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第六章 閃血の精霊

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 マリアの一言で、三人の俯いていた顔が上がる。まず返したのはレラ。

「それって……嶺二のことですの?」
「ああ。ここに神様がいるということは、そういうことだ」
 
 次にターシャが丸い拳を握って、涙を浮かべながら言った。

「嶺二さんがいれば……あんなやつ……。みんなの仇はあの人がとってくれます!」

 残された希望に、ソールも表情を引き締めて、肩を震わせながら続ける。

「ようやくか……! 随分と待たせおってからに!」

 瞳に光を取り戻し始めた面々を見ると、マリアは口角を上げて言った。

「嶺二といえば、もう一人大切な仲間がいるだろう?」

 マリアがポンと手を置いたのは女性の頭。黒の頭髪はその毛先が肩口をくすぐる程度の長さで、端正に揃えられた前髪の下でジトーっとした瞳が特徴的。着ている女性用の青い学制服は嶺二が拵えたもの。

「……なに」

 集めた視線に対し、その一言で返した彼女はシェミル。
 レラは唖然としながらも言い返す。

「何って……あなたどこにいたの?」
「……起きたらみんな、いなくなってた」

 どうやらシェミルは寝ていたらしい。のんきな話だが、どうして魔族の誰かが起こしてあげなかったのか。
 だがそれもひとつの判断だと推測できる。シェミルは常時、丙都の護衛を任されている。そこは甲都や乙都に比べると武装が乏しく、防壁すらない。都というよりは村と呼ぶ方が相応しいこじんまりとした場所。魔族の子どもは大半が丙都に住んでいる。そこを守る大人の魔族からすると、シェミルを離れさせるわけにはいかなかったのだろう。下手に起こして飛び出されたら丙都の主砲がいなくなってしまうのだから。

「……大事無いか」

 ソールに訊かれたシェミルがボーッと彼を見つめている。たった今来た彼女からすれば、見慣れない父親の表情に不思議を思うことだろう。

「……お父さん。顔がだらしない」

 目の前で瞬きの間に多くの子孫が殺されたのだ。相変わらずの娘の顔を見られて表情が緩んでしまうのは無理もない。
 ターシャは安堵と呆れが混じったようなため息を漏らして言う。

「シェミルはこんな時でもマイペースだね……誰に似たのやら。……でも、無事でよかった」

 シェミルはターシャを一瞥いちべつした後、焦げた草原と爛れた甲都の街並みを見渡す。
 本部に空いた巨大な穴、欠片さえも焦げて爛れた街の建物。かつて嶺二と歩いた賑やかであった街路は、今では随分と見晴らしが良くなっていてしんみりとした雰囲気が漂っている。
 そこで、マリアが前方を見据えて言った。

「来るぞ」

 歩いてやってきたのはダンとヌル。前者はマリアの前で立ち止まると頭を下げた。

「どうも初めまして。当方、ダンと申します。こちらはヌルでございます。折り入って話があるのですがよろしいですかな?」

 ダンの妙に細めた目が、マリアの背後にいるレラを凝視していた。それに気づいたレラはビクッと体を跳ねさせてから胸を覆い隠す。

「な、何ですのこの人……気味が悪いですわ」

 小声で発したつもりなのだろうが、恐らくその声量だと彼に聞こえている。しかしダンは気にする素振りを見せず、続きを話した。

「この戦い、ここでお開きということでどうでしょう?」
「何?」

 マリアは安心するでもなく、怪訝な目を向ける。

「それはどういうことか」
「生き残りはどうやらあなた方だけのようだ。それも女性が大半。そこにいる殿方にはお話致したのですが……つまりはですな?」

 ダンはソールに話した事と同じ内容をマリアたちに伝えた。ニームナは女性に対し献身的であることや、それを証拠とする諸々のことも含めて。
 それを聞いたレラは顔を蒼白とさせており、ターシャは軽蔑するような目でダンを眺めており、一応女性ではありそうな神様は笑顔で。シェミルはいつも通りボーッとしていて……マリアは睨みつけてドスの効いた声音で言った。

