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異世界
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降り立ったのは青々と茂る草原の真中。ここが異世界か……来てみるも案外感動とかはないな。生きてれば異世界に足を踏み入れることもあるだろうと、俺の長い長い人生の今までで悟っていたのかもしれない。
長い金髪が視界の端に映りこむと俺は大草原を眺めながらソレに問う。
「メアリ、ここがお前の言っていた剣と魔法の世界、すなわち異世界で間違いないんだよな?」
「ふぇ?」
予想外の反応に俺の眼がふいにそちらに向く。
「ふぇ、じゃないだろ、お前が――なんだと……」
そこに立っているのは長い金髪を腰のあたりまで真っ直ぐに伸ばした少女。大きなどんぐり眼は無論メアリのものではない。誰だ、コイツ。そしてどこに行った、メアリ。
「……ふぇ?」
◇
二つに結わえた長い金髪を揺らしながら森の中で立ち尽くしているのはメアリ。
「私としたことが、異世界を甘く見ていた。まさか歪にあてられるとは」
同じ場所に転移するはずだった和人の姿はなく、仕方なしとメアリはため息を吐いた。
「む……歪にあてられた状態ではサーチすら適わんな」
死神は神石によって願いをかなえる者の位置を把握することができる。今回、願いを叶える者の位置はもちろんのこと、願いを一つ残している和人の位置も把握できるはずだが、異世界に足を踏み入れた途端、その力は機能しなくなっていた。つまり、神石の力が失われている状態であること。
「これでは、失われた視覚を補うことができない……かろうじてここが森林だということは分かるが……」
願いを叶えられるのは月に二回という制約を過去に一度、メアリは視覚を代償として突破したことがある。視覚は神石によってフォローされていたが今ではその力も頼りにすることはできない。和人がいなければまともに歩くことすらままならない状況にあるのだ。
「仕方ない、人間がここに訪れることを願おう」
メアリは腰を落とし、風に揺られて響く木々の音に耳を澄ませて静かに待つことにした。
「そうだな、せいぜい十年くらいは待つとするか」
十年……彼女にとってはほんのひと時の間だ。それまで、のんびりと。
「ずいぶんと気の長いお嬢さんだ」
声がしたのは背後、すぐに男性のものだと分かる。しかし和人の声ではない。
「そこにいるのは人間か?」
「そりゃあな。こんな高等な言語を使う魔物がいるんだったらぜひお目にかかって見たいものだ」
ここは異世界、自分の価値観が通用しない場所だ。この声の主が自分の想像している人間の姿と合致しているという保証はない。そして不自然なのが、日本語が通じているということ。偶然同じ言語を使う種族だとは考えづらい。
「軽率な考え方だな、私たち人間がそう思っているだけで、言葉が通じない魔物もまた人間をそう思っているのかもしれんぞ?」
「面白いなあんた。それはそうと、こんなところに優雅に腰を据えて何をしてるんだ?」
「知人とはぐれてしまってな。初めて訪れる場所である上に不便にも私は視覚を失っている、まさに右も左も分からん状態だ」
落ち着きはらった様子でメアリは答える。自分の目の前にいる人間がどんな背格好で、どんな表情で自分を見下ろしているのかは分からない、だが、その声音に害意は受け取れない。
「そうだったのか。しかしお嬢さん、目が見えないってのは不便じゃないと思うぜ?」
「ほう、お前の考えを聞こう」
目の前の男が座ったのだろう、くしゃっと地面の草がつぶれる音が聞こえる。
「俺はこの世界の空、海、葉、土の色を知っている。だけど、それは生まれつき目が見えないやつも同じなんじゃないかって思うんだよな」
メアリは生まれつき目が見えないというわけではなかった、しかし彼女はこの世界の空や海の色を知らない。青と言われれば青い空を想像する、赤と言われれば赤い海だって想像し得ることも可能だろう。だが、
「生まれつき目が見えないのであれば色どころか形すら分からんだろう。だがそうでない私には色も形も分かる、この世界の空は何色だ? この葉はどんな色、形をしている? それさえわかれば容易に物の想像がつくのだ」
男が笑う。
「確かに、それは不便だ」
「何だと?」
指に触れたのは薄い……葉?
