上 下
71 / 83
一章 本編

71 最初から

しおりを挟む

「僕の話を少し……聞いてくれる?」

 龍君が薄く笑う。今日は月が明るくてよかった。この光がなければ彼の表情も分からなかっただろう。

 私が黙って頷くと、彼は笑みを深くした。



「透君とこの人生で会った時から、少しずつ思い出してきたんだ」

 彼も月を見上げた。

「僕が二度目だと思っていた今の人生は、由利花ちゃんと同じで三度目のようだった。由利花ちゃんは以前、二度目の人生の記憶を忘れていたけど僕は……一度目の人生の記憶がなかったみたいだ。修学旅行前、透君に『一度目のあなたとは大違いだ』って言われた時にそうだと確信した。彼は一度目の情けない僕の事も知っているみたいだし、それに僕がした事も根に持ってるって言ってたし」

 私の方へ視線を戻した龍君は茶化すように苦笑した。

「前にさ、透君は自分の事を二度目の人生で由利花ちゃんのストーカーだったって話してたよね? 一度目の人生での由利花ちゃんのストーカーは僕だった」

「えっ」

 思い返すけど私、一度目の人生でストーカーなんていなかった。信じられないという思いが顔に出ていたんだろう。龍君が補足するように付け足した。

「透君のように由利花ちゃんたちの家の前を通る時、チラチラ注意深く見るだけだったんだけどね」

 笑顔でさらっと言ってるけど、彼が一度目の人生で私にそこまで執着しているとは全く考えた事もなかった。


「透君に指摘されたように、一度目の人生を歩んでいた僕には余裕がなかった」


 口元を押さえて彼を凝視した。
 そんな……。


「いつから……?」


 気になっていた事が言葉になって零れた。
 私の意を正しく汲み取るように、彼は言った。


「最初から」


 伏目がちに笑った顔。再び向けられた眼差しに息が詰まる。



「最初に一目見た時、予感した。この子が僕の天使だって」



 優しげな瞳を前に、思わず右下に視線を外した。
 そんな風に思ってくれてたなんて。



「じゃあ、幼稚園で出会った時からなの? でも……でも。えっと、そう! プールの日! 幼稚園で先生が好きな子の所へ泳ぐように言ってたプールの日は? 一度目と二度目の人生では来てくれなかったよね?」

「プール? ……あぁ」

 彼は何か思い出すように少し笑った。

「一度目と二度目のその日、熱が出て幼稚園を休んでた。後になって由利花ちゃんにその時の話を聞いて、ずっと悔しく思ってた。三度目の人生では体調にものすごく気を付けていて熱は出なかった」



 波音よりも煩い胸の音に焦った。

「えっと……」

 一歩後退った私は、足を乗せた石がぐらついた拍子にバランスを崩して尻餅をついた。


「いったぁ」

「大丈夫?」


 龍君が差し出してくれた手に掴まった。引っ張ってくれると思っていた龍君は何故か動きを止めた。私の右後方を見ている。


「龍君?」

「……あった」


 彼の言葉にその一瞬、自分の血が凍るような嫌な感覚が体を走った。懐中電灯を持った彼の右手が伸ばされる。




「だめっ……!」




 直ぐ様その腕を押さえたけど遅かった。



しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

アルバートの屈辱

プラネットプラント
恋愛
妻の姉に恋をして妻を蔑ろにするアルバートとそんな夫を愛するのを諦めてしまった妻の話。 『詰んでる不憫系悪役令嬢はチャラ男騎士として生活しています』の10年ほど前の話ですが、ほぼ無関係なので単体で読めます。

娼館で元夫と再会しました

無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。 しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。 連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。 「シーク様…」 どうして貴方がここに? 元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!

王子殿下の慕う人

夕香里
恋愛
エレーナ・ルイスは小さい頃から兄のように慕っていた王子殿下が好きだった。 しかし、ある噂と事実を聞いたことで恋心を捨てることにしたエレーナは、断ってきていた他の人との縁談を受けることにするのだが──? 「どうして!? 殿下には好きな人がいるはずなのに!!」 好きな人がいるはずの殿下が距離を縮めてくることに戸惑う彼女と、我慢をやめた王子のお話。 ※小説家になろうでも投稿してます

セレナの居場所 ~下賜された側妃~

緑谷めい
恋愛
 後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

【完結】騎士団長の旦那様は小さくて年下な私がお好みではないようです

大森 樹
恋愛
貧乏令嬢のヴィヴィアンヌと公爵家の嫡男で騎士団長のランドルフは、お互いの親の思惑によって結婚が決まった。 「俺は子どもみたいな女は好きではない」 ヴィヴィアンヌは十八歳で、ランドルフは三十歳。 ヴィヴィアンヌは背が低く、ランドルフは背が高い。 ヴィヴィアンヌは貧乏で、ランドルフは金持ち。 何もかもが違う二人。彼の好みの女性とは真逆のヴィヴィアンヌだったが、お金の恩があるためなんとか彼の妻になろうと奮闘する。そんな中ランドルフはぶっきらぼうで冷たいが、とろこどころに優しさを見せてきて……!? 貧乏令嬢×不器用な騎士の年の差ラブストーリーです。必ずハッピーエンドにします。

深海の星空

柴野日向
青春
「あなたが、少しでも笑っていてくれるなら、ぼくはもう、何もいらないんです」  ひねくれた孤高の少女と、真面目すぎる新聞配達の少年は、深い海の底で出会った。誰にも言えない秘密を抱え、塞がらない傷を見せ合い、ただ求めるのは、歩む深海に差し込む光。  少しずつ縮まる距離の中、明らかになるのは、少女の最も嫌う人間と、望まれなかった少年との残酷な繋がり。 やがて立ち塞がる絶望に、一縷の希望を見出す二人は、再び手を繋ぐことができるのか。 世界の片隅で、小さな幸福へと手を伸ばす、少年少女の物語。

処理中です...