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一章
10 協力者
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次第に暗みを帯びてくる夕空。もう少ししたら家に着くので沢西君と一緒の時間もあと僅か。
坂の途中で彼の足が止まった。
「沢西君?」
横顔を窺う。
「先輩の家って結構高台にあるんですねー! まさかこんなに上るとは思いませんでした!」
ニコニコ笑いかけられた。手を繋いでいるので私たちの距離は近い。笑みが解かれた一瞬の間、その瞳が私を見た。
沢西君の後ろに広がる町並みと空。赤い陽光に焦げたかのように濃く灰色に棚引く雲。世界が夜を迎える準備をしている。
彼がもう一度笑った。優しい眼差し。朗らかな声音。
「先輩ありがとう」
言われて「何に対してのありがとう?」と疑問に思い目を見返した。
「オレに復讐の機会をくれて」
どこか悲しそうに言い残して手が離れた。
歩道のない細い車道には手すりが設置されていて、彼はその向こうにある景色を眺めているようだった。
「沢西君、そんなに岸谷君の事恨んでたの?」
尋ねると片手で手すりを持ったまま振り向き、不機嫌そうに細めた目付きを寄越してきた。
「そりゃあ恨んでますよ。オレの好きな人……あいつの事が好きなんだそうです」
軽く睨まれている気がする。
「えっ? そうなんだ。岸谷君ってモテるんだね! ……そっか」
納得した。沢西君の好きな人も岸谷君が好きだったなんて。だから沢西君は私に協力してくれたのかも。
「沢西君、私の方こそありがとうね」
目を見ながら言うのが少し恥ずかしいと思い視線を下へ外した。けど、やっぱりちゃんと伝えたくて顔を上げた。
「沢西君が協力してくれたから私、今笑っていられるんだよ。あの時、第二図書室にいてくれたのが沢西君で本当によかった!」
彼と目が合う。自然と自分の顔が綻んでしまうと感じる。
「ごめん先輩」
「えっ」
急に腕を引っ張られた。私の後方から「シャー」と自転車の通り過ぎる音が聞こえる。引っ張られた勢いで沢西君の胸元に掴まってしまった。
「オレ、そんないい奴じゃないよ」
心音が速い。
「望みを叶える為なら悪魔とだって手を組むよ」
胸元に置いてしまった右手を沢西君が左手で外した。私の手を握ったまま何事もなかったかのように歩む彼に続く。
我が家の前にある階段下まで来た。「何かあったら連絡して下さい」と言われスマホの連絡先を交換した。解散後、沢西君の姿が見えなくなるまで見送った。
翌日の朝一。晴菜ちゃんの机の前に立った。授業の準備をしていた彼女が顔を上げ私を見た。思い切って聞いた。
「あのね……こんな事言ったら凄く嫌な気分にさせてしまうかもしれないけど、ごめんね……その……晴菜ちゃんが私に友達ができるのを邪魔してるって話を聞いたんだけど……」
もごもごと口にする私へ静かに眼差しを注いでくる。
「まっさかあ!」
ややあって彼女は破顔した。
「誰がそんな事言ったの?」
「えっと……」
「明ちゃん」
不意に晴菜ちゃんと目が合わなくなった。下を向く彼女のボソボソと何か呟く声が耳に届く。
「明ちゃんは、ほかに友達ができたら……」
「え?」
「ううん、何でもない」
晴菜ちゃんはいつものようにニッコリ笑って違う話題を振ってきた。引っ掛かるものはあったけど、それ以上聞けなかった。
休み時間中、次の授業が別の教室である為移動していた。後方から誰かが晴菜ちゃんを呼んだ。呼んだのは晴菜ちゃんの友達らしい女子で、晴菜ちゃんは「ごめん明ちゃん、先に行ってて」とその子と廊下の反対方向へ戻った。
先に行ってようと前を向いた時、前方から来たらしい女子生徒とぶつかった。私よりやや背が高く体付きは細い。長く真っ直ぐな黒髪は左肩の上で一つに結ばれている。謝り合いながら別れて再び廊下を進んだ。
目的の教室の手前で違和感に気付き右ポケットを探った。何か入っている。
取り出して見てみると小さく折り畳まれたメモだった。まさか、さっきぶつかった子が私に何か伝えたくて入れてきた?
