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一章 本編
33 黒幕
しおりを挟む「……嘘」
トイレの手洗い場の前。咲月ちゃんの表情を読む。彼女は視線を少し下に向け、悲しそうに苦笑した。
「嘘だよ!」
私はその『間』に耐えられず声を荒げてしまう。耳を塞ぐけど彼女の声が頭に響く。
「最初は……二人は両想いだし諦めようって思ってたの。同じ志崎君を好きな者として由利花ちゃんに親近感さえ持っていた。でもね、四月に学校前で由利花ちゃんと志崎君が手を繋いでいるの見た時……ショックで逃げちゃった。あの時、無視してごめんね」
私は何も言えず彼女を見つめ続ける。
「由利花ちゃんにこの話を打ち明けるのはまだ先だと思ってた。心の整理がついたら言うつもりだった。でも」
咲月ちゃんの顔から少しだけあった笑みも消える。
「志崎君はダメよ。……あいつ、他にも付き合ってる女子がいるの」
一瞬、目の前が真っ白になった。
「由利花ちゃん!」
気が付いたら咲月ちゃんにもたれかかり体を支えられていた。
「ごめん、ふらついちゃって」
彼女に謝る。咲月ちゃんは涙目で首をふるふる振っている。
トイレを出た廊下に雪絵ちゃんと棚村さんがいた。
雪絵ちゃんは難しそうな顔をしていた。私を見つめてこう言った。
「何で笹木さんが気に入らないのか分かったの。……鈴谷君が好きだからよ」
私は瞬きもできずにしばらく雪絵ちゃんを見ていた。私の目から、その意志とは関係なくぽたぽた涙が落ちる。
いつもは私の困っている顔を見て楽しそうに笑っている雪絵ちゃんなのに、何で今日は申し訳なさそうなんだろう。
「もう。皆ひどいよ」
私は「はははっ」と力なく空元気で笑った。
咲月ちゃんと雪絵ちゃんに両側を支えられて教室へ戻った。
そこは修羅場だった。
「ひどいよ志崎君。二番目は私って言ってたのに」
「違うわ、私よ!」
「私には笹木さんは遊びで私が一番って言ってくれたわ!」
廊下にも聞こえる。キーキーキャーキャーうるさい。
帰って来た私の姿を認めたのだろう。志崎君はギクッとした様子で弁明した。
「あ……違う。違うから笹木さん……」
涙が溢れてしまい「うん」と、それだけしか言えずに自分の席に戻った。机に突っ伏して顔を隠す。
何でこんな事になってしまったんだろう。
……悪夢だった現実を裂いて、その声は本当に私を救ってくれたんだ。
「皆、何? 何でだよ! 何で笹木さんにこんな事するんだよ!」
近くで張り上げられた大きな声。教室は一瞬で静寂に包まれる。
顔を上げて隣を見る。それは志崎君でも龍君でもなくて、沢野君だった。
机に手をついて立ち上がり怒った表情だった彼はこちらを向いた。もう一度、沢野君は椅子に座って私と目線を合わせた。
「笹木さん、ごめん。ずっとずっと……笹木さんの事が幼稚園の頃から好きだったんだ。本当に好きになってごめん」
私は泣いた後のぼうっとした視界に映る沢野君を見つめた。
何で謝るんだろう。
疑問に思っていると沢野君は私に説明してくれた。
「これは恐らく『親衛隊』の仕業だ。志崎君が笹木さん一筋なのは皆よく知ってるし、多分今月の席替えも仕組まれたものだ。僕と笹木さんをくっつけたかったみたいだけど、余計なお世話だよ!」
睨んだ顔で皆を見回している沢野君。彼が誰かを憎む姿を初めて見た。怒った顔も迫力があって美しい。
そして一人の女生徒を蔑んだ目で追及した。
「お前が裏で『親衛隊』を操っている黒幕だって知ってるんだからな……夢乃」
待って! 夢乃って………………誰?
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