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一章 本編
48 両想い
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早く到着してしまった。
誰もいない教室は朝の光に清められたように静謐で、この世界に理(ことわり)を歪めて存在する異質であり邪(よこしま)な想いを抱く自分が洗濯してもいつまでも残ってしまう染みのように思える。
死んでも消える事なくまた私に戻った魂。それは年月を経た分濃さが増し、私の心も変容させた。
自分の机にランドセルを下ろす。
もう間違えられない。
……いいえ、そうじゃない。自分の心に従って生きればよかったのだと思った。自分の望む意見もちゃんと尊重するべきだったのだ。
自らを守る為だと本心を隠し後悔を積もらせた。ずっとそうしてきたからそれが普通になってしまって、優先するべきだった私の意志は私によって軽んじられ叶えられる事なく沈んでいく。
いざ本当の望みを口にする時になって、その望みさえももはや変質している事に疑念を持ちながら目を背けてしまう。
思考する自我はそれらの歪曲したプロセスと二度目の人生で受けた傷に磨り減っていて、本意を素直に掬い取れるようになるまで多くの時間がいるようだった。
教室の戸が開く音にそちらを振り返る。後方の戸口に志崎君がいる。
こちらを向き立ち止まっていた彼は、瞠っていた目を逸らして自分の席へと歩む。彼が沢野君の席の右側を通る時、その横顔は強張っているように見えた。
「志崎君」
私は呼びかけた。たとえ今は間違っていたとしても。私は言わなくてはならない。一度目の人生からずっと抱えていたこの想いは伝えないといけない。
もうこの人生で繰り返しも最後かもしれない。私が死んでしまう前に。
「好きだよ」
机にランドセルを置いている彼の背中へと発した声は、思いの外教室に響いた。
志崎君は椅子に伸ばしかけていた手を止めて振り向いた。その顔には皮肉めいた笑みが浮かんでいた。
「どうせ鈴谷の次に、とかでしょ? そんな『好き』なら、いらない」
……ああ。私なんかより志崎君の方がちゃんと私の事を見てくれていたんだ。
私は目を伏せ苦笑いした。
『素直になりなよ』
四月に手を繋いだ時の志崎君の言葉が頭を過った。
「そうだね」
独り言ち視線を上げ、もう一度志崎君の瞳を見つめた。
「うん。……今はそうだよ。でも鈴谷君を好きになるずっと前から志崎君が好きだったよ。伝えるのが遅くなっちゃった。ごめんね」
本当に、ここに辿り着くまで長い片想いだった。
微笑む私に志崎君は不服そうだ。
「オレの方が笹木さんより前から好きだったと思う。小五の時から……。思い返したらいっつも鈴谷に邪魔されてたな」
「え?」
小五の時は志崎君とは別のクラスだった筈だ。何か接点あったっけ?
「廊下で擦れ違う度に見てたんだ。笑った顔が何でか堪らなく好きで。そんな時、同じクラスだった鈴谷の所に何度か会いに来てるのを知って。下の名前で呼び合ってたから仲いいんだろうなって。笹木さんと仲良くなりたくて、鈴谷にオレも笹木さんの事名前で呼びたいって言ったんだ。そしたらあいつ『幼馴染みでずっと下の名前で呼んでたけどそろそろ恥ずかしいから名字で呼び合おうって言ってたんだ』って笑ってた。口は笑ってるのに目は睨んでて、あれは相当怒ってたと思う。……昨日も本当はオレが笹木さんと二人で出掛けようと計画してたんだけど鈴谷に先越されて」
「気付かなくてごめんね。本当に……」
あれ? それじゃあ私と志崎君って両想いだったの? もしかして一度目の人生から。
「それに『親衛隊』の事件があった後……聞いたんだ。鈴谷と笹木さんが将来結婚する約束をしてるって噂。疑心暗鬼になってて、日曜日に笹木さんに確かめようと考えてたんだ」
雪絵ちゃんー! 喋ったな!
