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第一笑(オーディン編)
8 : 予測の事態
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俺は殺気に満ちた師範級の弓術士……アーチャーを目の前にしていた。
「仲間を返してもらうためだ。容赦はしないぞ、シーカー」
彼女の名前はテシリー。王都直属の特殊部隊である「デルタ」というパーティのメンバーだ。もちろん俺はそのパーティの名前を知っている。他でもなく昨日のこと、俺達の仲間に加わったサラが所属していたパーティだ。デルタのメンバーは全員が師範級であり、俺なんかはその足下にも及ばない雑魚である。
そんな最強パーティの一人であるテシリーがサラを取り戻すため、王都から俺たちの家へとやってきたのだ。
昨日、ギガウルフを倒してからのことだが、その時の記憶を、こんな状況ではあるが思い返してみる。
◇
ギガウルフを倒した後、俺たちはギルドに戻って報酬をたんまりと貰った。
「サラのおかげで儲かったわね! 家に帰る前に鍛冶屋へ寄っていきましょうよ!」
ネーシャの提案に最初に頷いたのは俺。
「そうだな。この格好じゃ目立つし、冒険者っぽい装備が欲しいと思っていたところだ」
学校の制服だとギルドでは目立ってしまう。どこかの偉い人が来たのではないかと、緊張の視線を向けられるのだ。
「でもその服似合ってるじゃない。コウタ、何だか貴族みたいよ」
「そう思われるのが嫌なんだよ」
「でも心配しないで。今、あなたが冒険者の間でなんて呼ばれてるか知ってる?」
「ん?」
ギルドでパーティメンバー以外の冒険者とは話したことが無いはずだが、結構有名人なのか? 俺。
ニヤニヤと口元を歪めるネーシャ。
「ロリコンシーカー」
「……何だって?」
「ロリコ……」
「誰がロリコンシーカーだァァァ!! それ言ったやつ誰だ痛い目に合わせてやる……!」
頭を抱え叫ぶ俺の肩にネーシャの手が乗る。
「ぷぷぷー! まぁいいじゃない。おかげでシーカーの名が売れるんだから!」
「よくねぇよ! それにシーカー職がそんな名の売れ方してお前は納得出来るのか!?」
「知ってもらえればそれでいいのよ。今は」
シーカーって不人気なだけではなく、そもそも知名度が低いのか? 真剣に転職を考えてみるか。
「でも、確かに今のコウタの装備だと中々に打たれ弱いわよね。特別に私がシーカーっぽいカッコイイのを選んであげるわ!」
「そりゃどうも」
何だか決まりの悪い顔をしているミカンには敢えて触れずに、俺は先頭切って歩くネーシャの後に続いた。
街の中心に位置するギルドの横に、鍛冶屋はあった。
「らっしゃい!」
入るとスキンヘッドのごつい男が、カウンターからとてつもなく大きな声で迎えてくれる。
ネーシャは入るなり手を挙げて男に向かって行く。
「来たわよー」
「おおネーシャか! よく来てくれたな。今日は何を探しに来たんだ?」
「お金がたくさん手に入ったから、上等な装備を買おうと思ってね。それと、この人はコウタっていうんだけど、新人なの。装備を取り揃えてくれるかしら?」
ネーシャのやつ、俺の装備は自分で見繕ってあげるとか言ってなかったか。まぁいい、正直ネーシャよりも鍛冶屋の人に頼んだ方が安心だ。
「任せな! ……しかしネーシャ、随分と仲間が増えたみたいじゃねえか」
ネーシャの背後には俺、ミカン、シャミー、サラ。今までだとそこにはカミトモであるシャミーしかいなかったのだから、急増したメンバーに疑問を抱くのも当然だ。
「そうなのよ! しかもコウタはシーカーよ! それにサラは師範級のプリーストなんだから!」
