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一章 本編
28 知る
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志崎君に私が以前、他にも好きな人がいるって言っていたんだけどその人物について尋ねられた。龍君の事ではないかと。
本当のところを言えば、好きな人について言及していた当初は違った。龍君じゃなくて夫の事を指していた。だけど、ついさっき龍君と将来結婚するって約束してしまったんだった。条件付きではあるけど。もうこれは好きな人に含めるべきでは。
口元にこぶしを当て長考している私。志崎君は怒りもせず微笑んで待ってくれている。
私は絶対に言いたくなかった。龍君との約束について。
というかものすごく言い出し難い。打ち明けたら志崎君に嫌われるだろう。いくら優しい志崎君でもこの展開はあんまりだ。付き合い始めたばかりの彼女が、付き合って数日で別の男と結婚の約束をしてるなんて。我ながらゾッとする。一生のトラウマにもなりかねない。
でも……。
目の前にいるこの優しくて善良で何の落ち度もない志崎君を欺きたくない。何よりフェアじゃない。……事情を話したって結局フェアじゃないけど、彼が知らないでいるよりはずっとマシな気がした。
私は座る姿勢を正した。
「志崎君」
彼は微笑んでいる。事実を打ち明けた時、この優しい微笑みは消えてしまうだろう。その瞬間が訪れる未来を想像して膝の上で握った手が震えた。
「私が前、他にも好きな人がいるって言ったのは鈴谷君の事じゃなかったんだけど、でも……でもね、鈴谷君の事も好きだよ」
「うん」
志崎君はすごく優しい微笑みを私へ向けて辛抱強く聞いてくれている。
「今日、家に帰ってる途中で鈴谷君に会ったの」
「……うん」
「鈴谷君との絆を切る事は、私にはできなかった。ごめんね。それで、あのね……」
志崎君は下を向いて沈黙してしまった。
そんな彼を見て私もどうしてもその先を続ける事ができなくて力なく俯いた。
それでも言わなきゃ。
「あのね……」
「もう分かった」
それははっきりとした拒絶だった。
「鈴谷から告白でもされた? オレと別れて鈴谷と付き合いたいの?」
顔を上げた志崎君が私を睨む。
「でも残念だったね」
彼はベンチ上、私の座る後方に手をついてこちらに身を乗り出す。反射で私は後ろに上半身を反らす。けどそれもすぐ限界がきて至近距離で目を合わせる。
「絶対に放してなんかやらない」
志崎君が笑う。その笑みは彼のいつもの表情と違っていた。まるで『長年かけて捜し出した仇に復讐できる時が来た人』みたいな黒いイメージの笑みだと直感が告げた。
私の左頬に、彼の手が触れた。
「志崎君、あの……話を最後まで聞いて……」
「鈴谷と二度と話をしないで。あいつをその目に映さないで」
言い含めるように、強く願うかのように。志崎君が苦しげに顔を歪めて吐いた言葉。
けれど私はまっすぐ、彼の目を見て言った。
「嫌だよ」
そのまま睨み合った。
しばらくして向こうが折れてくれた。私から手を離して、その手で自分の頭を掻いている。
「何だ。あんたって意外と強情なんだね。もっとふよふよした中身なのかと思ってた」
「……嫌いになった?」
「いや、そそられる」
彼の思いがけない口調にうっと気圧される。
「志崎君も思ってたキャラと何か違う。……別人になったと思うくらいに」
「幻滅した?」
「ううん。ありがとう」
私の言動が理解できないといった風に彼は眉をひそめた。
「私を信頼して見せてくれた一面なんでしょ。知れて嬉しい」
「あんたよくそんな風に笑えるな。お願いだから鈴谷の前では笑わないでくれ」
「何で?」
「ああもう。天然が入ってるのは知ってたよ」
本当のところを言えば、好きな人について言及していた当初は違った。龍君じゃなくて夫の事を指していた。だけど、ついさっき龍君と将来結婚するって約束してしまったんだった。条件付きではあるけど。もうこれは好きな人に含めるべきでは。
口元にこぶしを当て長考している私。志崎君は怒りもせず微笑んで待ってくれている。
私は絶対に言いたくなかった。龍君との約束について。
というかものすごく言い出し難い。打ち明けたら志崎君に嫌われるだろう。いくら優しい志崎君でもこの展開はあんまりだ。付き合い始めたばかりの彼女が、付き合って数日で別の男と結婚の約束をしてるなんて。我ながらゾッとする。一生のトラウマにもなりかねない。
でも……。
目の前にいるこの優しくて善良で何の落ち度もない志崎君を欺きたくない。何よりフェアじゃない。……事情を話したって結局フェアじゃないけど、彼が知らないでいるよりはずっとマシな気がした。
私は座る姿勢を正した。
「志崎君」
彼は微笑んでいる。事実を打ち明けた時、この優しい微笑みは消えてしまうだろう。その瞬間が訪れる未来を想像して膝の上で握った手が震えた。
「私が前、他にも好きな人がいるって言ったのは鈴谷君の事じゃなかったんだけど、でも……でもね、鈴谷君の事も好きだよ」
「うん」
志崎君はすごく優しい微笑みを私へ向けて辛抱強く聞いてくれている。
「今日、家に帰ってる途中で鈴谷君に会ったの」
「……うん」
「鈴谷君との絆を切る事は、私にはできなかった。ごめんね。それで、あのね……」
志崎君は下を向いて沈黙してしまった。
そんな彼を見て私もどうしてもその先を続ける事ができなくて力なく俯いた。
それでも言わなきゃ。
「あのね……」
「もう分かった」
それははっきりとした拒絶だった。
「鈴谷から告白でもされた? オレと別れて鈴谷と付き合いたいの?」
顔を上げた志崎君が私を睨む。
「でも残念だったね」
彼はベンチ上、私の座る後方に手をついてこちらに身を乗り出す。反射で私は後ろに上半身を反らす。けどそれもすぐ限界がきて至近距離で目を合わせる。
「絶対に放してなんかやらない」
志崎君が笑う。その笑みは彼のいつもの表情と違っていた。まるで『長年かけて捜し出した仇に復讐できる時が来た人』みたいな黒いイメージの笑みだと直感が告げた。
私の左頬に、彼の手が触れた。
「志崎君、あの……話を最後まで聞いて……」
「鈴谷と二度と話をしないで。あいつをその目に映さないで」
言い含めるように、強く願うかのように。志崎君が苦しげに顔を歪めて吐いた言葉。
けれど私はまっすぐ、彼の目を見て言った。
「嫌だよ」
そのまま睨み合った。
しばらくして向こうが折れてくれた。私から手を離して、その手で自分の頭を掻いている。
「何だ。あんたって意外と強情なんだね。もっとふよふよした中身なのかと思ってた」
「……嫌いになった?」
「いや、そそられる」
彼の思いがけない口調にうっと気圧される。
「志崎君も思ってたキャラと何か違う。……別人になったと思うくらいに」
「幻滅した?」
「ううん。ありがとう」
私の言動が理解できないといった風に彼は眉をひそめた。
「私を信頼して見せてくれた一面なんでしょ。知れて嬉しい」
「あんたよくそんな風に笑えるな。お願いだから鈴谷の前では笑わないでくれ」
「何で?」
「ああもう。天然が入ってるのは知ってたよ」
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