ヴァルキリーレイズ

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第一笑(オーディン編)

20 : ダンジョンの最奥

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 サイラから少し離れた場所に、そのダンジョンの入口はあった。だが簡単には入らせてくれそうにない。

「確かに、これじゃ行商人も困っちゃうな」

 周辺ではダンジョンから出てきたモンスターが徘徊していた。
 どれも小型で強そうには見えないが、これを始末するとなると、時間がかかりそうだ。

「まずはこいつらを片付けちゃいましょう」

 ダガーを抜くネーシャ。同時にテシリーも弓を構える。

「私がおよそ一掃しよう……アローレイン!」

 空に向かって放たれた光り輝く一本の矢。頂点でそれは弾け、無数の矢となって地に降り注いだ。

「おお……」

 蹂躙されるモンスター。残ったのは無数の死骸と一本の矢。まだ残党がちらほらいるようだが、あとは地道に倒していくとしよう。

「ソードラッシュ!」
「グベェェ……」

 ダガーの切っ先が、ゴブリンを貫く。

「よし!」

 初めてスキルでモンスターを倒したぞ。初級モンスターとはいえ、何だか嬉しいな。

「ぃよっ! ほっ! それぃ!」

 ネーシャは華麗に舞うようにモンスター達を倒しているが、俺もいつかはあんな風になれるのだろうか。劣等感よりも、期待が勝っていた。
 数分が経った頃。

「一通り終わったみたいね」

 周辺のモンスターは狩りつくせたらしい。

「またダンジョンからモンスターが出てくる前に、早いところ入らないとな」
「よし、ならば行くとしよう!」

 俺たちはダンジョンへと足を踏み入れた。
 この時の俺は、何故かミカンの腑に落ちない表情に意識を向けることはなかった。
 ダンジョンの始まり、土の壁には照明が設置され、視界は良好。さすがは周回されているダンジョンだ、歩きやすく整備されていた。

「ネーシャやテシリーはここに来たことがあるのか?」
「ないわよ。私は英才教育を受けてたのよ? こんなんじゃ物足りないわ」
「同じく。やはり最低でもギガ級のモンスターがいる所でなければ入ろうとも思わないな」

 おっと忘れていた。こいつらは中身ポンコツだが、ネーシャは元デルタのメンバーで、テシリーは現役だ。彼女たちのような天才肌にこんな初級ダンジョンは眼中にも無かったことだろう。
 しばらく歩く。

「それにしても、ダンジョン内は静かだな」

 モンスターは一匹たりとも姿を現さない。何だろうか、外にいたモンスター達はまるで、何かに追い出されたか、逃げてきたかに思えた。

「階段があるわね?」
「行ってみよう」

 このダンジョンは何回層かに分かれているようだ。
 階段を下り、しばらく歩くとネーシャが足を止め、俺たちを手で制した。


「どうした?」
「何かいるわ」

 シーカーの察知スキルに反応があったのだろうか。視界は良いし、先には何もいないようにみえるが。

「たくさんいるのにゃ」

 シャミーも何かを感じ取っているらしい。たくさんってことは、敵?

「ん? 何か聞こえる?」

 ――ドドドドド……!

 無数の足音、それは走っているようで……と気づいた時には数多のモンスターがこちらに向かって走ってきていた。

「うおぉ!!? 何じゃありゃ!」
「落ち着け、大群だ」
「ネーシャ! テシリー! 何とかしてくれ!」

 さして慌てる様子もない二人は同時に構える。

「シャイニングアロー!」

 光の矢は一直線に、モンスター達を蹂躙。

「ライトニングブレード!」

 次に光の刃は残ったモンスター達の身体を半分に刻んだ。

「助かりました……ネーシャ様、テシリー様」

 ホラー耐性でもなければダンジョンの中で強面のモンスターと戦うなんて不可能だ。足がすくんでしまう。
 先に進むと、また階段……そしてまた……また。

「随分と大きなダンジョンみたいだな。あとどれくらい下ればいいんだ?」
「確かに、これだけ静かなダンジョンだと退屈ね……ショートカットしてみましょう」
「ショートカット?」