「おお……そりゃすげぇ!」
ミカンのことを言わなかったのは、ネーシャなりの気遣いなのかもしれない。
「まさかネーシャに仲間が出来るなんてな! 今日はサービスするぜ!」
「あんがと! じゃあまずは私の武器から! ……ふふ、店に入った瞬間からこの目で捉えていたわよ……アレね」
ネーシャが見ているのは一層大切そうに飾られている二本のダガー。華美な見た目ではないがそれはむしろ洗練されていると言えるだろう。素人の俺からしてもそのフォルムに一切の無駄がないことが分かる。
「へへっ、やっぱりそう来たか。お前さんが欲しがるだろうと思って仕入れた品だ。だがそれはちぃとばかし値が張るぜ?」
「上等よ! それでおいくらなの?」
「そいつは……」
鍛冶屋を出て自宅へと帰る道中、新調したダガーを抱えたご機嫌麗しゅうネーシャが俺に一言。
「ごめんねコウタ? 私のために安い装備を買ってもらっちゃって」
俺は金属製の胸当てと、甲だけ硬い指ぬきグローブ、ダガーホルダー、ナイロンっぽい素材で作られた黒い長ズボン、そして革製のグリーヴを購入し、立派な冒険者の身なりとなっていた。
シャツは元々、スポーツ用のアンダーシャツを着用していた為、そのまま着用した。
「気にするな。高価な装備が欲しかったわけじゃないし、俺は満足してるから」
俺が強い装備を身につけたところで強いモンスターと戦えるわけじゃないし、そういうものは明らかに戦力となるネーシャに装備しておいてもらいたい。いつかおさがりが貰えるかもしれないし。
それにしても、ネーシャが買ったこのダガーの値段が十万ルーンとは驚いた。こんな値がつくもの、駆け出し冒険者が集まるこの街サイラで買える人なんてほとんどいないだろうし、しかもシーカー用の武器だ。本当に鍛冶屋のオジサンはネーシャのためにこの武器を仕入れたということだろう。
「ありがとコウタ。……お礼に私がさっきまで使ってた武器をあげるわね」
見慣れたダガーを受け取ると、自分が既に持っていたものをミカンに渡す。
「ん。私にこれを使えと?」
「ああ、武器があった方が戦いやすいだろ?」
「ポイ」
ミカンは武器を受け取るなり、即座に捨てた。
「酷くないか」
「私たちカミトモに武器など必要ない。シャミーも持っていないだろう?」
「ああ、確かに……何で?」
そこでネーシャ。
「カミトモは基本、戦闘に参加しないの。しちゃいけないってことは無いんだけれど、あくまでも冒険者の補佐役ということね」
「そうだったのか」
シャミーとミカンは俺のような駆け出し冒険者にそのノウハウを教えてくれるためにいたのか。
サラはカミトモをつれていないし、上級者になると必要がなくなるってことか?
そんな俺の視線で察したのか、サラが困り顔で笑う。
「実は私、冒険者ではないので……」
そうか、サラは王都直属の特殊部隊……だから冒険者のパートナーであるカミトモはつかないのか。
「でも元々は冒険者だったんだろ? 冒険者歴十二年って言ってたし、それに冒険免許証だって……」
「厳密に言うと、特殊部隊に入るための入隊訓練を始めた頃から今までの期間なんです。冒険免許証は、冒険者でなくても取得可能ですよ。私の場合、カミトモは選ばなかっただけです。ただギルドの恩恵を受けるために貰っておいたので」
ふむ。ギルドの恩恵というのは報酬が発生するクエストを受注できたり、カミトモを選べるといったところか。
にしても冒険者でないということはサラの年齢は分からないな。しかし女性に年齢を聞くというのもデリカシーに欠ける、それに必要かと聞かれればそうでもない。
「サラは何歳なんだ?」
やっぱり気になるの!
