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一章

15 秘密

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「朔菜ちゃんと、ほとりちゃん?」

 私たち四人は向かい合ったまま立ち尽くしていたので、とりあえず呼び掛けた。

 彼女らが今しがた出て来たお店に目を向ける。手芸屋さんのようで、二人の持っている袋からも布のようなものが見えている。

 一番疑問に思っている事を聞いてみた。

「二人は実は仲がいい?」

「ちょっと!」

 朔菜ちゃんが私を睨んできた。

「声が大きい! 上で話すから付いて来て」

 朔菜ちゃんに促されて私と沢西君も移動する。「朔菜ちゃんの方が声が大きいよ~」と耳を塞いでいるほとりちゃんの後に続いて手芸屋さんの横にある階段を上った。

 建物二階は美容室だった。中へ入る前に気付いて思わず声が出た。

「あっ! ここ、来た事ある!」

 見覚えがある。以前一度、晴菜ちゃんと訪れた。……ああ、そうか!

「あの時……! 一昨日会った日から、どこかで朔菜ちゃんを見た記憶があるって思ってたけど。前ここへ来た時に一度会ってるね!」

 朔菜ちゃんは横目で見透かすような視線を送ってきた。

「ああ。晴菜が連れて来た時でしょ? 珍しかったから覚えてる」

 朔菜ちゃんは私にそう言った後、入口の戸を開けた。

「いらっしゃいませ~! こんにちは。朔菜のお友達?」

 出迎えてくれた女性に、にこやかに笑いかけられた。黒いシャツに黒っぽい細身のズボン姿で手にビニールの手袋をしている。耳下くらいまでのショートカットでストレート具合が見事な黒髪。少し朔菜ちゃんに似ている気がする。

 三十代後半くらいの年齢に見えるその女性に美容室の奥……窓際に作られた待合スペースへ誘導され言われるまま椅子に座った。窓は大きく、少し前に歩いていた商店街の通りを見下ろせる。椅子に腰を下ろすと窓に背を向ける感じになる。

 細長い美容室の、待合スペースとは反対方向の奥で何かゴソゴソしていた朔菜ちゃんが戻って来た。缶のリンゴジュースを手渡された。

「これ、賄賂」

 朔菜ちゃんがボソッと何か言った。彼女は私の眼前で手を合わせ神頼みするような姿勢で、こう口にした。

「お願い黙ってて!」


 朔菜ちゃんとほとりちゃんに事情を聞いた。四人で缶ジュースを啜りながら。因みにほとりちゃんが飲んでいるのはブドウジュースで沢西君と朔菜ちゃんはコーラだ。

 朔菜ちゃんとほとりちゃん……二人は実は同じ目的を叶える為に手を組んで以来、本当は仲良しらしい。

 朔菜ちゃんとさりあちゃんには何やら因縁があって今も犬猿の仲なんだそうで。ほとりちゃんはさりあちゃんと姫莉ちゃんの暴走を阻もうと、さりげなく彼女たちの足を引っ張ってくれていたらしい。

「この間、姫莉ちゃんと二人で私と沢西君を追いかけて来てた時も横断歩道で立ち止まったりしてたね!」

 合点がいって右隣に座るほとりちゃんに話し掛ける。あれはわざとだったのかぁ。

「危ないから、もう絶対にやめてね。でもありがとう」

 伝えるとほとりちゃんはふわっと微笑んだ。

「えへへ……もう危ない事はしないよ。私の友達が迷惑かけてゴメンね」

 彼女はそう言った後、表情を陰らせ少し俯いた。

「私たちに指示を出したのは……私は舞花様じゃないと思う」

 初めて聞く名前に目をしばたたかせて、ほとりちゃんの横顔を見つめた。ほとりちゃんは「あっ」と思い至った様子で、知らない私と沢西君にも説明してくれた。

「舞花様はうちの学校の『聖女』様よ! 容姿端麗で立ち居振る舞いに気品があって、笑いかけられたら幸せな気持ちになるの! いじめられている子を救ったり横暴過ぎる先生に意見して黙らせたり、武勇伝も数知れずあって。慈愛深く真面目なだけじゃなく、実はこっそりアニメオタクな一面を持つお茶目なところも大好き。毎日あの方の幸福を祈ってる」

 生き生きとした声で教えてくれたほとりちゃんは両手を合わせ、うっとりと宙を見つめている。

「はぁー」

 朔菜ちゃんが盛大な溜め息をついた。

「まだそんな事言ってんの? 同じ人間だよね、その人も。あの学校の生徒って何でその子を祭り上げる訳? そんな子に限って裏では、ろくでもない奴かもよ?」

 朔菜ちゃんの意見にほとりちゃんがカチンときたようで反論している。

「もう! やめてよ! 聖女様の悪口言わないでっ! 朔菜ちゃんは会った事ないから知らないだけでしょ!」

「ほとりも騙されてるんじゃない?」

「それ以上言ったら絶交だからっ!」

 ヒートアップする口論に、私はどうしたものかとオロオロしていた。悪くなった雰囲気を変えようと試みる。努めて明るく質問した。

「で? 二人は手芸屋さんで何を買ってたの?」

「材料を……」

「ほとりっ!」

 何やら口を滑らせたらしいほとりちゃんを朔菜ちゃんが止めている。

「何の材料? 何を作るの? もしかして二人で作るの?」

「えっと……」

 私が立て続けに尋ねたので、ほとりちゃんは戸惑った様子で朔菜ちゃんに視線を送っている。

「チッ」

 朔菜ちゃんに舌打ちされた。

「本当に誰にも言わないでよ」

「言わない言わない!」

 念を押す朔菜ちゃんに即答した。左隣の沢西君を見る。彼も頷いてくれた。怪訝そうにこちらを睨んでいた朔菜ちゃんはやっと少し表情を変えた。

 彼女が口をモゴモゴと動かす。

「実は……その……私……――が好きなの」

「え?」

 よく聞こえなくて聞き返した。

「――が」

「ええ? 何」

 朔菜ちゃんがもう一度言い直してくれるけど、やっぱり聞こえなくて再び聞き返した。

「もうっ! 朔菜ちゃん、はっきり!」

 ほとりちゃんが強めに激励している。朔菜ちゃんは息も絶え絶えな様相で深呼吸し告白した。

「私、ユララが好きなの」

 …………ユララ?

「幼い頃からユララになるのが夢だった」

 朔菜ちゃんの言葉にピンとくる。

「ユララってもしかして、あの……!」

 私の言わんとする事が当たったようで朔菜ちゃんは頷いた。

 小学生の頃から中学生くらいの時分まで放送されていた人気アニメの登場人物の一人だ。美少女がマジカルなパワーで悪と戦うやつ。主人公の仲間ポジションだったキャラクター「花扇ユララ」。

 朔菜ちゃんとほとりちゃんはその衣装を現実に再現したいらしい。作っているのはほとりちゃんで、できた衣装を着るのは朔菜ちゃんの予定なのだそうだ。

 話を聞くうちに、ほとりちゃんの恐ろしい計画が発覚した。もう一人分の衣装を並行して作っていたと言う。着せる予定の人物の名を聞き、朔菜ちゃんは叫んだ。

「嘘でしょ! 絶対嫌だ!」

「朔菜ちゃん大丈夫だよ。ユララが好きな者同士、分かり合えると思うの。衣装ができたら仲直りの記念撮影しよう?」

 小柄で可愛らしいほとりちゃんの笑顔が、どこか不気味に見えた。
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