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一章 本編
71 最初から
しおりを挟む「僕の話を少し……聞いてくれる?」
龍君が薄く笑う。今日は月が明るくてよかった。この光がなければ彼の表情も分からなかっただろう。
私が黙って頷くと、彼は笑みを深くした。
「透君とこの人生で会った時から、少しずつ思い出してきたんだ」
彼も月を見上げた。
「僕が二度目だと思っていた今の人生は、由利花ちゃんと同じで三度目のようだった。由利花ちゃんは以前、二度目の人生の記憶を忘れていたけど僕は……一度目の人生の記憶がなかったみたいだ。修学旅行前、透君に『一度目のあなたとは大違いだ』って言われた時にそうだと確信した。彼は一度目の情けない僕の事も知っているみたいだし、それに僕がした事も根に持ってるって言ってたし」
私の方へ視線を戻した龍君は茶化すように苦笑した。
「前にさ、透君は自分の事を二度目の人生で由利花ちゃんのストーカーだったって話してたよね? 一度目の人生での由利花ちゃんのストーカーは僕だった」
「えっ」
思い返すけど私、一度目の人生でストーカーなんていなかった。信じられないという思いが顔に出ていたんだろう。龍君が補足するように付け足した。
「透君のように由利花ちゃんたちの家の前を通る時、チラチラ注意深く見るだけだったんだけどね」
笑顔でさらっと言ってるけど、彼が一度目の人生で私にそこまで執着しているとは全く考えた事もなかった。
「透君に指摘されたように、一度目の人生を歩んでいた僕には余裕がなかった」
口元を押さえて彼を凝視した。
そんな……。
「いつから……?」
気になっていた事が言葉になって零れた。
私の意を正しく汲み取るように、彼は言った。
「最初から」
伏目がちに笑った顔。再び向けられた眼差しに息が詰まる。
「最初に一目見た時、予感した。この子が僕の天使だって」
優しげな瞳を前に、思わず右下に視線を外した。
そんな風に思ってくれてたなんて。
「じゃあ、幼稚園で出会った時からなの? でも……でも。えっと、そう! プールの日! 幼稚園で先生が好きな子の所へ泳ぐように言ってたプールの日は? 一度目と二度目の人生では来てくれなかったよね?」
「プール? ……あぁ」
彼は何か思い出すように少し笑った。
「一度目と二度目のその日、熱が出て幼稚園を休んでた。後になって由利花ちゃんにその時の話を聞いて、ずっと悔しく思ってた。三度目の人生では体調にものすごく気を付けていて熱は出なかった」
波音よりも煩い胸の音に焦った。
「えっと……」
一歩後退った私は、足を乗せた石がぐらついた拍子にバランスを崩して尻餅をついた。
「いったぁ」
「大丈夫?」
龍君が差し出してくれた手に掴まった。引っ張ってくれると思っていた龍君は何故か動きを止めた。私の右後方を見ている。
「龍君?」
「……あった」
彼の言葉にその一瞬、自分の血が凍るような嫌な感覚が体を走った。懐中電灯を持った彼の右手が伸ばされる。
「だめっ……!」
直ぐ様その腕を押さえたけど遅かった。
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