「えぇっと……」
モジモジするサラ。
「ちょっとコウタ! 女性に年齢を聞くなんてあなたにはデリカシーがないのかしら!」
「……」
ネーシャの責め立てにぐうの音も出ない。
「いいんです! 私は今年で二十三……になります」
ということは現在二十二歳か。俺の予測は当たっていたようだ。となると、サラは十歳の頃に入隊訓練を始めたということになるな。
「そうか」
「はぅ……」
何故か俯くサラ。
「あんたねぇ! 年齢聞き出しておいてそれはないでしょ!」
「それってなんだよ?」
「ほら、『若い!』とか『全然見えないぃ!』とかあるでしょ?」
「うーん」
サラの方を見ると、視線を逸らされる。
「サラってさ、何かこう、アレだよな。何て言うか……うん」
「はうぅぅぅ~……」
「この、バカコウタ!」
ミカンに助けてくれの視線を送るが、ぷいっとそっぽを向かれてしまう。
「わ、私はそれでもコウタのこと、嫌いになったりしないのにゃ!」
シャミー、なんていい子だ。
「今度魚釣りに連れて行ってやるからな」
「楽しみにしてるにゃ」
そんなこんなで、気がつけば家の前。
お疲れ様の食事中、俺はサラにあることを聞き出す。
「サラ。お前がいたデルタっていう特殊部隊について聞きたいんだが」
サラはきょとんとした顔で、まるでネーシャに意見を求めるかのように顔を向けた。最初に口を開いたのはネーシャ。
「バカじゃないの。特殊部隊なんだから機密事項に決まってるじゃない」
「お前には聞いていない」
しかしサラも同じことを思っているだろう。それに正式に引退した訳でもないし、ペラペラと話す訳にも話させる訳にもいかないか。
「でも、コウタさんはお仲間ですし……」
お? サラ。
「駄目よ、例えサラが引退したとしても駄目なものはダメ」
何だネーシャのやつ。街の誰もが知らない事を聞けるチャンスだっていうのに。しかもサラは初っ端、自分が特殊部隊に属していることを教えてくれたんだぞ? 急にこいつは何をいい子ぶって……。
「ということは、コウタさんは知らないんですか? ネーシャさんが……はっ」
サラの言葉を遮ったのはネーシャの鋭い視線。
「おいおい、隠し事はやめてくれよ。サラの特殊部隊のことはしょうがないけど、ネーシャは何を隠してるんだ」
ネーシャは面倒くさそうに頭をかいて「あーもう」と続ける。
「分かったわよ言うわよ。コウタとミカンも私に教えてくれたわけだし」
ミカンがヴァルキュリアであるという話の事だろう。
「私は――」
その時、訪問者を知らせる鐘が鳴り響いた。
「おっと、誰か来たようね」
決まり文句っぽいセリフを残して、ネーシャは玄関に向かった。
一口サイズに切ったじゃがいもをシャミーに食べさせていると。
「ちょっとあんた! 勝手に入らないでよ!」
玄関からネーシャの叫び声。
「何だ? 揉め事か?」
立ち上がる不安そうなサラの手を取った。
「大丈夫だよサラ。俺が何とかしてみせるさ」
「は、はぁ……」
カッコイイ、最強にカッコイイぞ俺!
こんな時くらい、頼ってもらわないと!
俺はリビングの戸をあけて叫んだ。
「どうしたネーシャ! 何かあったのか! タチの悪いセールスなら俺が逆に色々と売っぱらってやる! 宗教の勧誘なら俺を崇拝させてやる!」
目が合ったのはネーシャではなく緑色の短髪をした女性。瞳はエメラルドのように美しかった。
既に侵入されてんじゃねぇか。
「君は?」
何だかトゲのある口調だ。目つきもゴミを見るようなそれで……弓?
背負ってるソレは弓か? 職業的にアーチャーといったところだろうか。
「俺はコウタ。あなたは?」
「名乗る義理はない」
そのまま俺の横を通過しようとする彼女の肩を掴んで止めた。
「人に名前を聞いておいて自分だけ名乗らないなんて、エラいものだな」
「何だと?」
ネーシャが慌てて俺にすがり、女から距離を空けさせた。
「あはは~嫌ね~このモラハラ男は~ごめんなさいね~」
「誰がモラハラ男だ」
「ちょっと黙ってなさいよロリコンシーカー!」
「誰が――」
「シーカーだと?」
いや待てよ? ネーシャがこんなにも怖気ついているほどの相手だ。きっと冒険者の間でも有名な人物なのだろう。これに逆らえば弱肉強食のこの世界でどうなるか知りたくもない。口調だけでも改めた方がいいか。
咳払いをして、微笑み仕切り直す。
「お客様、どのようなご用件で?」
「仲間を返してもらう」
「……ン?」
今、仲間を返せと言ったのかこの人は。
あはは、そんなのもう、サラのことじゃないか。ということは彼女は王都直属の特殊部隊「デルタ」のメンバーに他ならないということになっちゃうな。あははははー。
「命だけは勘弁してください」
汗を充満ませた苦渋の表情で、命乞いをした。
「そうか、主犯はお前か……」
「ハ?」
「表へ出ろ」
「何で俺が……ごへっ!?」
胸ぐらを掴まれ、庭まで引きずられる。
彼女は俺を捨てるように投げると、弓を構えた。
「な、何のつもりだ?」
「決まっている。お前と決闘をするのだ」
「け、決闘……?」
戦うってことか? というよりも、サラを奪った俺に怒りをぶつけたいのか。
いやそもそもサラを攫ったのは俺じゃない!
