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一章 本編
32 暗雲
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その日は朝から大雨だった。
教室も晴れの日と違い薄暗く感じる。時折、遠くで雷が光る。
だからなのだろうか? 心が……何となくもやっとしているのは。
国語の授業中。隣の席になった沢野君が教科書を忘れたらしく机をくっつけて見せてあげていた。
……それは別にいいのだ。沢野君の助けになるのならと、むしろ喜んで協力する。その事は特に何とも思わないんだけど……。
机と机を合わせた真ん中で教科書を開き先生が指示するページを探してめくる。
私の視線が二つ前の席の咲月ちゃんと、その隣の志崎君……この二人に吸い付いて離れてくれない。
咲月ちゃんも教科書を忘れたみたいで志崎君と机をくっつけて授業を受けていた。
教科書をめくろうとしていた二人の手がつんっと触れて、お互い引っ込めたりしている。
その様子が私に複雑な気持ちをもたらすのだ。
何だろう……? 何……?
咲月ちゃんが照れたように俯く様なんか、一見青春の一ページのような初々しい一コマにも思う。
特に私は中身がおばちゃんなのでテレビドラマでも見ている感覚でそれを眺めていた。
でも……でも。
二人が何かボソボソ話して、先生にバレないように小さな声で笑い合っている。
私はその光景にたまらなく不快な気持ちが込み上げてくるのを、やっと認めた。
衝撃だった。この気持ちは以前にも覚えがある。
一度目の人生で夫との何気ない会話の中で、彼の元カノの話を聞いた。何人かいたらしいのだが、その会った事もない女性たちの存在に感じた気持ちと似ている。
そして、私にはもう一つすごく気になって仕方ない事があった。
それは後ろからの『声』だ。
「鈴谷君、教科書ありがとう。助かるわ。実は社会も忘れちゃって……、ごめんね。次の時間も見せてね」
「別に……どうぞ」
小さな声で囁いているつもりだろうけど、確実に私の耳に届く。
何だろう。何でこんなに気になるんだろう。
授業に全く集中できない。
隣で教科書が閉じないように押さえてくれていた沢野君が、下を向いて首を振っていた私を心配してくれた。
「大丈夫? 笹木さん。具合悪そうだけど」
「う、うん……、大丈夫。心配してくれてありがとう」
うわぁ、私……小学生相手に嫉妬とかするんだ。
両手で顔を覆い隠す。自分でも赤面しているのが分かる。
どうしよう。きっとこの場面がドラマだったら、私さえいなければ青春のキラキラ学園ものだったかもしれない。でも。主役が私だったとしたらドロドロ愛憎劇だ。妬みが止まらない。
ただ、教科書を共有しているだけなのに。……私、こんなにも心が狭かったんだ。
自分の未熟さを思い知ったのと不快感のダブルパンチで胸の辺りがムカムカした。
チャイムが鳴り休み時間が訪れた。口を押さえて逃げるようにトイレへ急いだ。
吐いたら少し楽になった。洗った手をハンカチで拭いているところへ咲月ちゃんがやって来た。
「由利花ちゃん、大丈夫……?」
心配そうに聞いてくれる。
私は彼女を複雑な心境で見つめた。
彼女は悪気があってした事じゃない。むしろ普通だ。ただ教科書を志崎君と一緒に見て、少し話をして笑い合っただけだ。
私はその様子を、心の邪悪なフィルターを通して目にした。……結局は私が悪いのだ。
「ごめんね」
…………!
「何で? 何で咲月ちゃんが謝るの?」
彼女は……何も、悪気がない筈……なのに。
「私……私ね。ずっと由利花ちゃんに言えなかった事があって」
だめ。その先を聞いてはいけない。
心のどこかで警鐘が鳴っている。でも、耳を塞ぐ事はできなかった。
「私、志崎君が好きなの」
教室も晴れの日と違い薄暗く感じる。時折、遠くで雷が光る。
だからなのだろうか? 心が……何となくもやっとしているのは。
国語の授業中。隣の席になった沢野君が教科書を忘れたらしく机をくっつけて見せてあげていた。
……それは別にいいのだ。沢野君の助けになるのならと、むしろ喜んで協力する。その事は特に何とも思わないんだけど……。
机と机を合わせた真ん中で教科書を開き先生が指示するページを探してめくる。
私の視線が二つ前の席の咲月ちゃんと、その隣の志崎君……この二人に吸い付いて離れてくれない。
咲月ちゃんも教科書を忘れたみたいで志崎君と机をくっつけて授業を受けていた。
教科書をめくろうとしていた二人の手がつんっと触れて、お互い引っ込めたりしている。
その様子が私に複雑な気持ちをもたらすのだ。
何だろう……? 何……?
咲月ちゃんが照れたように俯く様なんか、一見青春の一ページのような初々しい一コマにも思う。
特に私は中身がおばちゃんなのでテレビドラマでも見ている感覚でそれを眺めていた。
でも……でも。
二人が何かボソボソ話して、先生にバレないように小さな声で笑い合っている。
私はその光景にたまらなく不快な気持ちが込み上げてくるのを、やっと認めた。
衝撃だった。この気持ちは以前にも覚えがある。
一度目の人生で夫との何気ない会話の中で、彼の元カノの話を聞いた。何人かいたらしいのだが、その会った事もない女性たちの存在に感じた気持ちと似ている。
そして、私にはもう一つすごく気になって仕方ない事があった。
それは後ろからの『声』だ。
「鈴谷君、教科書ありがとう。助かるわ。実は社会も忘れちゃって……、ごめんね。次の時間も見せてね」
「別に……どうぞ」
小さな声で囁いているつもりだろうけど、確実に私の耳に届く。
何だろう。何でこんなに気になるんだろう。
授業に全く集中できない。
隣で教科書が閉じないように押さえてくれていた沢野君が、下を向いて首を振っていた私を心配してくれた。
「大丈夫? 笹木さん。具合悪そうだけど」
「う、うん……、大丈夫。心配してくれてありがとう」
うわぁ、私……小学生相手に嫉妬とかするんだ。
両手で顔を覆い隠す。自分でも赤面しているのが分かる。
どうしよう。きっとこの場面がドラマだったら、私さえいなければ青春のキラキラ学園ものだったかもしれない。でも。主役が私だったとしたらドロドロ愛憎劇だ。妬みが止まらない。
ただ、教科書を共有しているだけなのに。……私、こんなにも心が狭かったんだ。
自分の未熟さを思い知ったのと不快感のダブルパンチで胸の辺りがムカムカした。
チャイムが鳴り休み時間が訪れた。口を押さえて逃げるようにトイレへ急いだ。
吐いたら少し楽になった。洗った手をハンカチで拭いているところへ咲月ちゃんがやって来た。
「由利花ちゃん、大丈夫……?」
心配そうに聞いてくれる。
私は彼女を複雑な心境で見つめた。
彼女は悪気があってした事じゃない。むしろ普通だ。ただ教科書を志崎君と一緒に見て、少し話をして笑い合っただけだ。
私はその様子を、心の邪悪なフィルターを通して目にした。……結局は私が悪いのだ。
「ごめんね」
…………!
「何で? 何で咲月ちゃんが謝るの?」
彼女は……何も、悪気がない筈……なのに。
「私……私ね。ずっと由利花ちゃんに言えなかった事があって」
だめ。その先を聞いてはいけない。
心のどこかで警鐘が鳴っている。でも、耳を塞ぐ事はできなかった。
「私、志崎君が好きなの」
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