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第三章 ハテノチ統一へ

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 翌朝。嶺二が目を覚ますと、その表情を戦慄に染めた。

「何者だお前ら……?」

 マリアとレラ、そしてシェミルに向けられた剣の切っ先は、日光に照らされて輝いている。
 身軽な格好をした、見るからに屈強な体躯の男三人が彼女らを拘束していた。
 さらにもう一人の眼帯をした男が、横になったままの嶺二に歩み寄って剣を突き出して言う。

「我々は三十ヶ国連合軍のアルバ先遣隊。俺は隊長のアルバだ。お前たちは?」

 嶺二は状況を理解したように、立ち上がってその表情を戦慄から冷静なものに変えて答えた。

「俺たちは『嶺二と愉快な仲間たち探検隊』。俺は隊長の嶺二だ」

 石が飛んでくる。キャッチすると、飛んできた方向には投げ放った格好のマリア。

「おいマリア、大人しくしてろよ。こいつらは……」
「お前を隊長にした覚えはない。しゃしゃるな小僧」

 剣を向けられていながらも、のんきにツッコミを入れるマリアの度胸は大したものだがやはり。

「動くな」
「ぐっ……」

 マリアが腕を掴まれ、首筋に切っ先が当たると。

「…………おい」
「お前たちもだ! 下手な動きをすると躊躇なく斬………なっ………」

 嶺二はいつの間にか、その男の眼前に立っていた。
 横を通過されたであろう、先ほど嶺二に歩み寄った男は呟く。

「……なるほどな」

 剣の半身が空へ舞った。それと同時に後ずさった男がマリアを投げるように解放すると、嶺二が片腕で抱くように受け止める。そしてレラとシェミルを拘束している男たちに視線を渡らせて言った。

「十数えるうちにそいつらを放さねぇと……ぶっ飛ばす」

 しかし戦力的に四対一。人数的にも、体格を見ても嶺二に分があるとは思えない。
 ボーっとした顔のシェミルに剣を向けている男が、やはりそこをついてくる。

「お前一人に何が出来る? 我々の条件を飲めばこの者たちを解放してやろう。お前も死にたくはないだろう」
「十……」

 聞く耳を持たずカウントダウンを始めた嶺二に、男は眉間を寄せて。

「我々を侮っているようだな。剣ひとつ折った程度で自信を得たのか? バカバカしい」
「九……」

 レラの首から、一筋の血が流れた時。

「……ゼロ」

 残りのカウントはどこへ行ったのか。そんな疑問を発している余裕など無いままに、男二人が地面へ埋まった。

「ぐはっ!」
「何事だ……」

 まるで下から引っ張られたように足を埋めた彼らは、次に空へ投げ出され。
 微動だにしていなかった嶺二は手を挙げて彼女に言った。

「よっ、ユミコ。朝から元気だな」

 蒼い頭髪の女性はユミコ。空へ投げ出された男たちが、空中で浮遊すると彼女は嶺二に向く。

「嶺二。あいつらは敵か?」
「そうみてぇだな。……にしても、モーニング奇襲たぁ斬新――」

 言い切る前に、嶺二の顔面が砂埃に覆われた。

「ユミコ!?」

 一直線に空の男たち目掛けて飛んでいくユミコは、拳を引いて一撃。

「……喰らえ。なんか倒すパンチ」

 気の抜けた声と同時に轟音を鳴り響く一撃は、男の防御した腕に命中した。

「げ……マジかよ」

 狼狽する嶺二の視界には、飛びも砕けもしないでユミコの拳を受け止める男の姿が映っている。

「中々の腕力だ。しかし!」

 男の直下地面が弾けた時、既に彼の眼前にユミコの姿はない。

「………………」

 砂煙の中から立ち上がったのはユミコ。上を見据えて膝を曲げた時。マリアが嶺二に向かってボソッと口を動かして何かを伝えると、嶺二は慌てたように手を振る。

「タンマタンマ! 待ってくれユミコ!」
「オーケーだ。どれくらい待てばいい?」
「ずっと待て!」
「オーケーだ」

 ホッと息を吐いた嶺二は、マリアを見て訊く。

「……んで? この状況でユミコを止めさせてどうするつもりだ?」
「決まっている。交渉をするのだ」
「交渉? ああ、そうか……!」

 嶺二たちは本来、このような者たちと同盟を結ぶために都を出たのだ。
 とはいえ、嶺二はレラとシェミル、ユミコと合流するまで警戒を解かずに彼らを見張っていた。
 さらに前方に一人、背後にもう一人いるのだが、それも含めて、こちらから仕掛けなければ攻撃する意思はないように思える。
 嶺二たちから敵意が消えたことを確認した男二人は地上へ降り、彼らに歩み寄った。
 ハテノチの五人を囲むように集結した四人に対して口を開いたのはマリア。本を開いて言う。