「構えろ、シーカー」
未だ地面に尻を付けたまま手をつきだす。
「待ってくれ! 主犯は俺じゃ……」
いや待て、事実はそうでないにしろ仲間を売るなんてカッコ悪すぎるぞ俺!
仲間の罪を背負って戦う戦士……カッコイイじゃないか。
俺は立ち上がり、新調したダガーホルダーから師匠より譲り受けた第二号のダガーを抜く。
「いいぜ……? だがそんな装備で大丈夫か?」
サイレントステップしか使えない今の俺に、この師範級であろうアーチャーを倒すことは不可能。だが彼女の服装を見て閃いた。
「大丈夫だ、問題ない」
よく言ったぞ女。それでこそ王都直属の特殊部隊だ。
「俺は駆け出しの冒険者なんだ。手加減してくれよ? 王都直属の特殊部隊さん?」
「おのれ……だが、どうせここで絶える命だ。冥土の土産に私の名前を教えておいてやる。私はテシリー。お前の言う通り、王都直属の特殊部隊に属するアーチャーだ」
テシリーは矢を引いた。
◇
「仲間を返してもらうためだ、容赦はしないぞ、シーカー」
彼女の殺気に満ちた表情はそれはそれは怖いものだった。
「ちょっと! やめてよ二人とも! そもそも私が――」
「黙ってろネーシャ。これは俺の戦いなんだ」
仲間を庇って戦う俺っ!
「仲間を庇って戦う自分がカッコイイとでも思ってるの!?」
「何? 庇うだと?」
俺は顔の温度が上昇する前にテシリーへ突進した。
「覚悟ぉぉおお!!」
瞬間にダガーを手から放し、ポケットから取り出したのはフキデソウ。パンパンに膨らんだ実の中には甘い果汁が詰まっている。
できる限り近づいてからそれをテシリーにぶん投げた。
「そんなもので!」
テシリーの放った矢がフキデソウを貫く。計画通りだ。
貫かれたフキデソウから文字通り吹き出した果汁、それがテシリーの顔面を濡らす。
「なっ……この植物は……」
フキデソウの果汁は粘性が強く、目にかかってしまえば簡単に開けることはできない。
放たれた矢が顔の直ぐ横を通過するが臆せず、怯む彼女目掛けて更に距離を詰めた。
テシリーは再び矢を構え。
「見えなくともこの耳で……」
「サイレントステップ……」
「何!?」
足音を一切発しなくなった俺に動揺するテシリー。即座に背後へ回り、彼女の「スカート」を掴んだ。
「何を……!」
「秘技! ジュエリーロストォォオ!」
スカートを、取り去らった。その瞬間に姿を現したのは真っ白なパン……ツ?