「気色悪いぞ。寄るな外道が」
「ん~……? 今、何と?」
「寄るなと言っている」

 ダンはこめかみに血管を浮かせて怒りを露わにしているが、一瞬だけ視線を逸らした時、すぐに恍惚とした表情に変わる。彼が歩み寄った先には神様。惜しげも無く彼女の身体に手を這わせながら力説し始めた。

「何と美しい女性であること……! 神々しく、きめ細かやかな純白の肌! 太ももは程よい肉付き! 腰をなぞれば優雅な曲線美! さらに胸で描く球体のごとき放物線! 意地として隠そうとはしないこの帯姿! 感無量でございます……!」

 色々な所をさすられたり揉まれたりしている神様だが、依然として笑顔のままだ。この辺りでレラはソールの背後に隠れていた。

「あらあら、お盛んですね」
「なんと美しき笑顔! どうですかな、当方の拠点にお越しいただければ、最上級の献身的なもてなしをご提供しますぞ?」

 ダンは抵抗しない神様に味をしめたのか、彼女から離れることなく依然としてその身体をまさぐり続けている。

「うふふっ、遠慮させていただきますね」
「まぁまぁそう仰らずに……」

 ダンの手が神様の股に移動しかけたところで、ターシャが間に入った。

「やめてください!」
「ん? 子ども……?」

 ダンはターシャの身体を下から上へと観察し、肩を落としてため息をつく。ターシャが笑顔で拳を掲げて言った。

「はいはい献身的献身的」

 すぐにソールが彼女を引っ張って引き下げる。
 ダンはわざとらしく咳払いをして言う。

「どうやら合意は受け取れないようですな? であれば……戦争を続行したいという意思表示と受け取ってもよろしいですね?」
「好きにしろ」

 マリアが言い切った。その後ろの面々も自信の表情だ。それでもダンの視線は彼女たちの顔には向けられていない。

「ふむふむ……降伏も無しと。しかしあなた方を傷つけたくはない。こうなったら、当方が献身的に服従させるしかないのかなぁ?」

 ダンが不気味な笑みでマリアを見つめながら言うと、直後に彼女の体はヌルによって羽交い締めにされる。

「なっ……」
「ぐふふ……下手に抵抗すると、腕がちぎれてしまいますよ?」

 マリア以外の者に背中を向けている状態のヌル。そこにソールが手を伸ばそうとした時、ヌルの背中から猛烈な風が噴射された。

「ぐっ……!」
「きゃぁ!」

 ソールをも簡単に吹き飛ばしてしまう風は、ターシャとレラ、シェミルも巻き込んで後方へ飛ばした。軌道から外れていた神様は、やはり笑顔でその光景を眺めている。

「邪魔者はいなくなりましたね。見ている限りだと、あなたが指揮官のようだ。……あなたが降参すると言うまで、当方が献身的に説得してさしあげましょうぞ?」

 ダンはマリアが着ている服のボタンを中間から外していく。

「全く……けしからん身体ですなぁ? その反抗的な目付きも中々にそそられますぞ」
「ぐっ……」

 ダンはボタンを全て取り外すことはなく、三つほど外したところでそこへ手を差し込んだ。彼の表情はさらに奇怪に歪む。

「おほほぅ……? この滑らかな肌触り……ひょっとしてケミル族ですかな?」
「だったら何だ……」
「ケミル族は触り心地がよく発育や風貌も高水準。その美しさから、当方の世界では御神体としてケミル族を崇め、年に二百回ほど献身的に御奉仕することになっているのですよ。ここに来てケミル族に出会えるとは些か運がよいですなぁ……」

 マリアが神様に向く。

「まだですか!」
「何のことでしょう?」
「嶺二です! あいつは目的を達成したのでしょう?」

 神様は笑顔で返す。

「はいっ。さすがは嶺二ですね」
「でしたら早く彼を!」

 ダンは既に手でまさぐることをやめ、開いたマリアの胸元に顔を突っ込んでいた。その荒ただしい息遣いは苦しいからなのか、興奮しているからなのか、答えは明白だ。
 神様は急くマリアに対して、落ち着いた声音で言った。

