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第三章 ハテノチ統一へ
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しおりを挟む誰も現れず、何も起こらず……ただ空は闇に包まれていた。音も立てずに光る星たちは、ひたすら歩き続ける嶺二たちのことを、まるでこの先に何も無いことが分かっているかのように嘲笑っているとさえ思える。
「……」
甲都を出てからというもの、神竜やゴーレムと戦うことはあったにせよ、欲するものは欠片すらも姿を現すことなく……。その代わりに、後者は心強い味方となったわけだが。
「今日はここまでとする」
マリアの声で、安心したようにため息混じりの言葉を発するのはレラ。
「つ、疲れましたわ……もう歩けませんの」
力なく地面に腰を下ろそうとした時。
「だぁらっしゃぁい!」
「ぎゃふっ!」
前方へ倒れ、顔面からの着地である。彼女が手をついて苛立ったように震えながら後方を見やると、そこにはしゃがみこむ嶺二の姿が。
「あんた……何してくれてんのよ……!」
「それはこっちのセリフだ。……ったく、危ないところだったぜ」
「え?」
嶺二の視線は地面。ちょうどレラが座ろうとしていた場所。シェミルとユミコも彼に倣ってしゃがみこむと、一様にそこをじーっと見つめた。
「もう……一体何があるっていうのよ」
同じ格好で地面を見つめる三人に、レラはため息をついて立ち上がるとその視線の先を見下ろす。
「ん~? 暗くてよく見えないわね……」
レラは眉間を寄せてしゃがんだ。
「……」
こうして四人、同じ格好で一点を眺める光景となってしまったが、その様子を見ていたマリアは察したのか本を開く。
「その生物に名前を付けよう」
そう、彼らが見ているのは生物。物珍しそうに四人に囲まれているのは一匹の虫であり、見た目は蟻のようだ。しかし歩き方は特徴的で、ぴょんぴょんと跳ねながら移動している。
「蟻……ですわね」
「ふむ……しかし今後、蟻にもいくつかの種類が現れることだろう。この種はイチバンアリと名付けよう」
最初に見つけた蟻だから、イチバンアリなのだろうか。
「おいコラ。テキトーに名前つけてんじゃねぇよ」
「黙れ」
この世界で蟻が発見された瞬間だが、彼らはここまでの道中にも数種類の生物を発見してきた。鳥や蝶、ミミズなど……。しかしどれも群れで現れることはなく、この蟻のようにただ一匹で行動している。
「前から思ってたんだけど、嶺二って変な生き物が好きよねぇ?」
前から発された声に、嶺二は顔を上げて一言。
「何が言いたい」
「ドロビィもそうでしょう? 誰が見ても明らかに変な生き物ですわ。この蟻だって、歩かずに跳ねているだけで全く前に進めてないんですもの。変でしょ?」
じとーっと見つめる嶺二。きょとんと丸い目のレラ。
「変って言うんじゃねぇ。ブサイクと言え」
「それはいいのね……よくわからないけど」
そう言うとレラは立ち上がって、指先を返すと光の粒を生成した。それと同時に嶺二も張り切ったように立ち上がる。
「うお、出た出た! レラの錬金術! 何を作るんだ? 大砲か? 城か?」
「こたつ」
「は?」
ぱふ……とそれは現れた。
テーブルから布団が生えたようなそれは、嶺二にとっても見覚えのあるもの。
「おいレラ。何でこんなもの作ったんだよ」
「仕方ないでしょ? この先のことも考えて、魔石は節約したいのよ」
「でも、レイバルドの魔石がありゃ余裕なんじゃ……」
「ユミコに全て使ってしまいましたわ。こればかりは私のミスでしてよ。責めたければ責めなさい」
言葉に詰まる嶺二の横を通過したのはシェミル。炬燵に潜りこんだ。
「シェミル、何してんだ?」
彼女は炬燵から頭だけを出して一言。
「……魔力を供給した」
レラが作ったものを動作させるには、魔力の供給が必要となる。それは今までソールの役目であったが、彼の血を濃く継いだシェミルも同じことができるのだ。
「なるほどな……ってことは」
嶺二も炬燵から頭だけ出す格好になり、目を細める。
「久しぶりの感覚だぜ……。まぁ、外はそんなに寒くねぇんだけどな」
しかし炬燵というものには不思議な力でも宿っているのか、その心地良さはゴーレムにも分かるらしい。
「嶺二。これすげぇな」
「だろ? 俺の故郷にもあったが、一度入ると抜け出せなくなっちまうんだ」
三人揃って炬燵から頭だけ出す様となるが、先のように言いつつもユミコの表情は気持ちよさそうには見えない。
だが嶺二とシェミルは、だらしなく目尻を垂れて今にも眠ってしまいそうだ。
「ん……これは」
と、美味しそうな香りに身を起こしたのは嶺二。テーブルの上に置いてあるものを見るなり、思い出したようにその腹が鳴る。
「おお! 飯だ! レラのガッツリ男飯は俺の中で定評があんだよな!」