WAO☆HAITENAI☆
「おっと……」
チャックが強引に引き裂かれる音の直後、そのスカートは俺の掲げた右手で空を泳いでいた。
「最低……」
ネーシャの軽蔑するような声が聞こえたが手段を選んではいられない。
例えテシリーの尻が露わになったとて怯んではいられないのだ。
「ワハハハハァァァ!!! どうだ恥ずかしいかテシリー!? いやそんなワケないよなぁお前は王都直属の特殊部隊だもんなァ!? こんな辱めにも耐えられるように訓練されてるんだルォウ? ワハハハハ! クンカクンカ!!」
スカートを嗅ぐ俺に本気で引いているネーシャのことは気にせずに、未だ背を向けているテシリーを、内心警戒する気持ちで見守る。
「返せ……」
「イヤだ」
「返せ」
「嫌ったら嫌だ」
テシリーは股を押さえて素早く振り返った。
「参りました!」
「……ほへ?」
それはそれは涙ぐんだ目で訴えかけるのでした。
「じゃ、じゃあこの勝負、俺の」
「勝ちでいい! 私の負けでいいから早くスカートを!」
俺はこの時、王都直属の特殊部隊に属する師範級のアーチャーを下したのだった。
「仲間を返してもらうためだ。容赦はしないぞ、シーカー」
彼女の名前はテシリー。王都直属の特殊部隊である「デルタ」というパーティのメンバーだ。もちろん俺はそのパーティの名前を知っている。他でもなく昨日のこと、俺達の仲間に加わったサラが所属していたパーティだ。デルタのメンバーは全員が師範級であり、俺なんかはその足下にも及ばない雑魚である。
そんな最強パーティの一人であるテシリーがサラを取り戻すため、王都から俺たちの家へとやってきたのだ。
昨日、ギガウルフを倒してからのことだが、その時の記憶を、こんな状況ではあるが思い返してみる。
◇
ギガウルフを倒した後、俺たちはギルドに戻って報酬をたんまりと貰った。
「サラのおかげで儲かったわね! 家に帰る前に鍛冶屋へ寄っていきましょうよ!」
ネーシャの提案に最初に頷いたのは俺。
「そうだな。この格好じゃ目立つし、冒険者っぽい装備が欲しいと思っていたところだ」
学校の制服だとギルドでは目立ってしまう。どこかの偉い人が来たのではないかと、緊張の視線を向けられるのだ。
「でもその服似合ってるじゃない。コウタ、何だか貴族みたいよ」
「そう思われるのが嫌なんだよ」
「でも心配しないで。今、あなたが冒険者の間でなんて呼ばれてるか知ってる?」
「ん?」
ギルドでパーティメンバー以外の冒険者とは話したことが無いはずだが、結構有名人なのか? 俺。
ニヤニヤと口元を歪めるネーシャ。
「ロリコンシーカー」
「……何だって?」
「ロリコ……」
「誰がロリコンシーカーだァァァ!! それ言ったやつ誰だ痛い目に合わせてやる……!」
頭を抱え叫ぶ俺の肩にネーシャの手が乗る。
「ぷぷぷー! まぁいいじゃない。おかげでシーカーの名が売れるんだから!」
「よくねぇよ! それにシーカー職がそんな名の売れ方してお前は納得出来るのか!?」
「知ってもらえればそれでいいのよ。今は」
シーカーって不人気なだけではなく、そもそも知名度が低いのか? 真剣に転職を考えてみるか。
「でも、確かに今のコウタの装備だと中々に打たれ弱いわよね。特別に私がシーカーっぽいカッコイイのを選んであげるわ!」
「そりゃどうも」
何だか決まりの悪い顔をしているミカンには敢えて触れずに、俺は先頭切って歩くネーシャの後に続いた。
街の中心に位置するギルドの横に、鍛冶屋はあった。
「らっしゃい!」
入るとスキンヘッドのごつい男が、カウンターからとてつもなく大きな声で迎えてくれる。
ネーシャは入るなり手を挙げて男に向かって行く。
「来たわよー」
「おおネーシャか! よく来てくれたな。今日は何を探しに来たんだ?」
「お金がたくさん手に入ったから、上等な装備を買おうと思ってね。それと、この人はコウタっていうんだけど、新人なの。装備を取り揃えてくれるかしら?」
ネーシャのやつ、俺の装備は自分で見繕ってあげるとか言ってなかったか。まぁいい、正直ネーシャよりも鍛冶屋の人に頼んだ方が安心だ。
