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一章
6 沢西君の好きな人
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「もしかして、からかってる? 冗談?」
はははと笑って相手を窺う。じっとこちらを見ている沢西君の目はマジだ。つい口が滑る。
「え? 本気?」
「オレが頭のおかしい奴みたいに言わないで下さいよ。こっちも恥ずかしいんですから」
「全然恥ずかしそうに見えないよ! 余裕たっぷりに見えるよ!」
すぐさま言い返す。頭を抱えた。
「でも……イチャイチャって……。実際にするとなると沢西君の好きな人に申し訳なさ過ぎるよ!」
「言ったでしょ? その人の心を揺らしたいって」
「……沢西君の好きな人って、もしかして」
言いかけてやめる。もしそれが私だとしたら辻褄が合うけど…………そんな都合のいい話ってある? でもそうだとしたら何も問題ないように思える。
こちらを見ている沢西君を見つめる。
紺色の制服上下、上着の下は白のカッターシャツでネクタイは女子のリボンと一緒の渋い赤色。黒の鞄を右手に持ち学校指定のサブバッグを左肩に下げている。
因みに女子の制服は男子の制服と同じ紺色で膝下までのジャンパースカートと丈が短めの上着の中に丸襟の白いブラウス、胸元にリボンだ。
沢西君の顔に視線を戻す。眼鏡をしているので分かりにくいけど美男子なのはさっき認識した。きっと凄くモテるだろうから私など相手にしないだろう。うん……この思考はもう終わり。
「何です? オレの好きな人、気になります?」
沢西君がニイッと笑った。
「誰だと思います? 当てて下さい」
「うーん、誰だろう。教えてよ」
「そうですねー、先輩が言い当てたら白状しますよ」
さっきまでの思考の経緯があるのではっきり確認したかったんだけど「もしかして、私?」などと聞ける筈もなく苦笑いした。
沢西君も美男子だし並んで歩いたらお似合いの子だろうと想像した。ちょっと羨ましく思いながら口に出す。
「きっと凄く綺麗で可愛い子でしょ?」
沢西君は驚いたような顔をして私を見返した。
「……そうですね。凄く綺麗で可愛い人です。多分、坂上先輩の思い浮かべるその人のイメージよりも実際のその人の方が可愛いです」
言ってくれるねぇ。私じゃない事は分かったよ。口の端がピクピク引きつるのを感じつつ笑った。
「じゃあ、当たったから教えて」
はっきり名前を答えていないけど図々しく言ってみる。彼の目が細くなる。わざとらしく不快そうに。
「坂上先輩……? 本当はオレの好きな人なんて興味ないでしょ? さっきの先輩の答え方は狡いのでやり直しです! ちゃんと誰か分かってから言ってきて下さい」
「やっぱダメだよね」
あははと笑っていると沢西君が歩き出した。私も後を追う。
この大通りに来る道すがら色々話していた。沢西君の家も私の家のある地区と一緒の方角にあるらしいので途中まで同じバスで帰れる。
帰りにいつも乗車しているバス停は大通りの反対側だ。その手前にある横断歩道が見えてきた。
「坂上先輩」
呼ばれて左を向いた。横を歩く沢西君が真剣な表情でこっちを見ている。
「急にこんな事言ったら驚くかもしれないけど……驚かないで聞いて下さいね。今は余所見しないでオレだけを見てて下さい」
何だろう。告白の前振りみたいな台詞だけど、さっき沢西君の好きな人は私じゃないって分かったから別の案件だ。
「分かった」
私も真剣な心持ちで頷く。
「尾行されてます」
「え……」
大きく声を上げて振り返りそうになったけど、小声を出しただけで踏み止まれた。事前に沢西君から釘を刺されていなかったらやってたと思う。
「学校の近くから付いて来てます。さっきわざと立ち話して時間をずらしたのに、つかず離れず五十メートルくらい後方にいます」
「な、何の為に……?」
沢西君も与り知らない事だと分かっていたけど呟かずにはいられなかった。私の問いに彼は右手を顎に当て俯いた。
「さあ……? でもひょっとして内巻先輩と関係あるのかな?」
「え? 晴菜ちゃんと?」
考えている様子だった沢西君が再び顔を上げた。
「よくは知りませんけど。内巻先輩ってウチの学校の悪女って噂、聞いた事ありません?」
「晴菜ちゃんが……悪女?」
今日という日まで考えた事もなかった。とても優しい、いい子だと思っていた。……今日まで。
普段なら即刻否定している場面で私は何も言えなかった。彼女が岸谷君とキスしてるところを見てしまった時から、分からなくなっている。
沢西君が一瞬、道路側を気にしたように見えた。彼は振り向きざま私の左手首を握ってきた。
「先輩、信号変わりそうです走って! 上手くいけばあのバスに乗って撒けるかもしれない」
引っ張られるままバタバタと横断歩道を走った。渡っている途中で歩行者側の信号が赤になった。二人とも渡り終えて息を整える。
横断歩道の反対側を見た。道路を隔てた向こう側の歩道に一人、女の子が立っていた。
黒いスカジャンのポケットに左手を突っ込み信号機の柱に寄り掛かっている。右手でスマホを操作していてこちらを見ていない。デニムのホットパンツから伸びた白い脚はクリーム色のスニーカーへと続いている。髪型が独特で、切り揃えられたショートカットはこちら側から見て左側は耳下までの長さなのに右側は肩下まである。全体的な髪色は黒だ。ただ……長い側の髪の房、下半分くらいが紫になっている。
あれ……? あの子どこかで見た事ある。確か……晴菜ちゃんと一緒にいた時どこかで……。
「坂上先輩、バスに乗りましょう!」
腕を引かれて思考を中断する。沢西君の後をバス停に向かって走った。バスが私たちの横の車道を通り過ぎ、道の先にある停留所に止まる。お客さんが降りているので、このまま走れば間に合う!
