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馬車でのひととき

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「あ!ニネルさん!」

 馬車に向かうとニネルさんはちょうど作業を終えたところだったらしく快く手を降ってくれた。

「ようこそ。先ほどのお二人ですね。お待ちしてましたよ。ささ、荷物はありますが乗ってください。」
「ありがとうございます!」
「すまない。よろしく頼む。」
 
 俺たち二人はお礼を言って、先に俺、続いてロウさんが馬車の荷台に乗り込んだ。荷台は二人して乗り込んだにしては結構広く、不便さを感じることはなかった。

「ジルさんにロウさんでしたっけ?どうです?一応整理はしたんですが座りづらいとかはありませんか?」
「いや、大丈夫だ。問題ない。」
「かなりの広さですから。むしろ俺たちの方こそ無理言っちゃって申し訳ないです。」
「いやいや、あのハンクさんからの頼みですし。」

 そういえばあの親父さんの名はハンクというらしい。今度からそう呼ぶとして、そのハンクさんからの頼みでニネルさんに乗せてもらってる身としては、その話は少し気になる。

「ハンクさんと何かあったんですか?」

 ハンクさんはああいった性格だし、ハンクさんと揉め事のような事があったというわけではなさそうだが、この感じは……。

「そうですねー、何かというより、彼、優しいでしょう?」
「はい、何かと手を貸していただきましたし。」
「2,3年前かなー、私も彼に助けてもらったことがありまして、彼はいらないと言いましたが、その時の借りを返したくてたまにこうして彼の頼みを聞いてあげているんです。まぁ、とは言っても今は友達の頼みを聞いてるみたいなものですがね。」

 なるほど。腑に落ちた。
 俺達はハンクさんの優しさにまた助けてもらったということか。

「お二人は旅の方ですよね?」

 二人して頷く。

「みたいなものです。ロウさんとはつい最近出会ったばかりですが。」
「ロウさんは獣人の方なんですよね。」
「あぁ。そうだが。あまり見たことはないのか?」
「いいえ、こう見えて私も商人として働いていますから各地を回って商売しているんです。その時に何度か見かけたことはあります。ただこうしてちゃんと話すのは始めてで。」

 ニネルさんは、そろそろ出発するので感覚が気持ち悪いとかあれば言ってください。と馬を発進させた。

「大丈夫そうですかー?」

 ニネルさんは顔を前に向けたまま声だけ大きくした。つられて俺も声が大きくなる。
 
「大丈夫そうですー!」

 蹄の音と荷物が揺れる音でニネルさんにちゃんと聞こえているか分からなかったが、

「ならこのまま進みますねー!」

 と、大きな声が返ってきたので声が聞こえないという問題は大丈夫だろう。

 それから馬車はだんだんとスピードを出して走り始めた。
 そこからはやけに物音だけが大きく聞こえた。みんな口を閉じ、ニネルさんは運転に集中、ロウさんは何か考えていることでもあるのだろうと思った。自然と俺も昨日のことが頭を掠める。
 しばらく無言の時間が続き、

「…………ジル?」

 始めに声を発したのはロウさんだった。

「はい。どうかしましたか?」

 俺がそれに答える。

「いや、やけに静かだと思って。」
「……ふふっ、なんだか少し眠くなってきちゃいましたしね。」
「そうか。なら寝るか?」
「いえ、もう少し会話しましょ?」
「……そうだな。」

 そしてまたロウさんとポツポツ会話が始まった。

「ジル。君は旅をしていると言ったな。」
「はい。言いました。旅を始めたのは少し前からですけど。」
「……どうして旅を始めたか聞いてもいいか?」
「んー、そう聞かれると、なんて言うんでしょう。どうにもならない理由……ですかね?」
「そうか。どうにもならない理由。なるほど。」

 王子のことを伏せておくと、それ以外に説明しようがない。でもロウさんは納得したようだった。

「そういうロウさんは冒険者ですよね?なぜその業種を?」
「あぁ。俺はアイツと約束したから。」 
「アイツ?」
「幼馴染だ。さっき話した俺の仲間だったうちの一人。」
「あぁ。ロウさんと同じ獣人の方でしたっけ?」
「アイツは兎だな。」

 同じ質問をしてみると、なるほど。幼馴染との約束か。
 らしい理由だなとこちらも一人で納得する。

「どんな方なんですか?」
「兎の名に恥じない相当な寂しがり屋だ。ダンジョンなどで迷子になると一日中ピーピー泣いている。」
「へぇー、なんだか見てみたい気がします。」
「どうだろうな。アイツは変に強がるからそういうのはあまり見られたくないのかもしれない。」
「ふふっ、なんだか可愛らしい方ですね。」
「あぁ、可愛いやつだ。」
 
 不思議だ。
 ロウさんと話しているとなんだか、少し安心する。

「…………眠たいか?」
「へ?あ、いや。すみません。一日寝てないので……。」

 いつの間にか目が閉じていた。眠気ならまだ耐えられると思っていたのに。

「大丈夫か?」
「もう少しだけ起きています。」
「本当に?」
「はい、まだ、ロウさんと話をしていたいし……。」
「でも眠そうだ。後で起こすから寝てもいいぞ。」
「けど、」
「我慢してたら、後でキツくなる。」

 あぁ、そうか。この声だ。
 この声を聞くと俺はなんだか安心するんだ……。

「いいんですか?」
「あぁ。眠たいなら寝てくれ。」
「ありがと、ございます。じゃあ、お言葉に甘えて、すこしだけ……。」

 瞼はいつの間にか降りていた。

「おやすみ、ジル。」
「おやすみなさい、ロウさん……。」

 こうして俺は一時の眠りについた。
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