誰もいない教室は朝の光に清められたように静謐で、この世界に理(ことわり)を歪めて存在する異質であり邪(よこしま)な想いを抱く自分が洗濯してもいつまでも残ってしまう染みのように思える。
死んでも消える事なくまた私に戻った魂。それは年月を経た分濃さが増し、私の心も変容させた。
自分の机にランドセルを下ろす。
もう間違えられない。
……いいえ、そうじゃない。自分の心に従って生きればよかったのだと思った。自分の望む意見もちゃんと尊重するべきだったのだ。
自らを守る為だと本心を隠し後悔を積もらせた。ずっとそうしてきたからそれが普通になってしまって、優先するべきだった私の意志は私によって軽んじられ叶えられる事なく沈んでいく。
いざ本当の望みを口にする時になって、その望みさえももはや変質している事に疑念を持ちながら目を背けてしまう。
思考する自我はそれらの歪曲したプロセスと二度目の人生で受けた傷に磨り減っていて、本意を素直に掬い取れるようになるまで多くの時間がいるようだった。
教室の戸が開く音にそちらを振り返る。後方の戸口に志崎君がいる。
こちらを向き立ち止まっていた彼は、瞠っていた目を逸らして自分の席へと歩む。彼が沢野君の席の右側を通る時、その横顔は強張っているように見えた。
「志崎君」
私は呼びかけた。たとえ今は間違っていたとしても。私は言わなくてはならない。一度目の人生からずっと抱えていたこの想いは伝えないといけない。
もうこの人生で繰り返しも最後かもしれない。私が死んでしまう前に。
「好きだよ」
机にランドセルを置いている彼の背中へと発した声は、思いの外教室に響いた。
志崎君は椅子に伸ばしかけていた手を止めて振り向いた。その顔には皮肉めいた笑みが浮かんでいた。
「どうせ鈴谷の次に、とかでしょ? そんな『好き』なら、いらない」
……ああ。私なんかより志崎君の方がちゃんと私の事を見てくれていたんだ。
私は目を伏せ苦笑いした。
『素直になりなよ』
四月に手を繋いだ時の志崎君の言葉が頭を過った。
「そうだね」
独り言ち視線を上げ、もう一度志崎君の瞳を見つめた。
「うん。……今はそうだよ。でも鈴谷君を好きになるずっと前から志崎君が好きだったよ。伝えるのが遅くなっちゃった。ごめんね」
本当に、ここに辿り着くまで長い片想いだった。
微笑む私に志崎君は不服そうだ。
「オレの方が笹木さんより前から好きだったと思う。小五の時から……。思い返したらいっつも鈴谷に邪魔されてたな」
「え?」
小五の時は志崎君とは別のクラスだった筈だ。何か接点あったっけ?
「廊下で擦れ違う度に見てたんだ。笑った顔が何でか堪らなく好きで。そんな時、同じクラスだった鈴谷の所に何度か会いに来てるのを知って。下の名前で呼び合ってたから仲いいんだろうなって。笹木さんと仲良くなりたくて、鈴谷にオレも笹木さんの事名前で呼びたいって言ったんだ。そしたらあいつ『幼馴染みでずっと下の名前で呼んでたけどそろそろ恥ずかしいから名字で呼び合おうって言ってたんだ』って笑ってた。口は笑ってるのに目は睨んでて、あれは相当怒ってたと思う。……昨日も本当はオレが笹木さんと二人で出掛けようと計画してたんだけど鈴谷に先越されて」
「気付かなくてごめんね。本当に……」
あれ? それじゃあ私と志崎君って両想いだったの? もしかして一度目の人生から。
「それに『親衛隊』の事件があった後……聞いたんだ。鈴谷と笹木さんが将来結婚する約束をしてるって噂。疑心暗鬼になってて、日曜日に笹木さんに確かめようと考えてたんだ」
雪絵ちゃんー! 喋ったな!
応援ありがとうございます!
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