「あー! やっと来た来た!」
バス停には先客が三人いた。その内二人はベンチに座っていて、もう一人は立っている。
ベンチの背凭れに左手を置いた格好で立つ同年代くらいの女の子。反対の手に持った棒の先に付く丸い飴を舐めている。さっきの言葉はその子の発したものだ。ミルク色の腰まで届きそうなツインテールを揺らしてこっちへ大きく手を振ってきた。
「坂上先輩、知り合い?」
沢西君が聞いてくる。
「違うよ? 沢西君の知り合いでもなかったら、きっと後ろの誰かに振ってるんだよ」
後方に目を向けた。だけど長く続く歩道には珍しく誰もいなかった。
「坂上明さんですね?」
話し掛けられて心臓がドクンと鳴る。バス停に視線を戻した。ベンチに座っていた内の一人が立ち上がりこっちを見た。ウェーブが特徴的な明るい色味の茶髪を背に垂らしている。私よりもやや背が高く切れ長な目元がクール美人という印象を抱かせる。落ち着いた声音で、その人は要求する。
「私たちと一緒に来て下さい」
風が彼女の髪を靡かせる。私が立ち竦んでいる間にバスは走り出してしまった。
目の前の彼女たちは三人とも他校の灰色い制服を着ていた。戸惑って右にいる沢西君を見る。彼女たちに苦笑いしている横顔。ボソッと呟くのを聞いた。
「まずい。挟まれた」
恐る恐る後方に顔を動かす。信号が点滅している。
両手をスカジャンのポケットに入れたどこか気だるげな歩みの少女。視線を向けるとその足取りが止まった。きつい目付きで睨まれた。
はははと笑って相手を窺う。じっとこちらを見ている沢西君の目はマジだ。つい口が滑る。
「え? 本気?」
「オレが頭のおかしい奴みたいに言わないで下さいよ。こっちも恥ずかしいんですから」
「全然恥ずかしそうに見えないよ! 余裕たっぷりに見えるよ!」
すぐさま言い返す。頭を抱えた。
「でも……イチャイチャって……。実際にするとなると沢西君の好きな人に申し訳なさ過ぎるよ!」
「言ったでしょ? その人の心を揺らしたいって」
「……沢西君の好きな人って、もしかして」
言いかけてやめる。もしそれが私だとしたら辻褄が合うけど…………そんな都合のいい話ってある? でもそうだとしたら何も問題ないように思える。
こちらを見ている沢西君を見つめる。
紺色の制服上下、上着の下は白のカッターシャツでネクタイは女子のリボンと一緒の渋い赤色。黒の鞄を右手に持ち学校指定のサブバッグを左肩に下げている。
因みに女子の制服は男子の制服と同じ紺色で膝下までのジャンパースカートと丈が短めの上着の中に丸襟の白いブラウス、胸元にリボンだ。
沢西君の顔に視線を戻す。眼鏡をしているので分かりにくいけど美男子なのはさっき認識した。きっと凄くモテるだろうから私など相手にしないだろう。うん……この思考はもう終わり。
「何です? オレの好きな人、気になります?」
沢西君がニイッと笑った。
「誰だと思います? 当てて下さい」
「うーん、誰だろう。教えてよ」
「そうですねー、先輩が言い当てたら白状しますよ」
さっきまでの思考の経緯があるのではっきり確認したかったんだけど「もしかして、私?」などと聞ける筈もなく苦笑いした。
沢西君も美男子だし並んで歩いたらお似合いの子だろうと想像した。ちょっと羨ましく思いながら口に出す。
「きっと凄く綺麗で可愛い子でしょ?」
沢西君は驚いたような顔をして私を見返した。
「……そうですね。凄く綺麗で可愛い人です。多分、坂上先輩の思い浮かべるその人のイメージよりも実際のその人の方が可愛いです」
言ってくれるねぇ。私じゃない事は分かったよ。口の端がピクピク引きつるのを感じつつ笑った。
「じゃあ、当たったから教えて」
はっきり名前を答えていないけど図々しく言ってみる。彼の目が細くなる。わざとらしく不快そうに。
「坂上先輩……? 本当はオレの好きな人なんて興味ないでしょ? さっきの先輩の答え方は狡いのでやり直しです! ちゃんと誰か分かってから言ってきて下さい」
「やっぱダメだよね」
あははと笑っていると沢西君が歩き出した。私も後を追う。
この大通りに来る道すがら色々話していた。沢西君の家も私の家のある地区と一緒の方角にあるらしいので途中まで同じバスで帰れる。
