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一章 本編
78 未来、過去、現在
しおりを挟むイチョウの並木道を歩いていた。
午後の暖かい日差しを浴びながら、娘と手を繋いで。黄色い葉が道一面に落ちている。幼稚園の帰り道。
まだ五歳の娘は木の下に走って、落ちていたイチョウの葉を拾って指でクルクル回して笑った。
ぷっくりした頬に丸い目。肩まである髪は二つに分けて結んでいる。
「おかあさん、いちょう!」
元気に、拾った葉を差し出して見せてくれる。私も釣られて微笑んだ。しゃがんで、娘の手からその綺麗な葉を受け取る。
「ありがとう」
「おにいちゃんにも、あげたいな」
「……そうだね」
娘の言葉に、私は少し俯いた。
以前、娘に勇輝の事を話した。あなたにはお兄ちゃんがいるんだよって。娘は兄の存在を喜んでいたけど、会えないと知って駄々を捏ねていた。
「おかあさん? おなかいたいの?」
心配そうに、娘が私の頭を撫でてくれる。勇輝がいつか撫でてくれたみたいに。
「ううん。大丈夫だよ」
笑顔で娘を抱きしめた。私の様子に安心したようで、彼女も楽しげに声を上げた。
「行こう」
また手を繋いで歩き出した時。
「あっ、おとうさん!」
娘が前方へ走り出した。道の先に人影がある。屈んで娘を受け止めたのは、この三度目の人生での夫だ。今日は仕事が早く終わったのかもしれない。微笑んで彼を呼んだ。
「お帰りなさい! ――!」
目を覚ますと……そこは宿泊施設の割り当てられた部屋、布団の中だった。他クラスを受け持つ女性の先生が、ホッとしたように表情を緩めるのが見えた。
その先生の話では、私と龍君がいなくなっている事が分かって先生たちと施設の人たちで捜し回ったらしい。海辺で二人が倒れているのを発見し、大慌てでここまで運んで来たのだそうだ。何とも申し訳ない。
部屋を出ると、戸口の側に咲月ちゃんと雪絵ちゃん……そして棚村さん、川北さんがいた。
咲月ちゃんが私に抱き付いて大泣きした。
罪悪感が胸を占める。でもまだ頭がぼうっとしていて、うまく言葉が見つからない。
目の覚める直前まで、未来での出来事とも思える夢を見ていた気がする。あまり憶えていなくて断片的なイメージが浮かぶだけなのだけど。
それより前に見ていた夢は…………違う。夢じゃなくて。……思い出したのは、一度目の人生であった事だ。
私はこれまで一度目の人生では未神石に願った後すぐに二度目の人生へ移ったんだと思っていたけど、一度目の人生での記憶が完全じゃなかっただけだった。
未神石に願った後も一度目の人生は続いていて、八十代後半まで私は生きた。
その時まで、透は傍にいてくれた。
私が幾つで死んだのかはっきりとした記憶がないのは、認知症を患っていたからかもしれない。当時、「ボクは君の子供じゃないよ」が透の口癖だった。あの頃の私は透を自分の子供だと勘違いしていた節があった。
既に目が覚めていた龍君と並んで座らされ、先生たちにこっぴどくお説教された。お説教が終わる頃には肩で息をしていた西宮先生。涙目で愚痴をこぼした。
「教師人生終わるかと思ったよ」
後から聞いた話では志崎君が私と龍君が裏口から外へ出たのを見ていて、私たちがいないと大騒ぎになった時に先生にその事を言ってくれたそうだ。何ですぐに知らせなかったのかっていう先生たちからのお説教は、私が目覚める前に済んだらしい。
この宿泊施設……。海で倒れて運ばれてくる人が毎年何人もいるというニュースを見た事がある。もちろん未神石関連がほとんどだ。
次の日、未神石の博物館を見学した。その後バスで学校前へと戻って来た。
帰りのバス車内では、ほとんどの人がぐったりしていた。私と龍君が迷惑をかけたからだよね。……皆ごめんね。
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