「これは何だと思う?」
柔らかく薄い、その中心から筋のようなものが通っている、間違いなく植物の葉だろう。
「葉だ」
「それだけか?」
何色を、どんな形を、と問えば負け、それを直感したメアリはまず触って葉の形を特定し、色は……
「緑色した、楕円の葉だ」
異世界であるため、生えている植物が平均的に緑色である可能性は高くはない、しかしメアリの中では、既にここが森だと判断した時から、緑色の植物が「この世界」に生え渡っていたのだ。
「そうだ、これは、緑の楕円形の葉だ」
そう言って男は黄色の葉を地面に落とす。
「”見える者”が見ている物、それを見ることができない”見えない者”のことを不便だというのならば、”見えない者”が見ている物、それを見ることができない”見える者”もまた、不便なのではないか?」
メアリは微笑む。
「ハンディキャップなど存在しなかったのか。それではもう、お互い不便ではないわけだな」
メアリがそう言うと男は立ち上がり、手を差し出す。
「俺の名はジルク、この森の付近にある村に住んでいる、知人捜しを手伝うぞ」
「私はメアリ。お前のような人間に出会えたことを、幸運に思う」
メアリはその男の手をとり、立ち上がった。
◇
俺はこの地に足を踏み入れて早々、ここ最近(二百年くらいかな)にない鼓動の高鳴りを感じていた。
目の前にいるのは腰辺りまで伸ばした金髪の少女。まんまるの可愛らしく綺麗な蒼い眼、手入れしていないのがわかる跳ねまくった寝ぐせ頭、そして手に余るであろうナイスなバスト。メアリよりも背が高く、少し胸が大きい。美人、というよりかは可愛いの方があっている気がする。服装は黒地で、着込んだためかヘソやら谷間やらが色々見えてる露出の多い端のやぶれまくったもの。ギリギリ絶対領域を守っている位置で破れたスカートも元々の長さがわからない。
「ふぇ?」
「ああ悪い、人違いだ」
俺が一番驚いているのは、何が生息しているかもわからない異世界で初めて会ったのが人間だということ、それも俺やメアリと変わらない形状の。今の日本人は頭でっかちになってしまっているがこいつは俺が不老不死になった頃のような人間の形をしている。
メアリ以外に、あの頃の人間の姿を見た感想というのは久しい、いや懐かしいという言葉でさえも表現しきれなかった。
人差し指を口に当てて、ぼーっと俺を見つめる少女に問う。
「君はここら辺に住んでる人?」
「うん」
こくっと頷く少女、この機を逃す理由はないだろう。
「俺は字時和人、君は?」
「りーざ」
「リーザか。早速頼みたいことがあるんだが――」
俺は変な人に見えたかもしれない。理由は単純、頼みごとがあると言ったのに自ら背を向けて走り出したからだ。なぜ走り出したか? それも簡単なこと、彼女の右手に握られているものが血の滴るマチェーテだったから。
何千年ぶりくらいかの全力疾走。どうして気が付かなかった? あんなにも堂々と彼女が持っていたにも関わらず。……いや待てよ。
俺はふと思い、足を止める。
「ここは剣と魔法の異世界……もしかして、魔物退治の途中だったりし―――あ」
別段悲鳴も上げることなく俺は再び冷静に走り出した。笑いも怒りも見せない表情であの少女・リーザが追いかけてきていたから。
俺は不死身なのであのマチェーテで裂かれても死ぬことはありえない。だが痛いものは痛い。不死身じゃない人間でも、敢えて痛いことを受け付ける者は少ないだろう。俺も同じ、痛いのは苦手だ。
「何故俺を追いかける!?」
「ふぇ? だって逃げるんだもん」
お前は熊か。そんなツッコミなど入れる余裕もなく、体力の消耗と不老不死ならではの回復力の競争が俺の体の中で繰り広げられている。普段から体力作りなどしていない俺の身体も次第に限界が近づいてきたようだ。
依然として表情を崩すことなく追ってきているリーザとの距離は、彼女が持っているマチェーテ二本分程度。
「ちっ……」
背後からリーザの姿が消えたかと思うと、彼女は跳びあがって俺の目の前に着地。俺は当然足を止めることになり、数回の息切れで息を整えるとまた踵を返し走り出す。
