アイリスこぼれ話

小田マキ

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彼の言い分・2

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 私はハリュート、生粋のキャバルスにして軍馬だ。ここ最近、己の犯した失態のせいで、出自への誇りが若干薄れている……私が人であれば、真実がここまで複雑にこじれてしまうことはなかったのに。ああ、情けない。主に危険を知らせられずに、何が名馬か。
 今現在、フォーサイスとブルーデンスの両人は、連れ立ってダグリードの荘園ヘザースへと向かっていた。ブルーデンスの病気療養ということだったが、我々は鼻が利く。手傷を負っているとしたら、それは主の方で、彼女は何の問題もなく回復している。きっとダグリード邸にはいられぬ理由ができたのだ……付き添っていったフォーサイスの疑惑はもう晴れただろうか。少なくとも何かしらの罪悪感は覚えているようだと、この前ディオランサまで彼を乗せた馬車馬が言っていた。それが、ブルーデンスに対するものであればよいのだが。
 私が唯一したことは、フォーサイスの傷めた手に噛み付いたことだけ。その腹いせではないだろうが、屋敷に取り残された私には、二人に何もしてやれない。役立たずの烙印を押された思いだ。いや、実際に役に立てなかったのだから当然の境遇か。ヘザース行きの馬車を率いたのは、例によって例のごとくエクウスだ。馬房を出ていくとき、振り返った奴の顔が忘れられない。
 鼻で笑いおってっ……あの狸爺ぃが!
 あぁっ、彼は馬だとっ? うるさいっ、わかっとるわ! 言葉のあやだ、あやっ!
 ああっ、済まない、ジョリーン! 私が言い過ぎた、泣かないでくれっ……君の父君が本気で憎いわけではないんだ。少々癇に障るだけで……あっ、いやぁー、最近、めっきり短気で口が悪くなってしまったな。はぁー、本格的に落ち込んできた。

   * * *

 朝靄の中、緑の水平線の向こうから昇ってくる朝日が美しい。夜通し闇の中を走ってきた目には、希望の暁光に映る……私は今、ヘザースへの旅路についている。
 フォーサイスとブルーデンスを彼の別荘地へ送って行ったエクウスの馬車は、昼過ぎには戻ってきた。彼の愛娘ジョリーンが(泣かしてしまった腹いせか)私の暴言を話してしまったものだから、夕食のときまで持ち越されてネチネチと嫌味を言われてしまった。皆が一日の仕事疲れを落とすまどろみの時間だったというのに、刺々しい雰囲気にしてしまって本当に申し訳なかった。いやはや、年寄りはこれだから……
 うぉっ……突如として首筋に悪寒が! はっ、さてはエクウスが念でも飛ばしてきたか? ……うむむむ、やはり侮れん爺ぃだ。
 はぅわぁっ、またしてもゾクゾクゾクゾクっ……

「ちょっ……ハリュートっ、暴れるな!」

 ジャービスが背中で体勢を崩したようで、大袈裟に首にしがみついてきた。そこまで大きな身震いをした覚えはないのだが、相変わらず気の小さい青年だ。彼は私の心の声をほぼ汲みとることのできる数少ない貴重な人間なので、背中に乗ることを許してやっている。今は火急の事態であるし……昨夕ダグリード邸に、ヘザースへ着いたばかりのはずのフォーサイスから伝令の使者が来たのだ。
 駿馬を一頭寄越してほしい、と……やはり彼には私が必要なのだ! 任務中はあれだけ息の合う私達、きっと今彼にここまで私の声が届かないのは、それだけ心の中にブルーデンスに対する偏見が凝り固まっているせいなのだ。それを今度こそ、私が取り除く! それはそう、天命だ!
 ああっ、こうしてはいられない! 急がねばっ……!

「ハリュート! ちょっ、早過ぎぃーーーーーーーーっ!」

 うるさい、ジャービス! 黙ってないと舌噛むふぐぉあぁっ……言ったそばから痛ぁあぁーーーっ!
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