「任せな! ……しかしネーシャ、随分と仲間が増えたみたいじゃねえか」
ネーシャの背後には俺、ミカン、シャミー、サラ。今までだとそこにはカミトモであるシャミーしかいなかったのだから、急増したメンバーに疑問を抱くのも当然だ。
「そうなのよ! しかもコウタはシーカーよ! それにサラは師範級のプリーストなんだから!」
「おお……そりゃすげぇ!」
ミカンのことを言わなかったのは、ネーシャなりの気遣いなのかもしれない。
「まさかネーシャに仲間が出来るなんてな! 今日はサービスするぜ!」
「あんがと! じゃあまずは私の武器から! ……ふふ、店に入った瞬間からこの目で捉えていたわよ……アレね」
ネーシャが見ているのは一層大切そうに飾られている二本のダガー。華美な見た目ではないがそれはむしろ洗練されていると言えるだろう。素人の俺からしてもそのフォルムに一切の無駄がないことが分かる。
「へへっ、やっぱりそう来たか。お前さんが欲しがるだろうと思って仕入れた品だ。だがそれはちぃとばかし値が張るぜ?」
「上等よ! それでおいくらなの?」
「そいつは……」
鍛冶屋を出て自宅へと帰る道中、新調したダガーを抱えたご機嫌麗しゅうネーシャが俺に一言。
「ごめんねコウタ? 私のために安い装備を買ってもらっちゃって」
俺は金属製の胸当てと、甲だけ硬い指ぬきグローブ、ダガーホルダー、ナイロンっぽい素材で作られた黒い長ズボン、そして革製のグリーヴを購入し、立派な冒険者の身なりとなっていた。
シャツは元々、スポーツ用のアンダーシャツを着用していた為、そのまま着用した。
「気にするな。高価な装備が欲しかったわけじゃないし、俺は満足してるから」
俺が強い装備を身につけたところで強いモンスターと戦えるわけじゃないし、そういうものは明らかに戦力となるネーシャに装備しておいてもらいたい。いつかおさがりが貰えるかもしれないし。
それにしても、ネーシャが買ったこのダガーの値段が十万ルーンとは驚いた。こんな値がつくもの、駆け出し冒険者が集まるこの街サイラで買える人なんてほとんどいないだろうし、しかもシーカー用の武器だ。本当に鍛冶屋のオジサンはネーシャのためにこの武器を仕入れたということだろう。
「ありがとコウタ。……お礼に私がさっきまで使ってた武器をあげるわね」
見慣れたダガーを受け取ると、自分が既に持っていたものをミカンに渡す。
「ん。私にこれを使えと?」
「ああ、武器があった方が戦いやすいだろ?」
「ポイ」
ミカンは武器を受け取るなり、即座に捨てた。
「酷くないか」
「私たちカミトモに武器など必要ない。シャミーも持っていないだろう?」
「ああ、確かに……何で?」
そこでネーシャ。
「カミトモは基本、戦闘に参加しないの。しちゃいけないってことは無いんだけれど、あくまでも冒険者の補佐役ということね」
「そうだったのか」
シャミーとミカンは俺のような駆け出し冒険者にそのノウハウを教えてくれるためにいたのか。
サラはカミトモをつれていないし、上級者になると必要がなくなるってことか?
そんな俺の視線で察したのか、サラが困り顔で笑う。
「実は私、冒険者ではないので……」
そうか、サラは王都直属の特殊部隊……だから冒険者のパートナーであるカミトモはつかないのか。
「でも元々は冒険者だったんだろ? 冒険者歴十二年って言ってたし、それに冒険免許証だって……」
「厳密に言うと、特殊部隊に入るための入隊訓練を始めた頃から今までの期間なんです。冒険免許証は、冒険者でなくても取得可能ですよ。私の場合、カミトモは選ばなかっただけです。ただギルドの恩恵を受けるために貰っておいたので」
ふむ。ギルドの恩恵というのは報酬が発生するクエストを受注できたり、カミトモを選べるといったところか。
にしても冒険者でないということはサラの年齢は分からないな。しかし女性に年齢を聞くというのもデリカシーに欠ける、それに必要かと聞かれればそうでもない。
「サラは何歳なんだ?」
やっぱり気になるの!