「ふぇ? まだ逃げるの?」
無論リーザも追ってくるが……
「ふぇええ……! もうリーザきついよー! ちょっと休憩しよーよ!」
リーザのスタミナは驚異的だ、だが不老不死の俺に持久力勝負で勝てるはずもなく、俺はこのまま逃げ切れそうだ。
「ああもう、じゃあ鬼ごっこはおしまいね……」
彼女の声音が変化する。元気な子供のような声から、冷徹な……
「……死ね」
「ぐはっ!!」
その眼は殺意に満ちていた。まんまるの眼は鋭く、そして恐怖におびえる俺の顔を映している。
こんな殺し方ができる女の子なんていようか。俺の目の前に跳んできたかと思うと、右手の指を俺の目やら口やらに突っ込んでがっしりと固定、その手で引き寄せ左手のマチェーテで心臓をひと刺し。目を潰され、心臓も貫かれた俺はまもなくして地面に倒れた。
「死ね、バカ」
やられて十数秒、息苦しさから解放される、心臓の修復が完了したのだろう。そして眼が回復。悟られぬよう、目が、目がぁぁあの如く手で覆い隠す。
リーザは気付かず踵を返し歩いて行った。血の滴るマチェーテを握って。
女って、怖い。クールな女の人は好みだが、でもこりゃ凍えてしまうくらいクールだ。あのリーザの可愛らしい顔はどこへやら。だが彼女の本質はおそらくこのクールモード。取り繕って可愛らしい表情はできても、笑ったり怒ったりという感情が柔軟に出せていなかった。
このままリーザがどこかへ去ってくれるのを待つことにしよう。
仰向けに寝そべって息絶えたフリをしていると目を開けた時、空が視界に映る。
「この世界の空も、蒼いんだな」
俺がいた世界と変わりない青い空と緑の植物。深呼吸すれば気持ちよく風が体中を駆け巡る気がする。異世界も、悪くないな。リーザが近くにいるかもしれないし、もう少ししてからメアリを捜しに行くか。
俺は視界いっぱいに広がる大自然を目の前にして大の字に毛伸びをした。
「ふぇ?」
長い金髪が視界の端に映りこむと俺は大草原を眺めながらソレに問う。
「メアリ、ここがお前の言っていた剣と魔法の世界、すなわち異世界で間違いないんだよな?」
「ふぇ?」
予想外の反応に俺の眼がふいにそちらに向く。
「ふぇ、じゃないだろ、お前が――なんだと……」
そこに立っているのは長い金髪を腰のあたりまで真っ直ぐに伸ばした少女。大きなどんぐり眼は無論メアリのものではない。誰だ、コイツ。そしてどこに行った、メアリ。
「……ふぇ?」
◇
二つに結わえた長い金髪を揺らしながら森の中で立ち尽くしているのはメアリ。
「私としたことが、異世界を甘く見ていた。まさか歪にあてられるとは」
同じ場所に転移するはずだった和人の姿はなく、仕方なしとメアリはため息を吐いた。
「む……歪にあてられた状態ではサーチすら適わんな」
死神は神石によって願いをかなえる者の位置を把握することができる。今回、願いを叶える者の位置はもちろんのこと、願いを一つ残している和人の位置も把握できるはずだが、異世界に足を踏み入れた途端、その力は機能しなくなっていた。つまり、神石の力が失われている状態であること。
「これでは、失われた視覚を補うことができない……かろうじてここが森林だということは分かるが……」
願いを叶えられるのは月に二回という制約を過去に一度、メアリは視覚を代償として突破したことがある。視覚は神石によってフォローされていたが今ではその力も頼りにすることはできない。和人がいなければまともに歩くことすらままならない状況にあるのだ。
「仕方ない、人間がここに訪れることを願おう」
メアリは腰を落とし、風に揺られて響く木々の音に耳を澄ませて静かに待つことにした。
「そうだな、せいぜい十年くらいは待つとするか」
十年……彼女にとってはほんのひと時の間だ。それまで、のんびりと。
「ずいぶんと気の長いお嬢さんだ」
声がしたのは背後、すぐに男性のものだと分かる。しかし和人の声ではない。
「そこにいるのは人間か?」
「そりゃあな。こんな高等な言語を使う魔物がいるんだったらぜひお目にかかって見たいものだ」
ここは異世界、自分の価値観が通用しない場所だ。この声の主が自分の想像している人間の姿と合致しているという保証はない。そして不自然なのが、日本語が通じているということ。偶然同じ言語を使う種族だとは考えづらい。
「軽率な考え方だな、私たち人間がそう思っているだけで、言葉が通じない魔物もまた人間をそう思っているのかもしれんぞ?」
「面白いなあんた。それはそうと、こんなところに優雅に腰を据えて何をしてるんだ?」
「知人とはぐれてしまってな。初めて訪れる場所である上に不便にも私は視覚を失っている、まさに右も左も分からん状態だ」
落ち着きはらった様子でメアリは答える。自分の目の前にいる人間がどんな背格好で、どんな表情で自分を見下ろしているのかは分からない、だが、その声音に害意は受け取れない。
「そうだったのか。しかしお嬢さん、目が見えないってのは不便じゃないと思うぜ?」
「ほう、お前の考えを聞こう」
目の前の男が座ったのだろう、くしゃっと地面の草がつぶれる音が聞こえる。
「俺はこの世界の空、海、葉、土の色を知っている。だけど、それは生まれつき目が見えないやつも同じなんじゃないかって思うんだよな」
メアリは生まれつき目が見えないというわけではなかった、しかし彼女はこの世界の空や海の色を知らない。青と言われれば青い空を想像する、赤と言われれば赤い海だって想像し得ることも可能だろう。だが、
「生まれつき目が見えないのであれば色どころか形すら分からんだろう。だがそうでない私には色も形も分かる、この世界の空は何色だ? この葉はどんな色、形をしている? それさえわかれば容易に物の想像がつくのだ」
男が笑う。
「確かに、それは不便だ」
「何だと?」
指に触れたのは薄い……葉?
「これは何だと思う?」
柔らかく薄い、その中心から筋のようなものが通っている、間違いなく植物の葉だろう。
「葉だ」
「それだけか?」
何色を、どんな形を、と問えば負け、それを直感したメアリはまず触って葉の形を特定し、色は……
「緑色した、楕円の葉だ」
異世界であるため、生えている植物が平均的に緑色である可能性は高くはない、しかしメアリの中では、既にここが森だと判断した時から、緑色の植物が「この世界」に生え渡っていたのだ。
「そうだ、これは、緑の楕円形の葉だ」
そう言って男は黄色の葉を地面に落とす。
「”見える者”が見ている物、それを見ることができない”見えない者”のことを不便だというのならば、”見えない者”が見ている物、それを見ることができない”見える者”もまた、不便なのではないか?」
メアリは微笑む。
「ハンディキャップなど存在しなかったのか。それではもう、お互い不便ではないわけだな」
メアリがそう言うと男は立ち上がり、手を差し出す。
「俺の名はジルク、この森の付近にある村に住んでいる、知人捜しを手伝うぞ」
「私はメアリ。お前のような人間に出会えたことを、幸運に思う」
メアリはその男の手をとり、立ち上がった。
◇
俺はこの地に足を踏み入れて早々、ここ最近(二百年くらいかな)にない鼓動の高鳴りを感じていた。
目の前にいるのは腰辺りまで伸ばした金髪の少女。まんまるの可愛らしく綺麗な蒼い眼、手入れしていないのがわかる跳ねまくった寝ぐせ頭、そして手に余るであろうナイスなバスト。メアリよりも背が高く、少し胸が大きい。美人、というよりかは可愛いの方があっている気がする。服装は黒地で、着込んだためかヘソやら谷間やらが色々見えてる露出の多い端のやぶれまくったもの。ギリギリ絶対領域を守っている位置で破れたスカートも元々の長さがわからない。
「ふぇ?」
「ああ悪い、人違いだ」
俺が一番驚いているのは、何が生息しているかもわからない異世界で初めて会ったのが人間だということ、それも俺やメアリと変わらない形状の。今の日本人は頭でっかちになってしまっているがこいつは俺が不老不死になった頃のような人間の形をしている。