「我々はこの世界……ハテノチに住む者だ。先遣隊隊長のアルバといったか。お前たちはどこからやってきた?」

 その眼帯の男アルバが答える。

「世界力八位……『クァイデ』を郷としている」
「八位っ……」

 世界力とは、その世界の繁栄度を表すもの。あらゆる産物が世界力となって、それが順位付けされているのだ。

「世界力八位だぁ? 何か引っかかるワードだな」

 嶺二は頭をかいて考えるが、その答えを先に発したのはマリア。

「世界力八位ということは……お前たちの世界の神が、この戦争を決行した神々の一柱なのだな」
「その通りだ」

 そのことは神様から聞かされている。世界力上位八世界が、この異世界衝突を始める決定権を握っているのだと。

「しかし勘違いをしないでほしい。我々の神……シアリ様は決して好戦的なお方ではない」

 クァイデの神はシアリという名前らしい。
 アルバの言い様だと、その神シアリが異世界衝突に賛成したとは捉え難い。

「……なるほど。少数派となってしまったわけか」

 決定権を持つ神の中で、戦争反対の意思を持っている者がいてもこの戦争は勃発した……となれば、概ね多数決で決まったのだと予想するのが妥当だろう。

 一瞬の間を置いて、アルバが切り出した。

「改めて、俺の名はアルバ。そして、右腕に猪の刺青をいれた男はシシ。牛の刺青の男はシウ。蛇の刺青をいれたこいつはミィだ」

 メンバーの紹介をしたアルバは、最後にミィの頭に手を置いて言い終える。
 それに対しマリアは、顎に手を当てて考える素振りをした後、胸に手を置いて返した。

「私は策士のマリア。こちらは錬金術師のレラ、魔族のシェミルに、ゴーレムのユミコだ。これは私の推測だが、どうやらお前たちは――」
「ちと待ったぁぁぁぁい!」

 嶺二がつまずくように間に入って、マリアに向くと自分を指さす。

「誰かさんを忘れちゃいねぇか?」

 まるで英雄でも気取っているかのように得意げに現れた嶺二だが、マリアはそれに構わず続けた。

「どうやらお前たちは、何やら急いでいるようだな?」
「察せるか。策士マリアよ」

 無視された嶺二は、四つん這いになってわざとらしく落ち込んでみせるも、その背中にマリアの片足が乗る。

「唐突に自己紹介をされてはそうとも思える。それに、お前たちに好戦的な態度は見られなかった。…………最初に嶺二を拘束しなかったところも考えると、まさかお前たちの目的は……」

 気づいたように言うマリアに、アルバは先に答えた。

「恐らく察しの通り。最も武力に長けていると思われる……嶺二と手合わせをしてみたかったのだ」
「やはりか……しかしなぜ嶺二と?」

 そう言ったマリアの視線はユミコに向けられている。彼らは嶺二と戦ってみたかったと言っているようだが、ユミコではないのか。

「我々アルバ先遣隊は、己と相手の力を比較する能力に長けている。最もこの俺に近しい力を持っているのは嶺二なのだ。ユミコもかなりの力を持っているようだが、彼はその数段上を行っている」

 ガバッと立ち上がったのは嶺二。

「ったりめぇよ! 俺が世界最強の嶺二様だっつーことは、既に周知の事実――ブニュァ!!?」

 背後からマリアの右手で顔面を鷲掴みにされ、変な声を上げた。

「なるほど、お前たちの目ではそのように見えるか。面白い、実は我々も、彼の本気をまだ見たことがなかったのだ。いい事を聞いた」

 マリアがそんなことを言うが、今までの嶺二が本気でなかったとするならば、その本気は一体どれほどのものになってしまうのか。現に彼はユミコと戦った時、勝ち目の薄い発言をしていたのだが、アルバによるとその数段強いという。

「ぶはっ! その手を離しやがれこのゴリラ女! 俺が最強だってこと、疑ってんなら証明してやるよ!」
「手は既に離しているし疑ってなどいない。…………ゴリラ女と言ったか?」

