51 / 83
一章 本編
51 一人の私と二人の夫
しおりを挟む「この子が……? もしかして由利花ちゃんの一度目の人生での『夫』?」
私の隣に立ち少し前に屈むようにして透をジロジロ見回している龍君。その視線が気に入らなかったのか透はあからさまにぶすっとした顔になった。
龍君の問いに私が答えるよりも早く、透が返事をした。
「そうみたいですよ? 二・番・目の『夫』の鈴谷さん」
その声音が嫌味っぽく聞こえるのは私だけだろうか?
腕を組んだ透と表面は微笑んでいるけど内心怒っていそうな龍君が静かに顔を突き合わせている。
あれっ?
「透……、龍君の事知ってるんだね。私の二番目の人生での夫って事も」
「ああ。うん。ここまで言っちゃったからもう別に隠しても隠さなくても同じかぁ。ちょっと恥ずかしいかなって秘密にしようかとも思ったんだけど」
透は龍君から視線を外して私を見、そう言って右にある歩道橋の手すりを掴んだ。その先に広がる街を眺めているように見える横顔だけど、どこか違う場所を重ねている表情にも思える。
「ボク……前の人生でお姉さんの話を聞いてからずっとその時の事が頭から離れなくて。……衝撃だったのかもしれない。色々それで人生狂ったと思うんだよね。前から好きだって思ってた子から告白されてもその時には全然どうでもよくなってて面倒くさくて断ったり、学校一かわいい子を見てもふーんて感じで。気付いたらお姉さんの事ばかり考えててわーってなって。捜したんだ。会いに来てくれた時のお姉さんが着ていた制服から通っていた中学校を調べてそこから」
透は笑った。
「ボクが二十歳くらいの時やっと居所が分かって。でも他の男と結婚してるんだって知った。通行人のフリをして家の側を通った時に幼稚園児くらいの男の子とお姉さんが庭で遊んでるのを見た。その時になって何でか分からないけどすごく悲しい気持ちになった」
透がこちらに視線を向けた。微笑んでいるのにそれがどこか痛々しく見える。
「それからもたまにこっそり様子を窺いにその道を通るようになった。何年もそんな感じで彼女も作らずいい加減俺ってキモいストーカーだなって自分にうんざりし始めた頃、お姉さんの家の様子がおかしいのに気付いたんだ。庭の雑草は伸び放題だし、家から出て仕事へ向かう旦那さんは憔悴したように痩せ細ってた。何年も後になって知った。まさかお姉さんが亡くなってたなんてね」
透は俯いて一つため息をついた。けれど彼が次に顔を上げた時には、また明るい笑顔に戻っていた。
「とにかく、また会えて嬉しいよ」
透が差し出した手を龍君がはたき落とした。
龍君は私を背中に隠すように透と私の間に割って入った。
龍君を見上げた透が薄ら笑う。
「やだなぁ、お兄さん。二年生相手に大人げなくない? もっと手加減してあげないと。そうだなぁ。逆に言うと? 前の人生ではボクの方があなたよりも長生きしましたから。年上のボクを敬っても罰は当たらないと思いますけど。あなたの知りたがっている事も知っていますし。お姉さんに手を出さないって誓うなら教えてあげてもいいですよ?」
透は意味深な視線を龍君に送った後、回れ右をして階段の所まで走って行った。振り返って手を振っている。
「お姉さん! ボクもお姉さんの事『由利ちゃん』って呼びたいです。いいよね?」
少し右に首を傾けて微笑む透。私の答えを聞くより早く、彼は階段を駆け下りて下の歩道を元気よく走って行った。
『由利ちゃん』
一度目の人生でも透は私の事をそう呼んでいた。懐かしさに三十四歳だった頃の透の面影が胸に浮かぶ。
いきなりの透の来訪に驚き戸惑いはしたけど私は龍君と一緒にいると決心したばかりだ。透の事は愛しているけどこればっかりはどうしようもない。私という人間は一人しかいないのだから。
私に背を向けたままの龍君に呼びかける。
「龍君、私たちも帰ろう。そういえば透の言っていた龍君の知りたがってる事って? ……龍君?」
もう一度名前を呼ぶと、彼はハッとしたように振り返った。
「ごめん。由利花ちゃんごめん、僕」
龍君は唇を噛んで眉間に皺を寄せた。
「……っ今日は先に帰るね」
そう言い残して早足で去る龍君の後ろ姿を見送った。酷く動揺しているように見えたのは気のせいだろうか?
0
お気に入りに追加
49
あなたにおすすめの小説
初恋の味はチョコレート【完結】
華周夏
青春
由梨の幼馴染みの、遠縁の親戚の男の子の惟臣(由梨はオミと呼んでいた)その子との別れは悲しいものだった。オミは心臓が悪かった。走れないオミは、走って療養のために訪れていた村を去る、軽トラの由梨を追いかける。発作を起こして倒れ混む姿が、由梨がオミを見た最後の姿だった。高校生になったユリはオミを忘れられずに──?
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
公爵様、契約通り、跡継ぎを身籠りました!-もう契約は満了ですわよ・・・ね?ちょっと待って、どうして契約が終わらないんでしょうかぁぁ?!-
猫まんじゅう
恋愛
そう、没落寸前の実家を助けて頂く代わりに、跡継ぎを産む事を条件にした契約結婚だったのです。
無事跡継ぎを妊娠したフィリス。夫であるバルモント公爵との契約達成は出産までの約9か月となった。
筈だったのです······が?
◆◇◆
「この結婚は契約結婚だ。貴女の実家の財の工面はする。代わりに、貴女には私の跡継ぎを産んでもらおう」
拝啓、公爵様。財政に悩んでいた私の家を助ける代わりに、跡継ぎを産むという一時的な契約結婚でございましたよね・・・?ええ、跡継ぎは産みました。なぜ、まだ契約が完了しないんでしょうか?
「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいませええ!この契約!あと・・・、一体あと、何人子供を産めば契約が満了になるのですッ!!?」
溺愛と、悪阻(ツワリ)ルートは二人がお互いに想いを通じ合わせても終わらない?
◆◇◆
安心保障のR15設定。
描写の直接的な表現はありませんが、”匂わせ”も気になる吐き悪阻体質の方はご注意ください。
ゆるゆる設定のコメディ要素あり。
つわりに付随する嘔吐表現などが多く含まれます。
※妊娠に関する内容を含みます。
【2023/07/15/9:00〜07/17/15:00, HOTランキング1位ありがとうございます!】
こちらは小説家になろうでも完結掲載しております(詳細はあとがきにて、)
45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる
よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です!
小説家になろうでも10位獲得しました!
そして、カクヨムでもランクイン中です!
●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。
いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。
欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・
●●●●●●●●●●●●●●●
小説家になろうで執筆中の作品です。
アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。
現在見直し作業中です。
変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。
小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話
矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」
「あら、いいのかしら」
夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……?
微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。
※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。
※小説家になろうでも同内容で投稿しています。
※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。
【完結】辺境伯令嬢は新聞で婚約破棄を知った
五色ひわ
恋愛
辺境伯令嬢としてのんびり領地で暮らしてきたアメリアは、カフェで見せられた新聞で自身の婚約破棄を知った。真実を確かめるため、アメリアは3年ぶりに王都へと旅立った。
※本編34話、番外編『皇太子殿下の苦悩』31+1話、おまけ4話
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる