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第六章 閃血の精霊

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 「面白そうなお話をしていますね」

 タイミングを見計らったかのように現れたのは神様だ。笑顔でダンを見つめている。
 
「お、お許しください! あなた方の心を傷つけたのであれば、当方が責任を持って! 献身的に――」

 まずはマリアが平手で打った。

「お、お許しを……」

 レラも良い音を響かせ、ビンタをお見舞いする。
 今度は神様が、

「うふふっ」
「ごぼっ!?」

 グーで殴った。

「げふ……うぅ」

 ダンは頬を腫らせ、涙を流している。
 ターシャはみんなの行動に動揺して、はわわと視線を泳がせてから殴った。

「おいおい、何してんだお前ら」

 嶺二がきょとんとその様子を眺めている。マリアはもう一発ほどダンの頬に食らわせてから答えた。

「こいつはただのクズ男だ。嶺二、お前もやっていいぞ」
「ひぃっ!」

 ダンからすればそれだけは避けたいだろう。嶺二はヌルを簡単に殴り飛ばすような男だ。
 彼はやれやれと肩をすくめて言う。

「穏やかじゃねぇんだからよウチの女性陣は。すぐにキレたり殴ったりでよ」
「お前には言われたくない」
「あんたにはいわれたくないですわ」
「嶺二さんには言われたくないです」

 疑問の表情になる嶺二。その背中にぴたりと張り付いたのはシェミル。さらに後ろでは五十万の大軍が嶺二を見据えてやってくる。

「すげぇ人数だな。アルバたちがいるってことは……もしかしてクァイデのやつらか?」
「今回の件について、簡単に説明しておきましよう」

 神様は嶺二が来る前までのことを彼に話した。
 聞いた本人は入念に鼻をほじってから何かを飛ばして言う。

「んで……俺が来たってワケね。大変だったな」

 その時、空を飛ぶ大群がこちらへ向かってきているのが分かった。

「セリス?」

 桃色の頭髪で白いスーツ姿の彼女はセリスで、その後ろを飛んでいる大勢の大人や子どもは魔族だ。それらは嶺二たちを囲むように着地すると、まずセリスがマリアに言う。

「私の勝手な判断で防衛軍の五割と、甲都の住人は地下へ避難させておりました」

 マリアは彼女の頭を撫でて返す。

「良い判断だ。私が事前にやっておくべだったが、抜かっていた。丙都を管轄をするはずのセリスに、ウチのことで手間をかけさせたな」
「ふにゃ……い、いえ! こんな時こそ一致団結です! そ、それと丙都、並びに乙都での損害はありません。そのことから、恐らく我々が失った者の数は……イブソルニア軍が十二万、防衛軍が十万……です」

 軽視はできない被害だ。それもほとんどヌルだけによるもの。マリアは口を噛み締めるように閉ざすが、代わってイブソルニャアが立って出た。

「私の……私の部下が……」
「我々にできることは、心を込めて彼らを弔うことです。誰一人として、無駄死にはしていないでしょう」
「うぅ……」

 その頃、無数のドロビィたちを体に纏っていた嶺二が言う。

「悲しい顔してんじゃねぇぞお前ら。ここにいる子どもたちに、こんな時どうしてやりゃいいか教えてやれよ」

 皆の視線を集めた嶺二は満面の笑みで。

「ありがとな! って言うんだろ?」

 一同は満面とは言えずも微笑んでその言葉を口にする。
 さて、と歩き出した嶺二が向かった先は、アルバに拘束されているダン。
 嶺二は不敵な笑みを漏らす。

「へへっ」
「ひぃっ……」

 指をさして言った。

「お前には、ハテノチの統一化を任せる!」
「はぇ?」

 彼に掴みかかったのはマリア。

「何を考えている? こいつを仲間にしようと言うのか?」
「チャンスをやるんだよ。もしこいつがハテノチの統一化を実現できたら、仲間にしてやる。できなかったらマリアの好きにすればいい」
「なるほど……嶺二のくせに冴えているな」

