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一章 本編
45 傷
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目元を上着の袖で拭っている龍君。泣いたのが恥ずかしかったからか右腕をそのままに顔を隠している。
「帰ろう」
そう言って私は彼を車へと誘導する。龍君の左手が私のパーカーの右袖を捕まえているので、私が車へと歩けば彼も一緒に歩き出す。
車の中でも袖は握られたままだった。前を向いて俯いている彼は、ぽつりぽつりと思いを吐露する。
「初めて違和感を覚えたのは幼稚園に通ってた頃だ。由利花ちゃんが寝ぼけて、泣きながら抱きついてきた事があったでしょ? あれ、おかしいなって思ったんだ。前も同じ事があった気がするって……。次第にここが僕にとっての二度目の人生だって考えるようになった」
私も下を向き、彼の話を黙って聞いていた。
私たちには人生を共に歩んだ信頼も理解も情もある。それ故に生じた悲しみにも重みがあり、だからきっと私は二度目の人生の記憶を失っていたのかもしれない。
泣かないように唇を噛む。
「由利花ちゃんにとって今は三度目の人生の筈。僕は前の人生で由利花ちゃんから話を聞いていたからその事に気が付いた。でも……。由利花ちゃんは僕と結婚してた事なんて全然覚えていないみたいだった。だから確認の為、由利花ちゃんが昔言ってた一人目の『夫』の事を聞いたんだ。それが志崎の事だったのかも知りたかったし。思った通り、由利花ちゃんから前の人生の記憶がごっそりなくなってた。無理もないよ。あんな事があって……。だから、直接は聞かなかった。本当に、守れなくてごめん」
また涙を零し始める龍君の頭を撫でる。
「あれは龍君は絶対に悪くない。全部私がいけなかったの。勇輝から目を離していた私がいけなかったの」
涙が落ちるのを止められない。悲しくて悲しくて胸の奥が切り刻まれたように痛い。
私には前の人生で子供がいたのだ。最愛の一人息子。
いつか見たトラックに撥ねられる夢。あれは二度目の人生での記憶だった。
私の死ぬ前の記憶。
ボールを追って道路に走り出た男の子は、私の産んだ子だった。
「ふっ」
どうしても感情を抑えきれなくて、手で目を覆った。
大切な……我が子を助けられなかった。一緒に死なせてしまった。それが堪らなく許せない。
私は死んだとしても、息子だけは守りたかった。
最期の記憶は、龍君の泣き顔。
必死に名前を呼んでくれているのは分かってるのに、重たくて痛くて口を開けない。
「泣かないで。私は大丈夫だから心配しないで」って言いたかったのに、そこで私の生は途切れてしまった。
私のせいで目の前にいるこの人にも大きな傷を負わせてしまった。
「本当にごめんなさい。私……」
「いい。何も言わないで。こうやってまた会えて……、もう他に何もいらない」
抱擁の温もりは過去にも知っている心落ち着くもので、彼の元に帰れた奇跡を噛み締めた。
でも。私はこの居場所を手放さなければならない。
後部座席で泣いている私たちに困惑顔の父たち。
「最近の若い子は何か色々すごいなぁ」
「それ何ごっこなの?」
「帰ろう」
そう言って私は彼を車へと誘導する。龍君の左手が私のパーカーの右袖を捕まえているので、私が車へと歩けば彼も一緒に歩き出す。
車の中でも袖は握られたままだった。前を向いて俯いている彼は、ぽつりぽつりと思いを吐露する。
「初めて違和感を覚えたのは幼稚園に通ってた頃だ。由利花ちゃんが寝ぼけて、泣きながら抱きついてきた事があったでしょ? あれ、おかしいなって思ったんだ。前も同じ事があった気がするって……。次第にここが僕にとっての二度目の人生だって考えるようになった」
私も下を向き、彼の話を黙って聞いていた。
私たちには人生を共に歩んだ信頼も理解も情もある。それ故に生じた悲しみにも重みがあり、だからきっと私は二度目の人生の記憶を失っていたのかもしれない。
泣かないように唇を噛む。
「由利花ちゃんにとって今は三度目の人生の筈。僕は前の人生で由利花ちゃんから話を聞いていたからその事に気が付いた。でも……。由利花ちゃんは僕と結婚してた事なんて全然覚えていないみたいだった。だから確認の為、由利花ちゃんが昔言ってた一人目の『夫』の事を聞いたんだ。それが志崎の事だったのかも知りたかったし。思った通り、由利花ちゃんから前の人生の記憶がごっそりなくなってた。無理もないよ。あんな事があって……。だから、直接は聞かなかった。本当に、守れなくてごめん」
また涙を零し始める龍君の頭を撫でる。
「あれは龍君は絶対に悪くない。全部私がいけなかったの。勇輝から目を離していた私がいけなかったの」
涙が落ちるのを止められない。悲しくて悲しくて胸の奥が切り刻まれたように痛い。
私には前の人生で子供がいたのだ。最愛の一人息子。
いつか見たトラックに撥ねられる夢。あれは二度目の人生での記憶だった。
私の死ぬ前の記憶。
ボールを追って道路に走り出た男の子は、私の産んだ子だった。
「ふっ」
どうしても感情を抑えきれなくて、手で目を覆った。
大切な……我が子を助けられなかった。一緒に死なせてしまった。それが堪らなく許せない。
私は死んだとしても、息子だけは守りたかった。
最期の記憶は、龍君の泣き顔。
必死に名前を呼んでくれているのは分かってるのに、重たくて痛くて口を開けない。
「泣かないで。私は大丈夫だから心配しないで」って言いたかったのに、そこで私の生は途切れてしまった。
私のせいで目の前にいるこの人にも大きな傷を負わせてしまった。
「本当にごめんなさい。私……」
「いい。何も言わないで。こうやってまた会えて……、もう他に何もいらない」
抱擁の温もりは過去にも知っている心落ち着くもので、彼の元に帰れた奇跡を噛み締めた。
でも。私はこの居場所を手放さなければならない。
後部座席で泣いている私たちに困惑顔の父たち。
「最近の若い子は何か色々すごいなぁ」
「それ何ごっこなの?」
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