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一章 本編

69 売店

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 夕刻、宿泊施設に到着した。そこは半島の先端に近い場所にあり、すぐ側が海だ。

 バスから駐車場へと降りた生徒たちは先生らに集められ注意事項を聞いた後、建物の中へ入って行く。

 二階建ての白っぽい外壁と赤茶色の屋根をした建物で、少し鄙びた印象。エントランスホールの照明は暖かな色味のものが使われていて、二階にある個別に割り当てられた部屋は白色の灯りだった。私たちの部屋は畳で、窓の側にある一畳分くらいの板張りのスペースには小さなテーブルとその両サイドに椅子が一脚ずつ置かれていた。

 修学旅行中同じ班の女子五人はもちろん同室。


「後で枕投げしようね!」

 咲月ちゃんが瞳を輝かせて提案してくる。

「うん!」

 咲月ちゃんの表情がかわいくて私も笑顔で頷いた。



 夕食やお風呂が済んで自由時間になり、班の女子グループで売店に来た。さっきこの店の前を通った時、かわいいイルカのグッズが見えて皆気になっていたらしい。私も透へのお土産を買おうと考えていた。

 私たち以外にもお客さんがいた。見かけるクラスメイトは私と同じでTシャツにハーフパンツ姿の子が多い。九月だけどまだ暑く、半袖でも涼しくてちょうどよかった。


「何がいいかな……?」

 呟いていると咲月ちゃんが後ろから私の手元を覗いてきた。

「由利花ちゃん、もしかして透んるんにお土産?」

「うん。イルカのクリアファイルもいいと思うんだけど、この蟹のキーホルダーも可愛くって……これにしよう」

 赤い蟹のチャームとピンク色の小さな鈴の付いたキーホルダーに決めた。


「咲月ちゃんは何にしたの?」

「私はメモ帳とシャーペン!」

 彼女は可愛らしいペンギンのキャラクターが付いたシャープペンシルとお揃いのメモ帳を見せてくれた。


 雪絵ちゃんももう決まっているようで下敷きを三枚手に持っている。私の視線に気付いた様子の彼女は教えてくれた。

「私の分と、姉と妹の分」

 下敷きの絵柄は人魚のイラストで、三枚ともデザインが違っていてどれも素敵に思う。

 棚村さんは家族へ十二個入りのお饅頭にするそうだ。川北さんはお煎餅とイルカのキーホルダー。


 お会計をしている時、売店の前を同じ班の男子グループが通った。
 龍君と目が合った。


「あっ、島本さん」

 足を止めた沢野君が咲月ちゃんに声をかけた。私の横に並んでいた咲月ちゃんの体が一瞬、静止したように震えたのが視界の端に入った。

 沢野君が近付いて来る。目を見開いていた咲月ちゃんは私のTシャツの背中の部分を掴んでこちらへ身を寄せた。


「お土産買ってるの? 僕も妹に何か買おうかなぁ」


 ニコッと笑う沢野君。その笑顔の神々しさに思わず目を細めた。咲月ちゃんも直視できなかったようで下を向いている。

 沢野君が売店に寄ったので、彼と一緒にいた男子たちもぞろぞろやって来た。だからてっきり龍君もこっちに来ると思っていたのに、彼は他の子を尻目に売店を通り過ぎた。

 おかしい。

 龍君の行動を変に感じて、お会計が終わると同時に「ごめん先に行くね」と言い残して彼の後を追った。通路の奥に彼の姿を見つけた。


「りゅ……」


 声をかけようとしたけど、ここからじゃ届かないと思い止めた。それに見てしまった。




 彼が裏にある出入口から外へ出て行くのを。




 あれっ? 建物の外には出ないようにって、先生言ってなかったっけ?

 困惑しながらも龍君の後を追いかけて外へ出る。辺りはもう暗かったけど建物の明かりで駐車場の周辺くらいまでは何とか見え、駐車場の奥にある階段を下りようとしている龍君を見つける事ができた。


「っ……」


 ここで叫んだら彼は気付いてくれるかもしれない。けれど先生にも見つかってこっぴどく怒られるだろう。

 少し迷ったけど、呼びかける事はせずに彼に続いて階段を下りた。

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