 マリアは顎に手を当てて考える。
 決して簡単ではない任務を背負わせ、それが出来なければ焼くなり煮るなりすればいい。仮に達成できたとあれば、ハテノチにとっては大きな利益となる。これを達成できるほどにダンが協力的であり、有能な男であれば殺すのは勿体ないとも思えた。

「いいだろう。簡単に殺すのでは些か興が無い。こいつに難題を押し付けてやろう」

 マリアが指を鳴らすと、セリスは数十人の魔族を連れてきた。いずれも男だ。
 セリスが笑顔で紹介する。

「この方たちにはダンさんのお供をしていただきます」

 ダンは首を振りながら抗議の声を上げた。

「男は嫌です! 女性を連れてきなさい! 統一化などという無理難題を押し付けておいて、この仕打ちはあんまりですぞ!? 色々と溜まってしまいます!」
「大丈夫ですよ。色々と溜まったものは、彼らが発散させてくれるでしょう」
「へ?」

 連れてこられた魔族たちが、ダンを担いで歩き出す。バタバタと暴れる彼をその者たちは透き通った瞳で見つめていた。
 セリスは連れ去られるダンに手を振りながら言う。

「おしりは清潔に保ってくださいね。病気になりますから」
「いやだぁぁぁぁぁぁ!」

 こうして、ダンはハテノチの魔族たちと共にハテノチ統一化へと踏み出した。
 神様は笑顔で見送り、レラは笑い転げており、マリアもしてやったりな表情だ。
 嶺二は……倒れた。

「嶺二!」
「嶺二さん!?」

 皆が駆け寄って彼を囲んだ。中心に走ったターシャがすぐに治癒魔法を展開するが。

「治癒魔法が……効かない? どうして……」

 不敵な笑い声で、皆の視線がそこに集まる。マリアは怪訝に見つめた。

「ローゼン……」
「ふふっ。治癒魔法が効かないのは、彼が怪我なんてしていないから。……今の嶺二くんは、私に操られているのよ?」
「だから何だというのだ?」
「言ったでしょう? 彼は私の所有物。私の考えによっては、あなた達の味方にはならないって」

 マリアは思い出したように表情をしかめ、唇を噛み締めた。

「でも安心して? あなた達を害したりしないわ。私に従ってさえくれたらね?」
「要求は何だ……」

 ローゼンは不気味に目元を歪めて答える。

「嶺二くんが宿す精霊よ。彼がそれを体外に吐き出してくれるまで、ちょっとした拷問をさせてもらうわ。昼間は自由にさせてあげるから、夜だけは私に譲って欲しいの」

 そんな条件など、もちろん満場一致で、

「構わん、好きにしろ」
「え? いいの?」

 賛成のようだ。
 いや、シェミルだけは反抗的な目を向けている。それを気に留めないマリアは続けて言った。

「都を譲れだの、転移魔法で嶺二と共にカシュエドへ送れだのと言ってくると思ったのでな。それに比べれば安いものだ」
「転移魔法は……ちょっと考えたけど、嶺二くんを転移することができないみたいだからね。だからここに居続けることにしたわ。それに、私は世界征服なんてものに興味はないの。好きなものを、好きなだけイジらせてもらえればそれで……ね?」