最後の一品を生成し終えたレラは、褒められていながらも頬を膨らませた。
「ガッツリとか、男飯だとか言われるとちょっと……女の子としてはアレなのですわっ」
「女の子……? ああオーケーオーケー! なるほどな!」
キッと睨みつけられた嶺二は理解していないような顔でそんなことを言う。
「では、食事にしよう」
「んじゃ、いっただきまーす!」
マリアとレラが炬燵に足を潜らせると、皆は合掌して食事を始めた。
肉厚なステーキにフォークを刺した嶺二は、その体勢で固まったまま対面のマリアを怪訝な目で見つめる。
「おい……マリア」
「む? 何だ」
「それって……」
マリアの手には一升瓶が握られている。
「酒か?」
「ああ。お前も飲むか?」
「飲まねぇよ!」
一升瓶を見せつけ勧めてくるマリアだが、断られるとコップに注いでひと口。
「ふぅ……相変わらずレラの作る酒は美味いな」
「ふふっ。そう言っていただけると嬉しいですわ」
嶺二はその様子を警戒するように見張っているが、フォークに刺していた肉はその隙に横からシェミルに齧られている。
「暴れるなよマリア」
「誰に言っている。私は酒豪だぞ、そんな不躾な真似をするはずが無いだろう」
「よく言うぜ」
言ったあと、噛んだフォークは硬かった。再びフォークで肉を刺したところで、マリアはさらに酒を注いでいる。
「ペースが早いんだっつの。それ日本酒だろ? 親父がよく飲んでたから分かるが、一度にそんな大量を流し込むもんじゃねぇぞ」
「日本酒……だと? この本に描いてみろ」
「げっ……」
「早く」
余計なことを言ってしまったと、嶺二は後悔しながらも眼前に広げられた本に日本酒をイメージする。
「……これでいいか? 言っとくが、その酒と味はほぼ変わんねぇからな」
マリアに無理やり飲まされた記憶と、日本にいた頃の正月に無理やり飲まされた記憶とが重なって脳裏に浮かぶ。
嶺二が言い足す間に酒は完成しており、コップに注がれた。
「お前の国の酒を、私が吟味してやろう」
水に薄めるでもなく、コップ一杯に注いだ日本酒をマリアは一気に喉に流し込む。
それを見ている嶺二は歯を食いしばって苦い顔。
トン……とコップが置かれると。
「ふぅ……中々に美味だ。しかし変わった味だな……原料は何だ?」
「知らねぇよ、酒なんてどれも似たようなもんだろ。…………ん?」
マリアはどこか遠い目をしたまま固まってしまった。
「お、おいマリア?」
「どうしましたの?」
じーっと明後日の方向を見据えているマリアに、嶺二とレラが心配そうに声をかけるが無言。
「っ……」
まさかと思った嶺二は、空いた皿を眼前に構えて防御の姿勢。
今度はマリア、眉間を寄せて戦慄とした表情で口を開いた。
「来るぞ」
その視線は嶺二の後方。嫌な予感に全員が視線を空へ移す。
「もはや、後へは引き返せん」
振り返った嶺二の目に映るのは星の輝く夜空。
何かがいるのだとしたら……嶺二がシェミルの方を見た瞬間だった。
「――ガァァァァァァァア!」
「なっ…………」
咆哮と共に、嶺二の頭が飲み込まれる。
「きゃぁぁぁぁ!」
レラは悲鳴を上げてその場から距離を取ると、鼻を押さえた。
「……」
沈黙。
破ったのは嶺二。
「ははは……親父に言われたことがことがあるぜ。日本酒は気づいたら引き返せなくなってるから気をつけろってな……?」
炬燵は空へ飛んで行った。
「てめぇはいちいち俺にゲロぶっかけねぇと気が済まねぇのかコラァァァァァ!」
嶺二は両腕を上げたまま、マリアを睨みつけるが。
「……」
時折、唸りながらも眠りについていた。
「こ……の……女ァ……! ――バブっ!」
今度から横から水をかけられる。
バケツの口を向けているのは苦笑いのレラ。
「レラ、お前まで!」
「洗い流してさしあげたのですわ! ……ほら、これに着替えてくださいまし」
嶺二が着ているものと同じ服を生成したレラが、それを渡そうとした時。
「だぁぁぁぁあ!」
嶺二が大声を出すと彼の着ている服は破裂。真っ裸になった。
「いやぁぁぁぁぁあ!」
ビンタ、というより殴打。
「ゴハァァァァァア!」
ぱたりと倒れた嶺二の体に、着替えの服が投げ落とされる。
「バカ! もう寝る!」
レラはそう言うと、人数分の布団を生成して、自分の布団だけを敷くと不貞腐れるように潜り込んだ。
「ったく……何で俺が怒られなきゃならねぇんだ」
嶺二は小言を漏らしながら、新しい服に着替える。
レラは背中を向けて寝ているし、マリアは見ての通り。シェミルとユミコが何故か睨み合う中で、嶺二は布団を敷き始めた。
「俺達も寝ようぜ? 今日は歩きっぱなしだったんだ、なんか精神的に疲れちまったよ」
シェミルとユミコは嶺二に倣って各々布団を敷くと、嶺二の布団に入る。
「……おやすみ、嶺二」
「おやすみだぜ、嶺二」
「おう…………」
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