「申し訳ございません。嶺二をここへ転移することはできないのです」
「え……? 何を言っているんですか?」
「ですから、彼を転移させることができないのですよ」
 
 胸元で妙な音を立てているダンに気を留める余裕もないマリアは、唖然としてさらに訊く。

「どうして、ですか?」
「今の嶺二は、転移する前に比べて格段に強くなってしまっています。私の力では、今の彼をここへ転移することは不可能なのです」
「そんな……話が違います」
「そうですねぇ……私もこれほど強くなられるとは思っていなかったものでして」

 ここでマリアは初めて神様を睨みつけて低い声で言った。

「では……何故ここに来たのですか」
「えっとぉ……″みなさん″がここに来られたことを報告しに来ましたっ」
「みなさん……?」
「はいっ」

 瞬間、マリアを羽交い締めにしていヌルがそこを離れ、顔を突っ込んでいるダンを引き抜いて距離をとった。
 開放されたマリアはボタンを留め直しつつ、怪訝な目を二人に向ける。

「何だ……?」 
「なぬ……あ、あれは!」

 ヌルとダンが眺めているのは空。マリアがつられて振り向くと。
 視界の下方に映る神様が笑顔で空の″大群″を示して言う。

「クァイデのみなさんが、ただいま到着しましたっ」

 マリアの目算からすると…………その数、約百万人。
 これほどの大群が一度に空を飛行する場面など見たことの無い彼女は、圧巻されると同時に、大きな安心感を抱いた。
 百万の先頭を行く四人の姿には見覚えがある。まず三人の屈強な腕に施された刺繍。牛のシウ、蛇のミィ、猪のシシ。中心では眼帯の男――アルバがこちらを見据えている。

「アルバ先遣隊……なぜ彼らがここに」

 アルバ先遣隊のすぐ後ろには、レラを抱えたソールと、ターシャ、シェミルが飛んでいた。
 神様がマリアの疑問に答える。

「この件、私はひとかじりもしていませんからねっ」
「と、いいますと?」
「これはシアリの独断です。異世界衝突の際に救ってもらったお返しだと言っておられました」

 シアリとはクァイデの神。マリア達の前に姿を現したことはないが、クァイデがじゅげむに侵略されそうになっていた時のことに恩を感じていたようだ。
 神様は頬を膨らませ、ぷんっと口で鳴らしてから続けた。

「んもぅ……! これは堂々たるルール違反ですっ。異世界衝突以外でのゲートの使用は原則禁止されているというのにぃ……」
「神様……? では嶺二を転移させたことは……」

 神様はわざとらしい困り笑顔。

「転移は問題ありませんよ。そもそも転移魔法なんて、私くらいにしか使えませんし。それでは、私はこれにて失礼しますね」
「む? 神様くらいにしかって……」

 神様が消えた頃、クァイデの軍勢がマリアの前に到着した。アルバ先遣隊の隊長……アルバが軽く頭を下げてから言う。

「勝手ながら邪魔させてもらった。この者たちは、アルバ先遣隊の名の下に集った有志だ」

 見渡すほどの群れを改めて見たマリアは柄にも無く引きつった笑みで返した。

「た、大したものだな。ハテノチのためによくここまで……」

 アルバはマリアの背後を睨みつけて訊く。

「……して、奴らがこの世界を脅かす愚か者か」

 アルバに睨まれたダンは肩を跳ねさせてヌルの背中に隠れる。そこから顔を出すと指をさして声を上げた。

「な、なぜ世界力八位のクァイデがこんな弱小世界の味方をしているのですか!?」
「黙れ。隣のそいつは……そうか、お前たちはニームナの民だな」
「そ、そそそれがなんだというのです!」

 アルバがダンに向かって歩き出す。その後ろから、先遣隊の隊員もついていく。

「ニームナは世界力三十七位の誉れ高き世界。その世界を代表する人物がお前のような屑畜生だとはな」
「く、クズだと!? あなたに何が分かるのです! 当方はこの地の女性に、献身的な行いを――」