 ギリッと鋭い視線を向けられた嶺二は、即座に振り返ってアルバに向いた。

「ってことでアルバ! ……俺と勝負しろよ」
「何……?」

 真剣な嶺二の視線は、真っ直ぐにアルバを見据えている。

「この俺と戦ってみたかったんだろ? いいぜ?」
「その必要はない。ユミコの戦闘を見たことにより、嶺二の強さは詳細に把握することが出来た」
「あ? ビビってんのか?」

 そこで、嶺二の肩に手が乗った。

「そこまでだ嶺二。彼らは私たちに敵意がない。わざわざ拳を交える必要はないだろう。そんなことよりも、彼らはさらに重要な件を懐に抱えているようだ」
「そんなことだと!? マリア、お前は聞いてなかったのか? こいつ、俺の力を『自分に近しい力』とか言ってやがったんだぞ!」

 嶺二の力は、アルバのそれに近しい……その言葉を嶺二は、自分がアルバに及ばないということだと受け取ったのだろう。
 マリアが返す。

「お前の言いたいことは分かる。しかしそれは事実だろう」

 ゆっくりとマリアに向いた嶺二は口角を震わせながら。

「何……だとてめぇ?」
「先ほどユミコの一撃を受け止めたのは、確かシウ。その男だ。それでいて怪我ひとつない。アルバの下につく彼がこれだ、例えお前がその数段上を行っていようとも、彼にはかなうまい」

 都で一番の戦力を誇る嶺二のことを、あっさりアルバのそれ以下であると認めてしまったマリア。嶺二はもちろん納得しないだろう。

「なら、今ここでやってやるよ……………おいコラてめぇ! 俺と勝負し――」

 振り返った嶺二の口は誰に塞がれた訳でもなく、そこで止まった。
 その、瞳を見据えて。

「こいつ……」

 嶺二を見据えるアルバの瞳は、彼の口を一瞬にして塞いで見せた。

「満足したか嶺二。さっさとそこをどけ」

 嶺二は後ずさるようにして、ずっとその様子を見ていたレラ、シェミル、ユミコのところまで下がる。

「ちっ……」
「……嶺二、だいじょうぶ?」
「え? ……お、おう! ちょっとションベンしたくなっただけだ……あはは」

 ズリュ! と嶺二の召し物が勢い良く降ろされた。

「きゃぁぁ!」

 悲鳴を上げたのはレラ。顔を両手で覆いながらも指の隙間からチラと見ている。

「シェミルさん? 何してんの」
「……だって、おしっこ」
「バッカお前! だからといって急にパンツ下ろすやつがあるか! ユミコも穴掘らなくていいんだっつの!」
「何でもいいから早く上げなさいよ!」
「ったく……」

 こうしている間に、マリアは先遣隊の者たちと話を進めていたようだ。
 嶺二がズボンを上げた頃、マリアと先遣隊がこちらを向くと皆の視線がそこへ集まる。

「ん? なんだお前ら、真剣な顔して……」

 マリアは本を開いて言った。

「これより、クァイデへ突入する」

 初めて聞いた一同は唖然と口を開ける。

「……今、なんつった?」
「クァイデへ突入すると言ったのだ」
「ちょっと待ってくださいまし! クァイデって、彼らの世界ですわよね? どうして急に?」
「理由は簡単。ハテノチとクァイデは同盟を結ぶことになったからだ」
「同盟って……ですから、あなたはそれをどうやって……」

 急な計画の次に急な同盟……頭を抱えるレラとは対照的に、嶺二は落ち着いて。

「レラは乳デケェんだから黙ってろ。……んで? 同盟相手の世界に乗り込むって――」
「へんたい!」
「……乗り込むってことは、何かヤバいことになってるって解釈でいいのか?」

 レラが歯ぎしりして嶺二を睨んでいるが、嶺二とマリアはそれに構うことなく。
 マリアが答える。

「その通りだ。クァイデは今、壊滅の危機に晒されている。彼ら先遣隊は元より、侵略目的でここへやって来たのではなく、我々と同じく同盟を結ばんと現れたのだ。こちらからすれば願ってもない話。今の我々にとって、同盟を求められては断る理由がない。」

 嶺二は頭をかきながら言い返した。

「えっと……つまり俺たちはクァイデに行って何をすればいいんだ?」
「簡単な事だ。クァイデの敵を殲滅すれば良い」

 拳を握った嶺二は口角をあげて嬉しそうに。

「来た来た来た……! んで、敵は何人いるんだよ?」
「一人だ」
「は?」
「……………一人だ」
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