帰りにいつも乗車しているバス停は大通りの反対側だ。その手前にある横断歩道が見えてきた。
「坂上先輩」
呼ばれて左を向いた。横を歩く沢西君が真剣な表情でこっちを見ている。
「急にこんな事言ったら驚くかもしれないけど……驚かないで聞いて下さいね。今は余所見しないでオレだけを見てて下さい」
何だろう。告白の前振りみたいな台詞だけど、さっき沢西君の好きな人は私じゃないって分かったから別の案件だ。
「分かった」
私も真剣な心持ちで頷く。
「尾行されてます」
「え……」
大きく声を上げて振り返りそうになったけど、小声を出しただけで踏み止まれた。事前に沢西君から釘を刺されていなかったらやってたと思う。
「学校の近くから付いて来てます。さっきわざと立ち話して時間をずらしたのに、つかず離れず五十メートルくらい後方にいます」
「な、何の為に……?」
沢西君も与り知らない事だと分かっていたけど呟かずにはいられなかった。私の問いに彼は右手を顎に当て俯いた。
「さあ……? でもひょっとして内巻先輩と関係あるのかな?」
「え? 晴菜ちゃんと?」
考えている様子だった沢西君が再び顔を上げた。
「よくは知りませんけど。内巻先輩ってウチの学校の悪女って噂、聞いた事ありません?」
「晴菜ちゃんが……悪女?」
今日という日まで考えた事もなかった。とても優しい、いい子だと思っていた。……今日まで。
普段なら即刻否定している場面で私は何も言えなかった。彼女が岸谷君とキスしてるところを見てしまった時から、分からなくなっている。
沢西君が一瞬、道路側を気にしたように見えた。彼は振り向きざま私の左手首を握ってきた。
「先輩、信号変わりそうです走って! 上手くいけばあのバスに乗って撒けるかもしれない」
引っ張られるままバタバタと横断歩道を走った。渡っている途中で歩行者側の信号が赤になった。二人とも渡り終えて息を整える。
横断歩道の反対側を見た。道路を隔てた向こう側の歩道に一人、女の子が立っていた。
黒いスカジャンのポケットに左手を突っ込み信号機の柱に寄り掛かっている。右手でスマホを操作していてこちらを見ていない。デニムのホットパンツから伸びた白い脚はクリーム色のスニーカーへと続いている。髪型が独特で、切り揃えられたショートカットはこちら側から見て左側は耳下までの長さなのに右側は肩下まである。全体的な髪色は黒だ。ただ……長い側の髪の房、下半分くらいが紫になっている。
あれ……? あの子どこかで見た事ある。確か……晴菜ちゃんと一緒にいた時どこかで……。
「坂上先輩、バスに乗りましょう!」
腕を引かれて思考を中断する。沢西君の後をバス停に向かって走った。バスが私たちの横の車道を通り過ぎ、道の先にある停留所に止まる。お客さんが降りているので、このまま走れば間に合う!
「あー! やっと来た来た!」
バス停には先客が三人いた。その内二人はベンチに座っていて、もう一人は立っている。
ベンチの背凭れに左手を置いた格好で立つ同年代くらいの女の子。反対の手に持った棒の先に付く丸い飴を舐めている。さっきの言葉はその子の発したものだ。ミルク色の腰まで届きそうなツインテールを揺らしてこっちへ大きく手を振ってきた。
「坂上先輩、知り合い?」
沢西君が聞いてくる。
「違うよ? 沢西君の知り合いでもなかったら、きっと後ろの誰かに振ってるんだよ」
後方に目を向けた。だけど長く続く歩道には珍しく誰もいなかった。
「坂上明さんですね?」
話し掛けられて心臓がドクンと鳴る。バス停に視線を戻した。ベンチに座っていた内の一人が立ち上がりこっちを見た。ウェーブが特徴的な明るい色味の茶髪を背に垂らしている。私よりもやや背が高く切れ長な目元がクール美人という印象を抱かせる。落ち着いた声音で、その人は要求する。
「私たちと一緒に来て下さい」
風が彼女の髪を靡かせる。私が立ち竦んでいる間にバスは走り出してしまった。
目の前の彼女たちは三人とも他校の灰色い制服を着ていた。戸惑って右にいる沢西君を見る。彼女たちに苦笑いしている横顔。ボソッと呟くのを聞いた。
「まずい。挟まれた」
恐る恐る後方に顔を動かす。信号が点滅している。
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