 ヌルの眼前に、瞳孔を開き切ったアルバの片目が据えていた。すぐ後ろには屈強な三人の男が拳を握って構えている。

「話はシアリ様から聞いた。クァイデを救った恩人を脅かし、あろうことか神様にまで手を出す始末……」
「か、神……ですと?」


 ヌルの顔面を片手で掴み上げたアルバは、軋むような音を立てながらその手に力を込める。
 その時、ダンが不敵な笑を零した。

「バーカ。当方がお前たちごときに怯えるわけがないでしょう?」

 ヌルの体内から駆動音が鳴り始める。その体は熱を帯び、アルバの手を高熱にさらした。さらにヌルはアルバにしがみついて全身を熱し始める。焼けるような音が接触面から漏れ出ている。
 ダンは引き笑いでその様子を眺めているが、アルバは平然とした面持ちで。

「何がしたい、貴様」
「え……あ、熱くないのですか? 八千度は超えているはずなのですが……」

 そこで、ミィの平手がヌルの肩に張り付く。硬い音を立てて衝突した手の指は、張り付いたままあらゆる方向に折れ曲がって伸びていく。それは蛇のようにヌルの身体を取り巻いた。
 軋むような音を立てながら、五匹の蛇がヌルの体躯を締め付け始める。アルバは開放されて、今度はヌルが拘束された状態。

「ぬ、ヌルよ! 何を遊んでいるのです! 早くこやつらを始末しなさい!」
「かしこまりました」

 動きかけたヌルの腕は、さらに締め付けてくる蛇に抑え込まれ。それは複雑な構造をしている鉄の身体を縫って体内に侵入する。

「蛇の章……【四面楚歌】」

 その瞬間、ヌルの身体から空に向けて五本の蛇が頭を突き出した。

「なっ……ヌルが……」

 動かなくなったヌルを見て狼狽しているダン。彼を掴みあげたのはシウ。ダンの頬に軽くビンタをしたかのように見えたが、それは首を曲げて爽快に吹き飛んでいく。
 転がり終えたダンはすぐにひざまずくような格好で声を上げる。

「と、取引をしましょう! どうです? 当方が献身的に作りあげた女性をお譲りしますよぅ?」

 シウは歩み寄って、跪くダンの顔を握る。

「う、嘘をつくつもりは無かったのです! 確かにその女性とは最近産まれた我が娘で、使えるようになるにはまだまだ時間がかかりますが……」

 ダンを簡単に掴みあげたシウの片手には強く力が込められていた。シウの手を掴んで浮いた足をばたつかせるダンだが、腕の体積を比較するとあまりにも無謀な抵抗に思えた。

「わ、分かりました! あなたの世界に住む女性を、我々が献身的に、ひたむきに慰めましょうぞ! これほど譲渡しているのですよ! 何が不満なのですかな!?」

 地面に叩きつけられたのはダン。目玉が飛び出るのではないかといえるほどに、割れた地面と手の間で酷く歪んだ顔をしている。

「ゴヘァっ……ゴポ……」

 シウは離さず、再びダンを掴みあげる格好。

「や、やめ……」
「献身的に、貴様をあの世へと送ってやろう」

 また叩きつけられようとしていた時、ダンが不敵に微笑む。

「い……いいのですかな?」
「何が言いたい」
「仲間を助けなくても……ということです」

 力なく指先で示されたのはシウの背後。すぐそこにはヌルが立っていて、さらにその背後では肉片が海のように溜まっていた。

「なっ……」
「ヌルよ、この者を殺しなさい」
「かしこまりました」

 瞬間、シウの体躯が盛大に空へ舞う。しかし太い両足は未だ地面に立っている。
 シウの上半身が、突き上げられた拳で空を舞った。数秒後にそれは生々しい音で着地する。まだ意識のある彼の視界に映ったのは、ヌルの股の先に見える先遣隊の体躯。それらは立ち上がった。いずれも無事とはいえる格好ではないが、削ぎ落とされた部分はない。最も、その者たちの背後では多くの肉片が寝そべっている状態だが。
 
「ひひひっ。当方に盾突くからこうなるのですよ。残りは五十万……といった所でしょうか。遠慮はいりません、この者たちも殺してさしあげなさい、ヌルよ」
「かしこまりました」

 その時、空が閃光する。

「ぐぬっ……何ですか!」
 
 目を覆ったダンとヌルが次に視界を開けた時には、そこにシウの体躯は無かった。先ほどまで目の前にいた五十万人ほどの者は遠く距離をとっていた。閃光を放ったのはシェミルで、彼女は空を飛んで退避した群れに合流する。

