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一章 本編
70 願いを叶える石
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今下っている階段の数十メートル先に揺れる懐中電灯のものと思われる明かりと心許ない月明りを頼りに、暗い足元に注意しつつ龍君を追っている。
龍君、懐中電灯持って来てたんだ。
まるで今日この時間、宿泊施設を抜け出すのは予定していた事だったみたいに。
それにしても龍君よ。歩くの速いよ。
階段横の斜面には段々畑があって、下へ行く程その畑と階段を隔てる石垣は高くなる。先の方で左へとカーブしていて、それに沿って続く階段を下った龍君はここからはもう見えない。
私は錆びてボロボロの手すりに掴まりながら古めかしい石段が続く細い道を急いだ。
一本道で助かった。
下った先に広がっていたのは海。
静かな夜に波音が響いている。風の勢いに肌寒く感じ、両腕を摩った。
岩場で光が動いているのを見つけた。
「龍君!」
呼びかけて手を振ると光の動きが止まった。
「由利花ちゃん?」
足元の大きめの石に気を付けて龍君の方へ向かった。龍君はその倍くらいのスピードで石の上をひょいひょい渡って私の傍へ来た。
「何でっ! ……って、僕のせいか。ごめん。何も言わずにここへ来たから心配して付いて来てくれたんでしょ?」
満ちた月の下、申し訳なさそうな顔で小さく微笑みかけられた。
「龍君、何を探してたの? ……まさか未神石じゃないよね?」
彼が視線を下に落としたので私は確信した。
「だめっ! だめだよ」
先程、石段を下って来る途中に思い出した事がある。
『私はこの道を知っている』
そう気付いた時、頭の中に一度目の人生での記憶が閃いた。
私は……一度目の人生で三十七歳だった私は、未神石を探す為この地を訪れていた。
バスを利用した一人旅。夏だったと思う。昼の陽射しは強く、広い鍔の帽子を被って来ていてよかったと考えた事まで憶えている。風に飛ばされそうなその白い帽子を押さえて見た海の色は明るいブルーで空は薄い水色。
「透と来たかったな」
そんな事を思いながら石を探していた。
「あった!」
大きな岩の下、少しだけ出ていた緑色を発見した。手のひらサイズの楕円形。
その未神石を大きな岩の上に置き、手を合わせて祈った。
子供の事を真剣に祈っていると、ふっと目眩がしたように感じた。意識が遠のく感覚。やがて閉じていた目を開けると……。
……私は昔住んでいた家にいて、鏡に映る自分は幼稚園児の姿をしていた。
そこが『二度目の人生』だと理解するまで、やはり時間がかかった。
透と離れて暮らす日々を受け入れるのは辛かった。自分の半身を失くしたような心持ちだった。
二度目の人生での自分の最期を知っている今の私は、分かりかけてきたと思う。
未神石に願う事がどういう事なのか。
「だめだよ。あれに願ったら……! 龍君が短命になるから絶対にだめ!」
彼の懐中電灯を握る右手を両手で掴んだ。向けられた戸惑うような眼差しを睨みで返した。
「僕はどうなってもいいんだ」
静かな声、凪いだ表情。
まるで願いの代償も承知の上で、しかも彼の中ではもう結論が出ている言い草のように聞こえ戦慄した。
私は一呼吸分言葉に詰まった後、強い口調で彼を責めた。
「よくない! 何でそんな事言うの?」
「勇輝を取り返したいんだ」
一歩も譲らないと言いたげな強い瞳にハッとする。
「僕はどうなってもいいから君と勇輝には、ずっと笑顔でいてほしいんだ」
私は俯いて力なく笑った。
「龍君は我がままだよ。それは龍君がずっと一緒にいてくれなきゃ叶わないんだから」
龍君、懐中電灯持って来てたんだ。
まるで今日この時間、宿泊施設を抜け出すのは予定していた事だったみたいに。
それにしても龍君よ。歩くの速いよ。
階段横の斜面には段々畑があって、下へ行く程その畑と階段を隔てる石垣は高くなる。先の方で左へとカーブしていて、それに沿って続く階段を下った龍君はここからはもう見えない。
私は錆びてボロボロの手すりに掴まりながら古めかしい石段が続く細い道を急いだ。
一本道で助かった。
下った先に広がっていたのは海。
静かな夜に波音が響いている。風の勢いに肌寒く感じ、両腕を摩った。
岩場で光が動いているのを見つけた。
「龍君!」
呼びかけて手を振ると光の動きが止まった。
「由利花ちゃん?」
足元の大きめの石に気を付けて龍君の方へ向かった。龍君はその倍くらいのスピードで石の上をひょいひょい渡って私の傍へ来た。
「何でっ! ……って、僕のせいか。ごめん。何も言わずにここへ来たから心配して付いて来てくれたんでしょ?」
満ちた月の下、申し訳なさそうな顔で小さく微笑みかけられた。
「龍君、何を探してたの? ……まさか未神石じゃないよね?」
彼が視線を下に落としたので私は確信した。
「だめっ! だめだよ」
先程、石段を下って来る途中に思い出した事がある。
『私はこの道を知っている』
そう気付いた時、頭の中に一度目の人生での記憶が閃いた。
私は……一度目の人生で三十七歳だった私は、未神石を探す為この地を訪れていた。
バスを利用した一人旅。夏だったと思う。昼の陽射しは強く、広い鍔の帽子を被って来ていてよかったと考えた事まで憶えている。風に飛ばされそうなその白い帽子を押さえて見た海の色は明るいブルーで空は薄い水色。
「透と来たかったな」
そんな事を思いながら石を探していた。
「あった!」
大きな岩の下、少しだけ出ていた緑色を発見した。手のひらサイズの楕円形。
その未神石を大きな岩の上に置き、手を合わせて祈った。
子供の事を真剣に祈っていると、ふっと目眩がしたように感じた。意識が遠のく感覚。やがて閉じていた目を開けると……。
……私は昔住んでいた家にいて、鏡に映る自分は幼稚園児の姿をしていた。
そこが『二度目の人生』だと理解するまで、やはり時間がかかった。
透と離れて暮らす日々を受け入れるのは辛かった。自分の半身を失くしたような心持ちだった。
二度目の人生での自分の最期を知っている今の私は、分かりかけてきたと思う。
未神石に願う事がどういう事なのか。
「だめだよ。あれに願ったら……! 龍君が短命になるから絶対にだめ!」
彼の懐中電灯を握る右手を両手で掴んだ。向けられた戸惑うような眼差しを睨みで返した。
「僕はどうなってもいいんだ」
静かな声、凪いだ表情。
まるで願いの代償も承知の上で、しかも彼の中ではもう結論が出ている言い草のように聞こえ戦慄した。
私は一呼吸分言葉に詰まった後、強い口調で彼を責めた。
「よくない! 何でそんな事言うの?」
「勇輝を取り返したいんだ」
一歩も譲らないと言いたげな強い瞳にハッとする。
「僕はどうなってもいいから君と勇輝には、ずっと笑顔でいてほしいんだ」
私は俯いて力なく笑った。
「龍君は我がままだよ。それは龍君がずっと一緒にいてくれなきゃ叶わないんだから」
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