恐る恐る広げてメッセージを読んだ。
『放課後、内巻さんに内緒で第一図書室裏に来てほしい』
放課後、第一図書室裏へ足を運んだ。隣に沢西君もいる。
昨日、他校の子に追いかけられた事もあり昼休みにスマホからメッセージを送っていた。僅か十秒程で返事があり驚いた。「オレも行きます」と書いてあってホッとした。
二階建ての別棟を眺める。この建物丸々が第一図書室になっている。元々の第一図書室は既に取り壊された旧校舎にあった。旧校舎が建て替えられる際、急遽間に合わせで私たちの教室がある校舎に第二図書室が作られた。新しい校舎が建ち、もう一棟別にこの第一図書室ができてからまだ日も浅い。ここへ来る前……出入口付近を通り過ぎた。多くの生徒が行き交っていた。
足音が聞こえ振り返る。休み時間中、廊下でぶつかった女子生徒が立ち止まった。彼女は沢西君を見て一瞬ハッとするように顔を強張らせた。しかし彼を連れて来た事については言及されなかった。
少し硬い表情で紡がれる言葉に耳を傾ける。
「来てくれてありがとう、坂上さん。私は田美丘(たみおか)ありす。一年の時、同じクラスだったけど……きっと憶えてないよね?」
フフッと微笑む田美丘さんに謝る。
「ごめん。薄らそうだったような気がするけど、喋った事はなかったよね?」
田美丘さんは頷いた後ハッキリとした声で言った。
「内巻さんのあなたへの執着は異常だよ」
坂の途中で彼の足が止まった。
「沢西君?」
横顔を窺う。
「先輩の家って結構高台にあるんですねー! まさかこんなに上るとは思いませんでした!」
ニコニコ笑いかけられた。手を繋いでいるので私たちの距離は近い。笑みが解かれた一瞬の間、その瞳が私を見た。
沢西君の後ろに広がる町並みと空。赤い陽光に焦げたかのように濃く灰色に棚引く雲。世界が夜を迎える準備をしている。
彼がもう一度笑った。優しい眼差し。朗らかな声音。
「先輩ありがとう」
言われて「何に対してのありがとう?」と疑問に思い目を見返した。
「オレに復讐の機会をくれて」
どこか悲しそうに言い残して手が離れた。
歩道のない細い車道には手すりが設置されていて、彼はその向こうにある景色を眺めているようだった。
「沢西君、そんなに岸谷君の事恨んでたの?」
尋ねると片手で手すりを持ったまま振り向き、不機嫌そうに細めた目付きを寄越してきた。
「そりゃあ恨んでますよ。オレの好きな人……あいつの事が好きなんだそうです」
軽く睨まれている気がする。
「えっ? そうなんだ。岸谷君ってモテるんだね! ……そっか」
納得した。沢西君の好きな人も岸谷君が好きだったなんて。だから沢西君は私に協力してくれたのかも。
「沢西君、私の方こそありがとうね」
目を見ながら言うのが少し恥ずかしいと思い視線を下へ外した。けど、やっぱりちゃんと伝えたくて顔を上げた。
「沢西君が協力してくれたから私、今笑っていられるんだよ。あの時、第二図書室にいてくれたのが沢西君で本当によかった!」
彼と目が合う。自然と自分の顔が綻んでしまうと感じる。
「ごめん先輩」
「えっ」
急に腕を引っ張られた。私の後方から「シャー」と自転車の通り過ぎる音が聞こえる。引っ張られた勢いで沢西君の胸元に掴まってしまった。
「オレ、そんないい奴じゃないよ」
心音が速い。
「望みを叶える為なら悪魔とだって手を組むよ」
胸元に置いてしまった右手を沢西君が左手で外した。私の手を握ったまま何事もなかったかのように歩む彼に続く。
我が家の前にある階段下まで来た。「何かあったら連絡して下さい」と言われスマホの連絡先を交換した。解散後、沢西君の姿が見えなくなるまで見送った。
翌日の朝一。晴菜ちゃんの机の前に立った。授業の準備をしていた彼女が顔を上げ私を見た。思い切って聞いた。
「あのね……こんな事言ったら凄く嫌な気分にさせてしまうかもしれないけど、ごめんね……その……晴菜ちゃんが私に友達ができるのを邪魔してるって話を聞いたんだけど……」
もごもごと口にする私へ静かに眼差しを注いでくる。
「まっさかあ!」
ややあって彼女は破顔した。
「誰がそんな事言ったの?」
「えっと……」
「明ちゃん」
不意に晴菜ちゃんと目が合わなくなった。下を向く彼女のボソボソと何か呟く声が耳に届く。
「明ちゃんは、ほかに友達ができたら……」
「え?」
「ううん、何でもない」
晴菜ちゃんはいつものようにニッコリ笑って違う話題を振ってきた。引っ掛かるものはあったけど、それ以上聞けなかった。
休み時間中、次の授業が別の教室である為移動していた。後方から誰かが晴菜ちゃんを呼んだ。呼んだのは晴菜ちゃんの友達らしい女子で、晴菜ちゃんは「ごめん明ちゃん、先に行ってて」とその子と廊下の反対方向へ戻った。
先に行ってようと前を向いた時、前方から来たらしい女子生徒とぶつかった。私よりやや背が高く体付きは細い。長く真っ直ぐな黒髪は左肩の上で一つに結ばれている。謝り合いながら別れて再び廊下を進んだ。
目的の教室の手前で違和感に気付き右ポケットを探った。何か入っている。
取り出して見てみると小さく折り畳まれたメモだった。まさか、さっきぶつかった子が私に何か伝えたくて入れてきた?
恐る恐る広げてメッセージを読んだ。
『放課後、内巻さんに内緒で第一図書室裏に来てほしい』
放課後、第一図書室裏へ足を運んだ。隣に沢西君もいる。
昨日、他校の子に追いかけられた事もあり昼休みにスマホからメッセージを送っていた。僅か十秒程で返事があり驚いた。「オレも行きます」と書いてあってホッとした。
二階建ての別棟を眺める。この建物丸々が第一図書室になっている。元々の第一図書室は既に取り壊された旧校舎にあった。旧校舎が建て替えられる際、急遽間に合わせで私たちの教室がある校舎に第二図書室が作られた。新しい校舎が建ち、もう一棟別にこの第一図書室ができてからまだ日も浅い。ここへ来る前……出入口付近を通り過ぎた。多くの生徒が行き交っていた。
足音が聞こえ振り返る。休み時間中、廊下でぶつかった女子生徒が立ち止まった。彼女は沢西君を見て一瞬ハッとするように顔を強張らせた。しかし彼を連れて来た事については言及されなかった。
少し硬い表情で紡がれる言葉に耳を傾ける。
「来てくれてありがとう、坂上さん。私は田美丘(たみおか)ありす。一年の時、同じクラスだったけど……きっと憶えてないよね?」
フフッと微笑む田美丘さんに謝る。
「ごめん。薄らそうだったような気がするけど、喋った事はなかったよね?」
田美丘さんは頷いた後ハッキリとした声で言った。
「内巻さんのあなたへの執着は異常だよ」
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