花様を連れて来ます!」
「えっ?」
ほとりちゃんが腰に手を当て問題発言を放ったので、私と朔菜ちゃんは声を合わせて聞き返した。朔菜ちゃんがいつもたむろしている美容室。その待合スペースで朔菜ちゃん、ほとりちゃんと喋っていた。
さっきほとりちゃんから「話があるからいつもの美容室で」とメッセージをもらったので朔菜ちゃんと寄ったところだった。ほとりちゃんは拗ねたように頬を膨らませて理由を話してくれた。
「だって朔菜ちゃん、頑なに舞花様に会ってくれないんだもん。朔菜ちゃんも明ちゃんも、会えば絶対好きになると思うの!」
「む、無茶な事言うなっ! ほとりっ! 私はぜっっったいに会わないからな! 虫唾が走る!」
朔菜ちゃんは言い切った後、両腕を摩って震え出した。
「私は会ってみたいかも」
朔菜ちゃんには悪いけどほとりちゃんの意見に賛成する。
私も出会った当初はほとりちゃんたちに心を許していなかった。でも一緒に過ごす時間が多くなるにつれて相手のいいところや悪いところも少しずつ知れていって「ここで彼女が怒ったのはあれのせいだ」とか、気付けるヒントになったりもしていた。全部は理解できないだろうけど、相手について知っていれば誤解が生じるのを未然に防げる可能性もあると思う。
「だよね~! 明ちゃん。賛同してくれるって思ってたよぉ」
ほとりちゃんと左右の手を合わせてわきゃわきゃ話を弾ませていると朔菜ちゃんがイラッとしたようで、眉をピクピクさせながら睨んできた。
「裏切者!」
負け犬の遠吠えみたいな事を言われた。
「何で嫌なの?」
理由を尋ねてみると朔菜ちゃんはそっぽを向いた。
「嫌いなの! 猫かぶってるじゃん」
「会った事ないのに知ってるみたいな口調だね」
指摘する。私は朔菜ちゃんの喉が息を呑んだように動く様を見逃さなかった。
美容室のお姉さんこと晴菜ちゃんのお母さんがお客さんのパーマの具合を確認しながらフフッと笑った。私たちの話を聞いていたみたいだ。
……そうなのだ。「晴菜ちゃん」のお母さんだったのだ。てっきり朔菜ちゃんのお母さんかお姉さんだろうと思っていたけど違った。「朔菜」と「晴菜」で名前が似ているから、二人は姉妹なのか聞いてみた事もあったけど違うらしい。詳しくは語られなかった。
次の日、聖女こと柳城舞花さんが美容室を訪れた。成程。物凄い美少女だった。
透明感のある儚げな薄化粧。垂れ目で大きな瞳。薄い茶色で胸くらいまでの長さの髪は緩く波打っている。目が合うと「こんにちは」とニッコリ柔らかく微笑んでくれた。
彼女の隣に立っていたほとりちゃんが気付いて聞いてきた。
「あれっ? 朔菜ちゃんは? まさか……」
「うん。『一人で行けば』ってメッセージが来てた」
「んぐっ」
私が答えた直後、変な声が聞こえてそちらを見た。晴菜ちゃんのお母さんが床に膝をついて蹲っている。
「大丈夫ですか? どこか具合でも……」
咄嗟に彼女の側に寄って顔色を確かめる。晴菜ちゃんのお母さんは口を押さえ目から涙を零していた。
「あっ、違うの。具合が悪い訳じゃなくて……」
晴菜ちゃんのお母さんは語尾を濁した。
彼女が隠そうとしている真の表情に気付いた時、私の脳裏に日帰り撮影旅での出来事が過る。謎の正体を掴んだ。
振り返って、その人を見る。舞花ちゃんは穏やかに微笑していた。
「どうしたの? 明さん」
何事にも動じなさそうな瞳は優しげで。鈴を転がすような可愛らしい声で私へ尋ねる。
晴菜ちゃんのお母さんが蹲っていても心配していない様子。話に聞いた『聖女』と呼ばれる人の行いと矛盾している。
確信をもって言った。
「この状況で『どうしたの?』はないよ。朔菜ちゃん」
放課後、晴菜ちゃんが話し掛けてきた。私は帰り支度を終えたところで机の横に立つ彼女を見上げた。
「沢西君の事? 今日はお家の用事があるらしくて『先に帰ります』ってメッセージが来てたよ」
「ふーん、そうなんだ。じゃあ久々に私と一緒に帰る? ……って言いたいところなんだけど私も用事があってね。ごめんね。代わりに朔菜を呼んでおくから」
私はその時になってやっと違和感がある事に気付いた。
「……晴菜ちゃん。最近、岸谷君と一緒にいないね」