メアリ以外に、あの頃の人間の姿を見た感想というのは久しい、いや懐かしいという言葉でさえも表現しきれなかった。
人差し指を口に当てて、ぼーっと俺を見つめる少女に問う。
「君はここら辺に住んでる人?」
「うん」
こくっと頷く少女、この機を逃す理由はないだろう。
「俺は字時和人、君は?」
「りーざ」
「リーザか。早速頼みたいことがあるんだが――」
俺は変な人に見えたかもしれない。理由は単純、頼みごとがあると言ったのに自ら背を向けて走り出したからだ。なぜ走り出したか? それも簡単なこと、彼女の右手に握られているものが血の滴るマチェーテだったから。
何千年ぶりくらいかの全力疾走。どうして気が付かなかった? あんなにも堂々と彼女が持っていたにも関わらず。……いや待てよ。
俺はふと思い、足を止める。
「ここは剣と魔法の異世界……もしかして、魔物退治の途中だったりし―――あ」
別段悲鳴も上げることなく俺は再び冷静に走り出した。笑いも怒りも見せない表情であの少女・リーザが追いかけてきていたから。
俺は不死身なのであのマチェーテで裂かれても死ぬことはありえない。だが痛いものは痛い。不死身じゃない人間でも、敢えて痛いことを受け付ける者は少ないだろう。俺も同じ、痛いのは苦手だ。
「何故俺を追いかける!?」
「ふぇ? だって逃げるんだもん」
お前は熊か。そんなツッコミなど入れる余裕もなく、体力の消耗と不老不死ならではの回復力の競争が俺の体の中で繰り広げられている。普段から体力作りなどしていない俺の身体も次第に限界が近づいてきたようだ。
依然として表情を崩すことなく追ってきているリーザとの距離は、彼女が持っているマチェーテ二本分程度。
「ちっ……」
背後からリーザの姿が消えたかと思うと、彼女は跳びあがって俺の目の前に着地。俺は当然足を止めることになり、数回の息切れで息を整えるとまた踵を返し走り出す。
「ふぇ? まだ逃げるの?」
無論リーザも追ってくるが……
「ふぇええ……! もうリーザきついよー! ちょっと休憩しよーよ!」
リーザのスタミナは驚異的だ、だが不老不死の俺に持久力勝負で勝てるはずもなく、俺はこのまま逃げ切れそうだ。
「ああもう、じゃあ鬼ごっこはおしまいね……」
彼女の声音が変化する。元気な子供のような声から、冷徹な……
「……死ね」
「ぐはっ!!」
その眼は殺意に満ちていた。まんまるの眼は鋭く、そして恐怖におびえる俺の顔を映している。
こんな殺し方ができる女の子なんていようか。俺の目の前に跳んできたかと思うと、右手の指を俺の目やら口やらに突っ込んでがっしりと固定、その手で引き寄せ左手のマチェーテで心臓をひと刺し。目を潰され、心臓も貫かれた俺はまもなくして地面に倒れた。
「死ね、バカ」
やられて十数秒、息苦しさから解放される、心臓の修復が完了したのだろう。そして眼が回復。悟られぬよう、目が、目がぁぁあの如く手で覆い隠す。
リーザは気付かず踵を返し歩いて行った。血の滴るマチェーテを握って。
女って、怖い。クールな女の人は好みだが、でもこりゃ凍えてしまうくらいクールだ。あのリーザの可愛らしい顔はどこへやら。だが彼女の本質はおそらくこのクールモード。取り繕って可愛らしい表情はできても、笑ったり怒ったりという感情が柔軟に出せていなかった。
このままリーザがどこかへ去ってくれるのを待つことにしよう。
仰向けに寝そべって息絶えたフリをしていると目を開けた時、空が視界に映る。
「この世界の空も、蒼いんだな」
俺がいた世界と変わりない青い空と緑の植物。深呼吸すれば気持ちよく風が体中を駆け巡る気がする。異世界も、悪くないな。リーザが近くにいるかもしれないし、もう少ししてからメアリを捜しに行くか。
俺は視界いっぱいに広がる大自然を目の前にして大の字に毛伸びをした。
「ふぇ?」
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