上 下
43 / 83
一章 本編

43 見つめた光

しおりを挟む
 龍君を見上げたまま思う。

 そっか……そっかぁ。

「何? 由利花ちゃん」

 私の視線に龍君は居心地悪そうに下を向いた。


「ん、何でもない!」

 今までそれっぽい素振りはしてたけど、ちゃんと教えてくれなかった龍君が悪いんだよ。お返しに色々思い出した事はしばらく黙っておこう。


 そんなやり取りを一歩離れた場所に立って見ている志崎君。私はそちらに目線を移した。彼は何か言いたそうに口を開いたけど言葉は紡がれず、悲しげな瞳は逸らされた。


「志崎君、心配して来てくれたの? 嬉しい」

 彼に心から微笑みかけた。志崎君は何かを堪えるような表情をした後、ぶっきらぼうにも思える返事をした。

「別に。オレ邪魔みたいだから先に戻ってる」

 不機嫌そうな顔をして踵を返す彼を引き止めようとして立ち上がったけど、立ち眩みがしてしゃがんでしまった。

「由利花ちゃん! 早くジュース飲んで。まだ貧血なんでしょ?」

 龍君に言われるまま手に持っていた缶ジュースのフタを開けてゴクゴク飲み込む。りんごジュースだ。冷たくて美味しい。
 支えられながら再びベンチに座った。もうしばらく動かない方がよさそうだ。

「ありがとう、龍君」

 苦笑いしていた私の耳に志崎君の呟きが届く。

「……名前呼び」

 ハッとして顔を上げるけど、その時に見えたのは走って行く後ろ姿だけだった。







 大分時間が経って釣り場へ戻った。

 バケツの中に志崎君が釣り上げたと思われる魚が十匹くらい増えている。すごい。イシモチだけじゃなくてアジゴも何匹かいる。……自分で魚から針を外せるようになったんだね。


 まだ体調が本調子じゃないので後方の斜面の側で座って釣りをする彼らを眺めている。龍君が貸してくれた上着を肩に羽織って体育座りして。

 父らは私たちとは違い仕掛けを手前の方じゃなくて遠くの方へ投げている。聞くとサビキ釣りではないらしい。クロ狙いのフカセ釣りをしているとの事だった。


 日差しが暖かな色味を帯びている。きっともうそろそろ帰るのだろうな。


 志崎君の後ろ姿をじっと目に焼き付けていた。ただ何となく見ていたくて。
 一度目の人生では……泣いていたあの頃の私はこんな景色も見れなかった。
 この恋が本当に終わる日まで……私はこの人生を全力で生きよう。


 黄金色(こがねいろ)に光る海。それまで竿を構えていた志崎君が振り向いた。私を見た。
 それはほんの一瞬の出来事で、すぐにまた海へと向き直る彼。竿を振って糸を垂らしている後ろ姿。


 まだ……まだ望みはあるのかな?


 この日。小さな希望を胸に一番大きな後悔を払拭する為の一歩を、やっと踏み出したのだった。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

幼なじみとセックスごっこを始めて、10年がたった。

スタジオ.T
青春
 幼なじみの鞠川春姫(まりかわはるひめ)は、学校内でも屈指の美少女だ。  そんな春姫と俺は、毎週水曜日にセックスごっこをする約束をしている。    ゆるいイチャラブ、そしてエッチなラブストーリー。

幼馴染をわからせたい ~実は両想いだと気が付かない二人は、今日も相手を告らせるために勝負(誘惑)して空回る~

下城米雪
青春
「よわよわ」「泣いちゃう?」「情けない」「ざーこ」と幼馴染に言われ続けた尾崎太一は、いつか彼女を泣かすという一心で己を鍛えていた。しかし中学生になった日、可愛くなった彼女を見て気持ちが変化する。その後の彼は、自分を認めさせて告白するために勝負を続けるのだった。  一方、彼の幼馴染である穂村芽依は、三歳の時に交わした結婚の約束が生きていると思っていた。しかし友人から「尾崎くんに対して酷過ぎない?」と言われ太一に恨まれていると錯覚する。だが勝負に勝ち続ける限りは彼と一緒に遊べることに気が付いた。そして思った。いつか負けてしまう前に、彼をメロメロにして告らせれば良いのだ。  かくして、実は両想いだと気が付かない二人は、互いの魅力をわからせるための勝負を続けているのだった。  芽衣は少しだけ他人よりも性欲が強いせいで空回りをして、太一は「愛してるゲーム」「脱衣チェス」「乳首当てゲーム」などの意味不明な勝負に惨敗して自信を喪失してしまう。  乳首当てゲームの後、泣きながら廊下を歩いていた太一は、アニメが大好きな先輩、白柳楓と出会った。彼女は太一の話を聞いて「両想い」に気が付き、アドバイスをする。また二人は会話の波長が合うことから、気が付けば毎日会話するようになっていた。  その関係を芽依が知った時、幼馴染の関係が大きく変わり始めるのだった。

【完結済】(無自覚)妖精に転生した僕は、騎士の溺愛に気づかない。

キノア9g
BL
完結済。騎士エリオット視点を含め全10話(エリオット視点2話と主人公視点8話構成) エロなし。騎士×妖精 ※主人公が傷つけられるシーンがありますので、苦手な方はご注意ください。 気がつくと、僕は見知らぬ不思議な森にいた。 木や草花どれもやけに大きく見えるし、自分の体も妙に華奢だった。 色々疑問に思いながらも、1人は寂しくて人間に会うために森をさまよい歩く。 ようやく出会えた初めての人間に思わず話しかけたものの、言葉は通じず、なぜか捕らえられてしまい、無残な目に遭うことに。 捨てられ、意識が薄れる中、僕を助けてくれたのは、優しい騎士だった。 彼の献身的な看病に心が癒される僕だけれど、彼がどんな思いで僕を守っているのかは、まだ気づかないまま。 少しずつ深まっていくこの絆が、僕にどんな運命をもたらすのか──? いいねありがとうございます!励みになります。

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

生贄にされた先は、エロエロ神世界

雑煮
恋愛
村の習慣で50年に一度の生贄にされた少女。だが、少女を待っていたのはしではなくどエロい使命だった。

旦那様が多すぎて困っています!? 〜逆ハー異世界ラブコメ〜

ことりとりとん
恋愛
男女比8:1の逆ハーレム異世界に転移してしまった女子大生・大森泉 転移早々旦那さんが6人もできて、しかも魔力無限チートがあると教えられて!? のんびりまったり暮らしたいのにいつの間にか国を救うハメになりました…… イケメン山盛りの逆ハーです 前半はラブラブまったりの予定。後半で主人公が頑張ります 小説家になろう、カクヨムに転載しています

処理中です...