「目眩しとは、小癪こしゃくな奴らめ…………ん?」

 上半身を飛ばされたはずのシウのそれが、見る見るうちに下半身と繋がっていく。その光景に、ダンは怪訝な目を向けた。

「何という治癒能力。あの小娘……ただのペタンコではなかったのですね……?」

 肉片と化した者たちの治癒は叶わなかったようだが、手負いの者の傷はすぐに癒えていく。
 健全状態に復帰したアルバ先遣隊が、五十万の先頭で二人を見据えている。すぐ後ろにはマリア、ソール、ターシャ、レラ、シェミルが無事に立っていた。
 その光景に、ダンは髭を摘みながら呟く。

「なるほど……まとめて殺して欲しいということですな? ヌルよ、最大出力を以て焼き付くしなさい」
「確認。女性を巻き込む確率は百パーセントです。それでもよろしいでしょうか」

 今し方、防壁の方へ飛んで行ったターシャとシェミルを見たダンは言う。

「優秀な癒術師に……美貌の女性……今回はこの二人で我慢するとしましょう。……いいですよヌル。あの者たちを焼き払いなさい」
「かしこまりました」

 距離にして百メートル。その間を詰めることなく、ヌルは両手を広げて駆動音を発し、その体躯を熱で以て真っ赤に染めた。
 
「出力最大」

 駆動音は耳を塞ぎたくなるほどに騒々しく、ヌルの全身その隙間という隙間から煙が上がる。
 両手の平と胸に埋め込まれた赤い玉が前方に向けられ、強烈な光を発し始めた。
 近くにいたダンは熱気に飛び跳ねて慌ててヌルから距離をとる。彼はヌルの見様に満足気に頷いて呟く。

「ぬふふ……これは素晴らしい。ヌルの最大出力は何のためにあるのかと思っていましたが……なるほど、腹立たしい愚か者どもを献身的に焼き払ってさしあげるためのものでありましたか」

 身体のあらゆる所が蓋のように開き始めたのは、熱を逃がすためだろうか。異常な駆動音や濃く立ちのぼる煙からして、ヌルに大きな負担がかかっていることは明白。

 その様子を見ているハテノチ側といえば、アルバ先遣隊とソールが展開する気休め程度の防御魔法に守られていた。
 マリアがソールに訊く。

「アレが放たれた時、我々が助かる可能性は?」
「……ゼロに等しい。俺の魔力を遥かに超えている」

 今はソールの全力で防御魔法が展開されているが、それにアルバ先遣隊の防御魔法が加わってもこちらが助かる可能性は無いという。
 マリアの指示で、ターシャとシェミルは防壁に埋まっているイブソルニアを救出しに行った。僅かにも勝率をあげる策とすれば、彼女を復帰させる他なかった。もちろんターシャがここからいなくなれば、傷の治癒をできる者などいないし、また誰かの腕が千切れようものなら手負いのまま戦うことになる。しかし今となってはその心配もない。アレが放たれた時、こちらは跡形もなく消し飛ぶと予想されているのだから。
 バタバタと騒ぎ出したのはレラ。

「んもう! 嶺二ったら何をしていますの!? ちんたらちんたらと!」
「レラ、すまないが嶺二は来ない」
「え……?」

 唖然としたのはレラだけではない。嶺二を知る者全員が一様な表情をマリアに向けている。

「どど、どういうことですのマリア? あなたにしては面白くない冗談ですわ……」
「冗談ではない。嶺二は目的を達成できたようだが、神様はその状態の彼を転移できないらしいのだ。あまりにも強くなりすぎて……という苦し紛れの理由でな」

 恨めしく神様の笑顔を思い浮かべるマリア。こちら側が壊滅してもおかしくは無い状況で、神様が依然として冷静な態度を維持していた理由は分かっていた。
 マリアたちが居なくなっても、ハテノチには彼らが残るから。神様からすればマリアたちもその敵も、自分の世界で暮らすただの住人なのだ。

「そ、そんな……じゃあ私たち」

 マリアは空を見上げて、まるで見えない者に話しかけているかのような遠い目で言った。

「考えろ……何か手はあるはずだ」

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