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一章 本編

65 裏取引

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 あれからこっそり、透から渡された手紙らしきものをハーフパンツのポケットに入れて家に持ち帰った。


 机にランドセルを下ろして取り出した、丸められた紙。一見銀色の……ガムの包み紙みたいだ。広げてみる。

 ……うん、ガムの包み紙だね。しわしわのその紙を裏返す。白いその面にはボールペンで透の字。



『呪いの解き方を教えておく。どうしても止めたい時、止めさせたい時「キャンセル」と言って突き返せばいい』



「どういう事?」

 手紙を読んで首をひねった。この手紙の内容から「もしかして私って呪われてるの?」と少し不安になる。止めたい時って何だろう? 何を? 突き返すって誰に?


「……キャンセル?」

 試しに小さく呟いてみる。少し待ってみたけど特に何も起こらない。


「うーん?」

 よく分からないけど明日、透に聞いてみよう。
 この前もらった手紙にも『緑の石には気を付けて』とか妙な事が書かれていたし。


「緑の石……?」


 記憶を辿ってそれらしき石を思い出そうとする。何か引っかかるなぁ。でも思い出せないのだ。


「ふぅ」

 ため息をついて手紙を机に置いた。









 次の日の朝。学校の入口横にある壁を背に、透が立っている。歩道橋を下った私に気付いて手を振ってくれた。

 急ぎ足で透の側まで寄って、さっそく疑問をぶつけようとした。
 その時、私の肩に誰かが触れた。びっくりして振り向いた。

 クセ毛の黒髪、大きめの黒っぽいTシャツを着た幼馴染みの姿があった。
 彼はニコッと私に笑いかけてきた。

「おはよう、由利花ちゃん。透君と何話してるの?」

「あ……っ、龍君おはよう。挨拶しようとしてたとこだよ。私も今、来たばっかりで」

 龍君に、にへらっと笑って見せた。
 昨日透から渡された『二通目の手紙』は、龍君に秘密らしいから言いたくても言えない。

 何でこんな心苦しい事に~~!

 透に理由を聞かなければならないのに、今は龍君がいるから尋ねられない。


 龍君は「そう」と言って笑顔を解き、透の方を見ている。


「おはよう。由利ちゃん、鈴谷さん」

 透は笑顔で挨拶すると歩き出した。


「あっ……」

 透の後ろ姿に手を伸ばしかけるけど、思い直して引っ込めた。


「由利花ちゃん、透君に何か用事があったの?」

 後方の龍君に尋ねられた。でも正直に答えられないのがもどかしい。


「ううん。何でもない」

 そう苦笑した。また次の機会に聞けばいいか。









「げっ」

 雪絵ちゃんがいつもの澄ましたものではない、心から嫌そうな声を上げた。


 私たちのクラスは今、修学旅行で移動時に乗るバスの座席を決めていた。

 教室の黒板には大きく座席の順番を割り振った図が書かれていて、先生がランダムに数字を書き込んでいた。
 一班の人たちから順にくじを引いていく。書いてある番号を確認したら先生に伝える。先生が図の中の対応する番号を消して、代わりに引いた人の名前を書き込む。……そんな流れだ。
 既にくじを引き終わった人たちの名字で図は半分程埋まっていた。くじを引くスピードに先生が黒板に書くスピードが追いついていないから、くじを持って待っているクラスメイトも多い。


 くじで引いた紙を広げた雪絵ちゃんは番号の書かれた紙を睨んでいる。きっと本当に嫌な人と隣の席になったのだろう。……まさか私じゃないよね?

 そう考えてドキドキしながら彼女を見つめる。


「……咲月。あなたは何番? 誰と隣になったの?」

 雪絵ちゃんは紙の番号を横から見られないように隠しつつ、咲月ちゃんに問いかけている。


「私? 十六番」

「そう。ちょっとこっちに来て」


 雪絵ちゃんはそのまま後方の窓際まで咲月ちゃんを引っ張って行き、二人でヒソヒソ何事かを話している。咲月ちゃんが驚いたように大きく口を開いたところで雪絵ちゃんがその口を手で塞ぐ様子が見えた。


 こそこそ戻って来た二人。くじを皆が引いている合間だったから、この時間の教室では立っている人もいれば座っている人もいて……いつもよりガヤガヤしている。私くらいしか彼女たちの行動を注視してはいなかっただろう。


 雪絵ちゃんが肩の髪を後ろへ払う仕草をした。

「貸し、一つだからね」

 雪絵ちゃんにそう言われていた咲月ちゃんは、何やらくじの紙を両手で持って目を潤ませている。そして無言で何度も頷いていた。



 その後、何でか十六番の座席が雪絵ちゃんになっていて事の次第を理解した。彼女たちはこっそりくじを入れ替えたようだった。元は雪絵ちゃんの席だった場所……もう咲月ちゃんの座席になったけど……その隣に座る予定の人は沢野君だった。

 咲月ちゃん、よかったね。好きな人の隣だと嬉しいよね! でも……あれ? 雪絵ちゃんって沢野君の事、嫌いなのかな?



 座席が決まって皆各々の席へ戻って行く。雪絵ちゃんが私の視線に気付いてくれたようで苦笑した。私の耳元に手を寄せて教えてくれた。

「私ちょっと……いいえ。結構、沢野君の事苦手なのよね。咲月が替わってくれて本当は助かったの。……内緒ね」


 雪絵ちゃんにも苦手なものってあったのか……!

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