聞いてみる。晴菜ちゃんの表情に一瞬、強張りがあったと感じた。
「そ、そうかな?」
晴菜ちゃんの笑顔には誤魔化し切れない、何か疲れのようなものが滲んでいた。
「…………明ちゃん、私ね……好きな人の障害になるものが許せないの。好きな人にはいつまでもずっと幸せでいてほしいって思わない? だから私――――。ううん、何でもない」
晴菜ちゃんは最後まで教えてくれなかった。
「舞花様を連れて来ます!」
「えっ?」
ほとりちゃんが腰に手を当て問題発言を放ったので、私と朔菜ちゃんは声を合わせて聞き返した。朔菜ちゃんがいつもたむろしている美容室。その待合スペースで朔菜ちゃん、ほとりちゃんと喋っていた。
さっきほとりちゃんから「話があるからいつもの美容室で」とメッセージをもらったので朔菜ちゃんと寄ったところだった。ほとりちゃんは拗ねたように頬を膨らませて理由を話してくれた。
「だって朔菜ちゃん、頑なに舞花様に会ってくれないんだもん。朔菜ちゃんも明ちゃんも、会えば絶対好きになると思うの!」
「む、無茶な事言うなっ! ほとりっ! 私はぜっっったいに会わないからな! 虫唾が走る!」
朔菜ちゃんは言い切った後、両腕を摩って震え出した。
「私は会ってみたいかも」
朔菜ちゃんには悪いけどほとりちゃんの意見に賛成する。
私も出会った当初はほとりちゃんたちに心を許していなかった。でも一緒に過ごす時間が多くなるにつれて相手のいいところや悪いところも少しずつ知れていって「ここで彼女が怒ったのはあれのせいだ」とか、気付けるヒントになったりもしていた。全部は理解できないだろうけど、相手について知っていれば誤解が生じるのを未然に防げる可能性もあると思う。
「だよね~! 明ちゃん。賛同してくれるって思ってたよぉ」
ほとりちゃんと左右の手を合わせてわきゃわきゃ話を弾ませていると朔菜ちゃんがイラッとしたようで、眉をピクピクさせながら睨んできた。
「裏切者!」
負け犬の遠吠えみたいな事を言われた。
「何で嫌なの?」
理由を尋ねてみると朔菜ちゃんはそっぽを向いた。
「嫌いなの! 猫かぶってるじゃん」
「会った事ないのに知ってるみたいな口調だね」
指摘する。私は朔菜ちゃんの喉が息を呑んだように動く様を見逃さなかった。
美容室のお姉さんこと晴菜ちゃんのお母さんがお客さんのパーマの具合を確認しながらフフッと笑った。私たちの話を聞いていたみたいだ。
……そうなのだ。「晴菜ちゃん」のお母さんだったのだ。てっきり朔菜ちゃんのお母さんかお姉さんだろうと思っていたけど違った。「朔菜」と「晴菜」で名前が似ているから、二人は姉妹なのか聞いてみた事もあったけど違うらしい。詳しくは語られなかった。
次の日、聖女こと柳城舞花さんが美容室を訪れた。成程。物凄い美少女だった。
透明感のある儚げな薄化粧。垂れ目で大きな瞳。薄い茶色で胸くらいまでの長さの髪は緩く波打っている。目が合うと「こんにちは」とニッコリ柔らかく微笑んでくれた。
彼女の隣に立っていたほとりちゃんが気付いて聞いてきた。
「あれっ? 朔菜ちゃんは? まさか……」
「うん。『一人で行けば』ってメッセージが来てた」
「んぐっ」
私が答えた直後、変な声が聞こえてそちらを見た。晴菜ちゃんのお母さんが床に膝をついて蹲っている。
「大丈夫ですか? どこか具合でも……」
咄嗟に彼女の側に寄って顔色を確かめる。晴菜ちゃんのお母さんは口を押さえ目から涙を零していた。
「あっ、違うの。具合が悪い訳じゃなくて……」
晴菜ちゃんのお母さんは語尾を濁した。
彼女が隠そうとしている真の表情に気付いた時、私の脳裏に日帰り撮影旅での出来事が過る。謎の正体を掴んだ。
振り返って、その人を見る。舞花ちゃんは穏やかに微笑していた。
「どうしたの? 明さん」
何事にも動じなさそうな瞳は優しげで。鈴を転がすような可愛らしい声で私へ尋ねる。
晴菜ちゃんのお母さんが蹲っていても心配していない様子。話に聞いた『聖女』と呼ばれる人の行いと矛盾している。
確信をもって言った。
「この状況で『どうしたの?』はないよ。朔菜ちゃん」
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