上 下
18 / 83
一章 本編

18 火傷

しおりを挟む
 ちょっと…………朝から色々あって疲れた。

 私も自分の席に戻って心を落ち着けよう……そう思ってフラフラと教室の出入口手前まで来た時、廊下のいつも使う階段に近い方の先から聞き慣れた声がしてくる。


「何っで朝からあんたの顔見ないといけないのよ! あんたの存在のせいで由利花ちゃんに勘違いされちゃったじゃない!」

「うるさい」

「でもまあ、よく尻尾巻いて逃げなかったよね。今日、休むんじゃないかと思ってた」

「……うるさい」


 足を止めてそちらを向いていると、いつもの見慣れた二人が姿を現した。

 私は少しためらった。咲月ちゃんとの仲がギクシャクしていたから。
 でもそれも一瞬で、思い切って手を挙げて二人を呼んだ。


「咲月ちゃん! 鈴谷君! ……おはよう!」


 私にハッとした様子で顔を上げる二人。

 咲月ちゃんは唇を噛み、口をへの字にして泣き出しそうな顔に見えた。けどすぐに笑顔になって挨拶を返してくれた。

「お、おはよう!」


 だけど龍君には下を向いて目を逸らされた。下駄箱に置いてある上履きを履いて後方の出入口から教室へ入る彼は、小さく暗い声で「おはよう」と一言だけ発した。……こっちを見てくれなかった。





 龍君の様子がいつもと違う。普段ならこっちまで明るくなるような笑顔を向けてくれるのに。



 あれは……彼がどこか痛い時にする態度。

 転んで膝を怪我した時、痛いくせに我慢して泣かなかった幼い頃の彼を思い出す。




 私と同じく彼の後ろ姿を見送っていた咲月ちゃんに詰め寄る。

「鈴谷君さ、どこか怪我したって言ってなかった? 何か痛そうな顔してたけど」

「……、あー」

 咲月ちゃんは斜め上を見て苦笑いしている。何か知ってそう。


「怪我はしてないけど……うんそうだね、大火傷(おおやけど)してるかもね」

「火傷?」

「あっ何でもない! 大丈夫だから。あいつはそんなにヤワな奴じゃない。憎らしい程にね! それより……昨日までごめん。由利花ちゃんは悪くないのに私……イライラして酷い事言って。本当にごめんね。仲直り…………してほしいな」


 俯いて紡がれた彼女の言葉に、胸がぎゅっとなる。
 涙が出そうになったので、誤魔化す為に慌てて微笑んだ。


「うん、もちろん!」

「ありがとう、由利花ちゃん。ではさっそく……」


 私の返事を聞いてすぐに顔を上げた咲月ちゃんは、まるで「逃がさない」とでも言うように私の両肩をがっちり掴んできた。


「咲月……ちゃん?」

「さぁ、由利花ちゃん。聞かせてもらいましょうか。一昨日(おととい)は好きな人は志崎君じゃないって言ってたのに、なぁぁんで志崎君と付き合ってるのかな? 詳しく……詳しく聞かせてもらうから!」


 ……ああああ。咲月ちゃんの瞳が、かつてない程輝いている。
 だめだ。今の彼女からは逃れられない。





 心中で大量の汗をかきながらも、頷くしかなかった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

ムーンダスト

晴菜
青春
「僕が、いや俺がこの子の親だ」 これは、何をやっても上手くいく器用貧乏昼行灯のヒロと人付き合いが得意だけど強情なツキネと、彗星の子供カナメとの偽りの親子の物語

戦場の女神

ニタマゴ
青春
昔、ヘレニム国とスタラナ国という二つの大国が大陸を占めていた。両国ともに人口や進んだ技術持っており、相手を脅威だと思っていたが、怖くて手を打つことはなかった・・・ しかし、ヘレニムの連盟国とスラタナの連盟国が戦争を始めてしまった。スラタナはヘレニムを刺激しないため、援軍は送らなかったが、ヘレニムはその連盟国に10%もの食糧依頼をしていた。だから、少し援軍を送ったつもりが、スラタナはヘレニムが戦争に踏み切ったと勘違いし、大戦争が始まってしまう。 その戦争にアリを踏み殺しただけでも悲しむ優しいすぎる高校生の女の子が参戦した・・・ ※漫画バージョンがあります。ストーリーの更新は常に小説が最新です。(漫画は一時非公開状態です)

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

幼なじみとセックスごっこを始めて、10年がたった。

スタジオ.T
青春
 幼なじみの鞠川春姫(まりかわはるひめ)は、学校内でも屈指の美少女だ。  そんな春姫と俺は、毎週水曜日にセックスごっこをする約束をしている。    ゆるいイチャラブ、そしてエッチなラブストーリー。

異世界は『一妻多夫制』!?溺愛にすら免疫がない私にたくさんの夫は無理です!?

すずなり。
恋愛
ひょんなことから異世界で赤ちゃんに生まれ変わった私。 一人の男の人に拾われて育ててもらうけど・・・成人するくらいから回りがなんだかおかしなことに・・・。 「俺とデートしない?」 「僕と一緒にいようよ。」 「俺だけがお前を守れる。」 (なんでそんなことを私にばっかり言うの!?) そんなことを思ってる時、父親である『シャガ』が口を開いた。 「何言ってんだ?この世界は男が多くて女が少ない。たくさん子供を産んでもらうために、何人とでも結婚していいんだぞ?」 「・・・・へ!?」 『一妻多夫制』の世界で私はどうなるの!? ※お話は全て想像の世界になります。現実世界とはなんの関係もありません。 ※誤字脱字・表現不足は重々承知しております。日々精進いたしますのでご容赦ください。 ただただ暇つぶしに楽しんでいただけると幸いです。すずなり。

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

公爵様、契約通り、跡継ぎを身籠りました!-もう契約は満了ですわよ・・・ね?ちょっと待って、どうして契約が終わらないんでしょうかぁぁ?!-

猫まんじゅう
恋愛
 そう、没落寸前の実家を助けて頂く代わりに、跡継ぎを産む事を条件にした契約結婚だったのです。  無事跡継ぎを妊娠したフィリス。夫であるバルモント公爵との契約達成は出産までの約9か月となった。  筈だったのです······が? ◆◇◆  「この結婚は契約結婚だ。貴女の実家の財の工面はする。代わりに、貴女には私の跡継ぎを産んでもらおう」  拝啓、公爵様。財政に悩んでいた私の家を助ける代わりに、跡継ぎを産むという一時的な契約結婚でございましたよね・・・?ええ、跡継ぎは産みました。なぜ、まだ契約が完了しないんでしょうか?  「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいませええ!この契約!あと・・・、一体あと、何人子供を産めば契約が満了になるのですッ!!?」  溺愛と、悪阻(ツワリ)ルートは二人がお互いに想いを通じ合わせても終わらない? ◆◇◆ 安心保障のR15設定。 描写の直接的な表現はありませんが、”匂わせ”も気になる吐き悪阻体質の方はご注意ください。 ゆるゆる設定のコメディ要素あり。 つわりに付随する嘔吐表現などが多く含まれます。 ※妊娠に関する内容を含みます。 【2023/07/15/9:00〜07/17/15:00, HOTランキング1位ありがとうございます!】 こちらは小説家になろうでも完結掲載しております(詳細はあとがきにて、)

刈り上げの春

S.H.L
青春
カットモデルに誘われた高校入学直前の15歳の雪絵の物語

処理中です...