 マリアは頷くと、本を開いて皆に言った。

「我々は勝利した! ハテノチの統一化はクソ野郎に一任した! 嶺二はローゼンの奴隷となった! そこで新たな計画を発表する!」

 ハテノチの魔族たちは一様に真剣な瞳を向けて続きを待つ。

「未だ他世界の軍勢はこの地に存在する! 油断はしていられない……損壊した甲都の修繕、並びにその体制を直ちに整えろ! 各員、作業開始!」

 元気の良い返事が揃って響き渡ると、魔族たちが一斉に甲都中へ飛んでいく。

「……さて」

 未だ目を覚まさない嶺二、その背中に尻を乗せたマリアは足を組んでアルバに訊いた。

「お前たちはどうする? 帰れるのか?」
「それは……」

 神様が出てきて答える。

「大丈夫ですよ。異世界衝突の他でゲートを使うことはルール違反ですが、今回は他世界が相手であったということもあり、天界にて何とか認めてもらえました」

 アルバ先遣隊は皆して安堵の息を漏らすと、尻に敷かれている嶺二に歩み寄る。

「また会おう」

 それだけ言って彼らは五十万の大軍を引き連れ、ゲートへ向かって飛んで行った。
 クァイデの大群を見送る最中、マリアはふと感じた視線に顔を向けた。

「む……?」

 マリアの横で、ぷくーっと頬を膨らませているシェミル。

「怒っているのか、シェミル」
「……おこている」

 わざわざ聞かなくともその理由は分かっているはずだ。マリアが嶺二から離れると、シェミルはすかさず彼の背中に座った。
 自分が嶺二にしていないことを、他の者にされているのが気に食わなかったのだろう。

「すまなかったなシェミル。お前の大切な嶺二をローゼンの好きにさせてしまった。だが心配はいらん。こいつのことだ、尻でも掻きながら軽く彼女をあしらってくれるだろう」
「……うん」

 その時、嶺二の頭が飛び起きた。

「面接だぁー!」

 寝ぼけているのだろうか。
 シェミルはあやすように彼の頭を撫でている。
 嶺二は背中に座っているシェミルを一瞥いちべつしてから、マリアを睨んで言った。

「話は聞いてたぞコラ! 俺を二つ返事でローゼンに売りやがってこのタコ!」
「何だ嶺二。寝たフリをしていたのか」
「違ぇよ! 身体が動かなかったんだ! ……ったく、じゅげむは操られてなかったのに、何で俺は抗えねぇんだっこの!」

 ローゼンが微笑んで答える。

「彼女は少~し頭がおかしかったから、私の思考回路じゃ操作できなかったのよ」
「ぐっ……そういうことなら、まぁいい」

 嶺二にとっては、自分がじゅげむより下ではないことが分かればそれでいいのだ。
 マリアが話を戻す。

「それで、面接だと叫んでいたがどういうことだ」

 嶺二はマリア、ターシャ、ソール、レラ、神様、ローゼン、そしてイブソルニャアも巻き込んで視線を渡らせ、代表としてマリアを指さした。

「お前たちがどうにも俺を粗末に扱っている気がする」
「今さら気づいたのか」
「げっ……てめ」

 嶺二以外の者は苦笑いで見守っている。それはもちろん、マリアが冗談で言ったことだと分かっているからだ。
 しかし言われた本人には分からないようで。さした指を激しく動かしながら叫ぶ。

「お前らに! 面接を! してやる! コラ!」
「だから何故するのかを教えろと言っている」
「お前たちが本当に俺の事を仲間だと思ってるかどうか、それを確かめるためにだ!」
「くだらん。そんなお遊びに付き合ってやる暇など無い」

 嶺二は小声で漏らす。

「仲間だと思われてねぇんだな、俺。……あぁ、悲しいぜ。咳をしても一人ってか。織田信長の言葉が今になって身に染みるぜ……」

 視線を集めたマリアは鬱陶しげにため息をついて声を上げた。

「ええい……! 分かった。面接とやら、少しだけなら付き合ってやる」

 瞬間に嶺二は目を見開いた。

「よっしゃ! 言ったからな! 逃げんじゃねぇぞ!」
「もし期待通りの結果にならなかった場合はどうする?」

 その問いに、嶺二はローゼンを指さして答えた。

「こいつの世界に行く! そこであいつらと楽しく過ごしてやらぁ!」
「いいだろう」

 そもそも嶺二に対しては転移魔法が使えないのだから、その望みが叶うことは無い。マリアは微笑んで快諾してやった。
 嶺二は立ち上がるとシェミルを片手に抱え、先を指さして歩き出す。

「行くぞお前たち! まずはレラ! 本部を治してくれ! 早く!」
「はいはい……相変わらず元気ですわね、あんたは」
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