 裏道でもあるのか? いや、ネーシャはここに来たことがないし、そんなもの知ってるはずが……。

「ホール!!」

 ネーシャはダンジョンの地面に穴を開けた。

「おお……」

 覗いてみれば下の階層まで見える。

「よっと……ほら皆も早く来てー」

 飛び降りると、ネーシャは再びホールを使って穴を開ける。

「なんか、チート使ってる気分だ」
「チート? 何よそれ」

 何回か下った後。

「もう下は無いみたいね」

 どうやら最下層に到達したみたいだ。なんかずるい事をしたみたいで後ろめたい気持ちはあったが、ここまで歩いて来ていたらと思うとそれも緩和した。
 その瞬間。

――ドォォオオオオオン!!!

「なんだ!?」

 ダンジョンの軋みを感じるほどの轟音。どうやら本当にいるらしい、とてつもなく強いやつが。

「みな準備はいいか?」
「お、おう!」
「いつでも行けるわ!」

 今にもダンジョンを崩壊させそうな轟音に、俺たちは急いでその音を辿った。

「ここか!」

 堅固な扉がそこにあった。
 未だに続く轟音が鳴り響く度、扉の隙間から光が漏れていることがわかる。
 ここがダンジョンの最奥……眩い閃光の正体が棲む場所だ。
 弓を手に持つテシリー。

「いいか皆。初級ダンジョンとはいえ油断をしてはならない。この先にいる敵はかなり強い」
「マジかよ……やっぱり敵なのかよ!」

 まぁ、人の仲間がこんな場所にいる訳もないのだが。
 ミカンの力に関係するものでもないとなると本当に気が滅入る。まだそうと決まったわけではないが……いや、それはミカンに聞けば分かることじゃないか!

「ミカン! この先にお前の力は感じるか!?」
「感じない」
「デスヨネェ……」

 単純に化け物と戦いに来ただけかよ!
 ならもう帰ってもいいんじゃね? 無理して戦う必要なくね?

「それはダメだぞコウタ!」
「何も言ってねぇだろうが!?」
「これはクエストだ。一番の目的はその達成にある」

 ああ、そうか。嬢長がクエストカードにハンコを打ってたっけ。今更だけどこれ、クエストだったんだな。

「行くぞ皆!」

 テシリーがその扉を開ける。
 瞬間。

――ドォォオオオオオン!!!

 轟音と共に眩い閃光が目を突く。

「眩し……何なんだ!?」

 痛いほどに照る光に思わず目を覆う。
 沈黙を確認すると、目を開けて部屋の最奥を見やる。

「あれ、は……」

 宙に浮かぶ巨大な光の玉。それは電気を帯びているかのようにバリバリと音を立て、周囲には稲妻が迸っていた。
 その光の玉は次第に赤く、赤黒く、まるで玉の中でエネルギーを増殖させているかのように内側から染まっていく。
 赤黒く染まった玉が微動したかと思うと、とんでもない風圧に押される。

「ぐっ……! なんだよこれ! おいネーシャ! 不味いんじゃないのか!?」
「あれは……魔法ね!」
「魔法? ってことは誰かがこれを生み出してるってことか!?」
「みんな! あれを見ろ!」

