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一章 本編

62 それは虫除けの為に

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「由利ちゃん!」


 お昼休みに私たちの教室へやって来た透。私の机に手を添えて、ニコニコと笑顔を向けてくる。

 この光景も私の中で大分見慣れたものになっていた。



 九月。新学期が始まって少し経った頃。

 席替えで教室の真ん中辺りの席になった私。すぐ後ろが龍君の席、そしてすぐ前が志崎君の席という少しだけ気まずい席順だった。

 透が来た時ちょうど咲月ちゃん、雪絵ちゃんと喋っていたんだけど……私たち三人は顔を見合わせた。椅子に座る私の側に立っていた咲月ちゃんは、私たちから少し離れた窓の側まで移動した。「どうしたのだろう?」と見ていると彼女は振り返ってこちらに手を翳し、カメラを覗くポーズをした。


「すごい絵面だわ!」



 ……。


 何も言えず、取り敢えず苦笑いした。
 彼女が言いたい事は分かる。私の周囲に元彼・元夫・今彼が集合しているのだから。

 斜め後ろの席に座る雪絵ちゃんは大きな溜め息をついている。


「年齢的にないとは思ってたけど、まさかこんなダークホースだったとはね」


 そう言ってしらーっとした視線を透に向けている彼女。
 透は笑顔のままとぼけたように首を傾げる仕草をしている。


「何の事? 雪絵お姉ちゃん。余計な事は口に出さない方が得策だよ、お互いに」


 二人とも笑顔だけど、睨み合っているように見えるのは私だけだろうか?




「よく教室に来てるのを見かけるけど、笹木さんの弟?」

 こちらを向いた志崎君が聞いてくる。

「あ……」

 私は言葉に詰まる。何て言ったらいいのかな?


「弟……」

 透が志崎君の口にした単語を繰り返している。その口調がやけに静かで、私は不穏な気配を察知してしまう。


「由利ちゃん、このお兄さん誰? あぁ。まさかこのお兄さんが『志崎君』なの? へぇー」


 値踏みするように目を細めて、志崎君へ不躾な視線を送る透。


「えっ、何? 笹木さん、オレの事この子に何て言ったの?」

「えっ? 何も言ってない……と思うけど……」


 私は顎に手を当て考える。私を見ていた透は悪戯を思い付いた子供のように含み笑う。


「隣で寝てた時にたまにぶつぶつ言ってたよ? あ、ボクもお兄さんの事『志崎君』って呼んでいいですか? 因みにボクは由利ちゃんの弟ではありませんので。誤解しないで下さいね?」


 志崎君に屈託のない笑顔でそう宣言した透。

 ひと時、教室が静まり嫌な予感が背中を走った。多分噂の中で私の評判は最悪のものとなっただろう。


「あの……透……いえ、透様? 『弟』って言われてお怒りなのは分かりますが、どうか私の世間体の事も考えて頂きますよう……変な事を言わないで頂きたくお願い申し上げます?」

 下手に出て透を宥めようとした。テンパっておかしな言動になったけど。
 それなのに透は止めを刺すかの如く言い放つ。

「え? 本当の事なのに。何で言っちゃダメなの?」



 あどけなく首を傾げる小二の中に悪魔のようなあざとさを感じた。

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