「えぇっと……」
モジモジするサラ。
「ちょっとコウタ! 女性に年齢を聞くなんてあなたにはデリカシーがないのかしら!」
「……」
ネーシャの責め立てにぐうの音も出ない。
「いいんです! 私は今年で二十三……になります」
ということは現在二十二歳か。俺の予測は当たっていたようだ。となると、サラは十歳の頃に入隊訓練を始めたということになるな。
「そうか」
「はぅ……」
何故か俯くサラ。
「あんたねぇ! 年齢聞き出しておいてそれはないでしょ!」
「それってなんだよ?」
「ほら、『若い!』とか『全然見えないぃ!』とかあるでしょ?」
「うーん」
サラの方を見ると、視線を逸らされる。
「サラってさ、何かこう、アレだよな。何て言うか……うん」
「はうぅぅぅ~……」
「この、バカコウタ!」
ミカンに助けてくれの視線を送るが、ぷいっとそっぽを向かれてしまう。
「わ、私はそれでもコウタのこと、嫌いになったりしないのにゃ!」
シャミー、なんていい子だ。
「今度魚釣りに連れて行ってやるからな」
「楽しみにしてるにゃ」
そんなこんなで、気がつけば家の前。
お疲れ様の食事中、俺はサラにあることを聞き出す。
「サラ。お前がいたデルタっていう特殊部隊について聞きたいんだが」
サラはきょとんとした顔で、まるでネーシャに意見を求めるかのように顔を向けた。最初に口を開いたのはネーシャ。
「バカじゃないの。特殊部隊なんだから機密事項に決まってるじゃない」
「お前には聞いていない」
しかしサラも同じことを思っているだろう。それに正式に引退した訳でもないし、ペラペラと話す訳にも話させる訳にもいかないか。
「でも、コウタさんはお仲間ですし……」
お? サラ。
「駄目よ、例えサラが引退したとしても駄目なものはダメ」
何だネーシャのやつ。街の誰もが知らない事を聞けるチャンスだっていうのに。しかもサラは初っ端、自分が特殊部隊に属していることを教えてくれたんだぞ? 急にこいつは何をいい子ぶって……。
「ということは、コウタさんは知らないんですか? ネーシャさんが……はっ」
サラの言葉を遮ったのはネーシャの鋭い視線。
「おいおい、隠し事はやめてくれよ。サラの特殊部隊のことはしょうがないけど、ネーシャは何を隠してるんだ」
ネーシャは面倒くさそうに頭をかいて「あーもう」と続ける。
「分かったわよ言うわよ。コウタとミカンも私に教えてくれたわけだし」
ミカンがヴァルキュリアであるという話の事だろう。
「私は――」
その時、訪問者を知らせる鐘が鳴り響いた。
「おっと、誰か来たようね」
決まり文句っぽいセリフを残して、ネーシャは玄関に向かった。
一口サイズに切ったじゃがいもをシャミーに食べさせていると。
「ちょっとあんた! 勝手に入らないでよ!」
玄関からネーシャの叫び声。
「何だ? 揉め事か?」
立ち上がる不安そうなサラの手を取った。
「大丈夫だよサラ。俺が何とかしてみせるさ」
「は、はぁ……」
カッコイイ、最強にカッコイイぞ俺!
こんな時くらい、頼ってもらわないと!
俺はリビングの戸をあけて叫んだ。
「どうしたネーシャ! 何かあったのか! タチの悪いセールスなら俺が逆に色々と売っぱらってやる! 宗教の勧誘なら俺を崇拝させてやる!」
目が合ったのはネーシャではなく緑色の短髪をした女性。瞳はエメラルドのように美しかった。
既に侵入されてんじゃねぇか。
「君は?」
何だかトゲのある口調だ。目つきもゴミを見るようなそれで……弓?
背負ってるソレは弓か? 職業的にアーチャーといったところだろうか。
「俺はコウタ。あなたは?」
「名乗る義理はない」
そのまま俺の横を通過しようとする彼女の肩を掴んで止めた。
「人に名前を聞いておいて自分だけ名乗らないなんて、エラいものだな」
「何だと?」
ネーシャが慌てて俺にすがり、女から距離を空けさせた。
「あはは~嫌ね~このモラハラ男は~ごめんなさいね~」
「誰がモラハラ男だ」
「ちょっと黙ってなさいよロリコンシーカー!」
「誰が――」
「シーカーだと?」
いや待てよ? ネーシャがこんなにも怖気ついているほどの相手だ。きっと冒険者の間でも有名な人物なのだろう。これに逆らえば弱肉強食のこの世界でどうなるか知りたくもない。口調だけでも改めた方がいいか。
咳払いをして、微笑み仕切り直す。
「お客様、どのようなご用件で?」
「仲間を返してもらう」
「……ン?」
今、仲間を返せと言ったのかこの人は。
あはは、そんなのもう、サラのことじゃないか。ということは彼女は王都直属の特殊部隊「デルタ」のメンバーに他ならないということになっちゃうな。あははははー。
「命だけは勘弁してください」
汗を充満ませた苦渋の表情で、命乞いをした。
「そうか、主犯はお前か……」
「ハ?」
「表へ出ろ」
「何で俺が……ごへっ!?」
胸ぐらを掴まれ、庭まで引きずられる。
彼女は俺を捨てるように投げると、弓を構えた。
「な、何のつもりだ?」
「決まっている。お前と決闘をするのだ」
「け、決闘……?」
戦うってことか? というよりも、サラを奪った俺に怒りをぶつけたいのか。
いやそもそもサラを攫ったのは俺じゃない!