 テシリーが指さす方向……赤黒く光る玉の下で、それは両手を天に向けて立っていた。

「はぁぁぁぁぁあ!!!!!」

 白いローブに身を包んだ長髪の女性。片目が隠れてしまうほどに前髪は長く、そして豊満な胸。
 ちょっと待て、アレって……。

「えーーい!!!!」

 目をぎゅっと閉じたソレはがむしゃらにこちらへ向けて手を振り下ろした。
 予想通り、赤黒い玉がこちらに向かって飛んでくる。

「ギャァァァア!!! こっちに来るぞぉぉお!!!」
「ぃよっ!」

 ネーシャは素早く跳んで逃げた。

「ネーシャてめぇ!!」
「死ぬなよ! ライバル!」

 テシリーも跳び去ってしまった。

「お前ら仲間を見捨てるなよ!! 一人は仲間のためにじゃなかったのか!?」

 でもワンチャン、シャミーだけは助けるからな! ……いない。
 あ……死ぬ。ありがとう母さん。

「畜生ぉぉお!!!!」

「こんなもの……」

 衝突する寸前、目の前で電撃が爆散するかのように迸る。厳密に言えばミカンの突き出された手の前で。

「っ……! ミカン!?」

 巨大なエネルギーの塊を片手で受け止めるミカン。何という力だ。

「これは裁きではない――サーガ・インテンション」

 何の衝撃もなく、その玉は散った。
 ミカンのやつ、本当にすごいな。

「ん?」
「むっ」

 また、彼女は小さくなっていました。
 ぶかぶかになってしまった服に埋まっているミカンに言う。

「まぁ、助かったよミカン。ありがとな」
「……おん」

 さて、と。

「ごめんなさ~い!! まさかここに人がやってくるだなんて思いもしなかったんです~!!」

 慌てて走ってこちらに向かってくる人物には、見覚えがあった。
 ソレは目の前までやってくると膝に手を着いて何回か息継ぎした後。

「ごめんなさい、お怪我は――ってぇぇえ!!?? こ、コウタさんじゃないですか!!」
「ああ、俺だよ? サラ、君は一体こんな所で何をしているんだい?」
「え、ええと……」

 最近、家に帰ってきていないと思ったらこんなところであんなものをぶちかまして遊んでいたのか。
 サラのことは悪く言いたくは無かったが……ポンコツに容赦はしない!

「お前のせいで! 街の冒険者から行商人まで迷惑してるんだよ! ダンジョンからモンスターが出てきてるってな!」
「ごめんなさいごめんなさい! 私、攻撃魔法の練習をしていたんです」
「攻撃魔法?」

 そういえばサラのやつ、杖をもっていない……それにさっき叫んでたエクプロージョンはソーサラーのスキルでも最上位魔法にあたるはず。
 ……殺気?

「久しぶりじゃねぇかコウタ」
「し、シオラもいたのか」

 ということは何だ? サラはシオラに攻撃魔法を教えてもらっていたのか? 

「あら、サラとシオラじゃない。何してるのこんなところで?」

 ネーシャのやつ、俺を見捨てておいて何食わぬ顔で現れやがったな。

「強い攻撃魔法を使えるようになりたいなと思いまして……少し前からここでシオラさんに教えていただいてたんです」

 今度はテシリーが呆れたような顔で。

「それはいいが、一言残して行ってくれ。心配してたんだぞ」

 とか言いながら、お前ぐっすりサラの部屋で寝てたけどな。サラを返してもらう! とか言ってのんきに俺にリベンジ仕掛けて来てたけどな。

「ごめんなさい。心配をかけてしまって……」

 それでも良かった。あんな魔法を放つのが敵じゃなくて。

「まぁ無事みたいで何よりだ。それでサラ、これからどうするんだ? 俺たちと一緒に帰るのか?」
「え、いいんですか?」
「ん? 当たり前だろ、いつモンスターに襲われるか分からないし、用事が済んだなら早く帰ろうぜー」
「は、はい!!」

 小走りで横につく笑顔のサラ。
 シオラの手が肩に乗る。

「たまには彼女のことを褒めてやってくれ」
「お? おう……」

 サラのやつ、ひょっとして役に立ててないと思って、こんなところでシオラに攻撃魔法を教えてもらっていたのか?
 全く、健気なやつだ。これだからサラのことは憎めないんだ。ネーシャやテシリーとは違ってな。

「サラ! これからも俺たちのことを支えてくれよな!」
「っ! ……はい!」

 というような、仲間との絆が深まった一節であったとさ。
 あれ、俺はサラ達に早く王都へ帰ってもらいたかったんじゃ。
 まぁいいか。
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