「構えろ、シーカー」
未だ地面に尻を付けたまま手をつきだす。
「待ってくれ! 主犯は俺じゃ……」
いや待て、事実はそうでないにしろ仲間を売るなんてカッコ悪すぎるぞ俺!
仲間の罪を背負って戦う戦士……カッコイイじゃないか。
俺は立ち上がり、新調したダガーホルダーから師匠より譲り受けた第二号のダガーを抜く。
「いいぜ……? だがそんな装備で大丈夫か?」
サイレントステップしか使えない今の俺に、この師範級であろうアーチャーを倒すことは不可能。だが彼女の服装を見て閃いた。
「大丈夫だ、問題ない」
よく言ったぞ女。それでこそ王都直属の特殊部隊だ。
「俺は駆け出しの冒険者なんだ。手加減してくれよ? 王都直属の特殊部隊さん?」
「おのれ……だが、どうせここで絶える命だ。冥土の土産に私の名前を教えておいてやる。私はテシリー。お前の言う通り、王都直属の特殊部隊に属するアーチャーだ」
テシリーは矢を引いた。
◇
「仲間を返してもらうためだ、容赦はしないぞ、シーカー」
彼女の殺気に満ちた表情はそれはそれは怖いものだった。
「ちょっと! やめてよ二人とも! そもそも私が――」
「黙ってろネーシャ。これは俺の戦いなんだ」
仲間を庇って戦う俺っ!
「仲間を庇って戦う自分がカッコイイとでも思ってるの!?」
「何? 庇うだと?」
俺は顔の温度が上昇する前にテシリーへ突進した。
「覚悟ぉぉおお!!」
瞬間にダガーを手から放し、ポケットから取り出したのはフキデソウ。パンパンに膨らんだ実の中には甘い果汁が詰まっている。
できる限り近づいてからそれをテシリーにぶん投げた。
「そんなもので!」
テシリーの放った矢がフキデソウを貫く。計画通りだ。
貫かれたフキデソウから文字通り吹き出した果汁、それがテシリーの顔面を濡らす。
「なっ……この植物は……」
フキデソウの果汁は粘性が強く、目にかかってしまえば簡単に開けることはできない。
放たれた矢が顔の直ぐ横を通過するが臆せず、怯む彼女目掛けて更に距離を詰めた。
テシリーは再び矢を構え。
「見えなくともこの耳で……」
「サイレントステップ……」
「何!?」
足音を一切発しなくなった俺に動揺するテシリー。即座に背後へ回り、彼女の「スカート」を掴んだ。
「何を……!」
「秘技! ジュエリーロストォォオ!」
スカートを、取り去らった。その瞬間に姿を現したのは真っ白なパン……ツ?
WAO☆HAITENAI☆
「おっと……」
チャックが強引に引き裂かれる音の直後、そのスカートは俺の掲げた右手で空を泳いでいた。
「最低……」
ネーシャの軽蔑するような声が聞こえたが手段を選んではいられない。
例えテシリーの尻が露わになったとて怯んではいられないのだ。
「ワハハハハァァァ!!! どうだ恥ずかしいかテシリー!? いやそんなワケないよなぁお前は王都直属の特殊部隊だもんなァ!? こんな辱めにも耐えられるように訓練されてるんだルォウ? ワハハハハ! クンカクンカ!!」
スカートを嗅ぐ俺に本気で引いているネーシャのことは気にせずに、未だ背を向けているテシリーを、内心警戒する気持ちで見守る。
「返せ……」
「イヤだ」
「返せ」
「嫌ったら嫌だ」
テシリーは股を押さえて素早く振り返った。
「参りました!」
「……ほへ?」
それはそれは涙ぐんだ目で訴えかけるのでした。
「じゃ、じゃあこの勝負、俺の」
「勝ちでいい! 私の負けでいいから早くスカートを!」
俺はこの時、王都直属の特殊部隊に属する師範級のアーチャーを下したのだった。
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