妖精が奏でる恋のアリア

花野拓海

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己の心②

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「ん?あれは、メロか?」

 リンは街を観光しながら歩いていると、見た目チャラそうな男に言い寄られてるメロの姿を見つけた。

「嫌です。離してください」

「いいじゃん。俺らと一緒にいたら、いい思いできるよ?」

「そうそう。金だって持ってるし、それに俺ら冒険者だから強いよ?」

 まあ、どう見てもメロが言い寄られてる迷惑しているようにしか見えなかった。
 それに、リンからしてみれば、あの二人のレベルは10前後にしか見えないので、肉弾戦が苦手なメロにすら、物理で負けそうな気がする。

「何度も言わせないでください。嫌です」

 メロは騒ぎを起こさないように控えめに断っているが

「ちっ!いいから、とっとと来いよ!」

 痺れを切らした男の一人がメロに触れようとして

「はい。ストップ」

 その前にリンが割り込んで手を叩いた。

「リン!?」

「おたくら、一人の女の子に寄ってたかって、恥ずかしいと思わないのか?」

「なんだ!?お前は!」

 二人の男は警戒よりも、自分たちの獲物を横取りされた不快感しかないようだった。

「おいガキ。俺らに喧嘩売って、タダで済むと思うなよ!?」

 そう言って一人が殴りかかってきたので

「はい」

「なっ!?」

 拳を掴んで、綺麗に受け流し、殴りかかってきた勢いのまま壁に激突させた。

「このっ!」

 もう一人の男も殴りかかってきたので、同様に受け流し、壁に激突された。

「ちっ!なんだお前は!俺らはレベル9の冒険者だぞ!」

「え?ひっく」

 思わずリンはレベル9という言葉に低いと言ってしまった。

「な!?」

「舐めやがってる………」

 だが、それが完全に男たちの沸点を超えてしまったようだ。

「しょうがない………」

 冒険者同士が街中で喧嘩するのは御法度。なので

「ちょっと悪いなメロ」

「え?えぇ!?」

 リンは即座にメロをお姫様抱っこすると、壁を登り、屋根を伝って逃げて行った。


□■


「ふぅー。ここまで来れば安心だな。大丈夫か?」

 リンが声をかけるも、メロはボーッとしたまま固まってしまっている。

「メロ、大丈夫か?」

 と、目の前で手を振ると「はぅわ!」という言葉と共に、メロが飛び起きた。

「………大丈夫か?」

「え?は、はい。大丈夫です」

「そうか?」

 リンから見ると、まだ目の焦点が合っていない気がするのだが。

「悪いな、急に」

 エルフ種は潔癖だと聞いていてので、きっと怒ってるだろうなと思ったのだが

「いえ、あの状況じゃ、無理もなかったと思いますよ?」

 声は全く怒ってる感じではなかった。

「怒って、ないのか?」

「?いえ、私が怒る理由はありませんよ?」

 むしろなぜ怒られると思ったのか、わからないと言わんばかりの表情を、メロはしている。

「それにしても、綺麗な景色ですね………」

 メロは振り向いて、街並みを見ていた。

「ああ、ここに来てたのか………」

 場所は街を一望できる場所。今はまだお昼だが、それでもしっかりと街を一望できる。

「きっと、夕方に見たら、もっと綺麗なんでしょうね………」

「そうだな………」

 メロは嬉しそうに見ているが、もしかしたら気を使われたのかもしれないと、リンは思ってしまう。

(きっと、本物のリン・メイルトだったら………)

 こんな時も、狼狽えなかっただろう。
 もっと、ムードのある状況で、ここに連れてきてくれただろう。

 だから、リンはどこまでも中途半端で本物の模造品な自分が嫌になる。

「………」

「なんだ?」

 突然自分のことを見つめてきたメロに、困惑しながらリンは問う。

「いえ。リンって、たまに自分なんか死んじゃえ~っていう表情しますよね」

「………」

 メロが何気なく呟いた言葉に、リンは固まる。
 メロも無意識に言った言葉にハッとして口を慌てて抑えた。

「ご、ごめんなさい」

「別にいいよ。事実だしな」

「その………理由を教えては、くれませんか?」

「理由、ね………」

 どうやってメロにオブラートに、アレンジして伝えようか、そう思って、一つの出来事を思い出した。

「俺にはな、兄がいてな………」

「お兄さん、ですか?」

「ああ。生きていれば俺なんかよりももっと上手く困難を乗り越えて、さっきのナンパだって、喧嘩を売るような感じじゃなくて、綺麗に受け流して、メロに恥ずかしい思いもせずに助けることも出来たであろう。そんな、兄が………」

「生きてたらって………」

「ああ。死んだよ。理由は言えないけどな………そんで、俺は祖父に預けられて育ったんだ。そんで、その祖父の家の近くで仲良くなった友人と森の中に遊びに行った時にな、魔物に友人が魔物に襲われたんだ」

 あの時は、祖父が助けてくれたが、一歩遅ければ二人とも助からなかったのだ。

「それからだ。俺が力を求めるようになったのは。強くなればいいんだ。強ければ、どんな困難だって乗り越えられるし、どんな理不尽にだって抵抗できるんだから………」

 もし、キチンと『原作の主人公リン・メイルト』が生まれていたらどうなってただろう。

 もっと上手くできた。
 もっと多くを救えた。
 もっと笑顔にできた。
 名前しか知らない。顔も名前も知らない。成した偉業も知らないが、その時の友人の血を思い出すと、そう思わずにはいられない。
 もっと、もっと。そう思えば思うほど、自己嫌悪に陥る。

─────それしかできない─────

 あの日以来、久しぶりに聞こえた幻聴が、その思考に上乗せするようにそう囁いてくる。

 そうだ。リンは弱い。強くなっても、Dランクにランクアップを果たしても、依然、リンは原作のリン・メイルトに自分を重ねてしまう。
 だからリンは虚像の英雄リン・メイルト偽りの英雄自分を比べてしまう。
 魔法が昇華魔法で、名前も見れば、一目瞭然だった。

「………でも、私。あなたのお兄さんのこと、知りませんよ?」

「あ?」

「私が知ってるのは、強くなることに貪欲で、いつも率先して前を歩いてくれて、不器用な、それでいて暖かい優しさを見せてくれる。そんな、あなたです」

「………」

「あ、お兄さんだったらっていうのはなしですよ?だって、本当にそれができたか、あなたにだってわからないでしょ?」

「あ、ああ………そうだな」

 それは事実だ。詳しく、彼の偉業を知っている訳じゃない。

「だから、無理に比べないでください。私が、負けたくないって思ったあなたを、落とさないでください。私が負けたくないって思ったあなたを、他でもないあなた自身が、否定しないでください。解りましたか?………なんですか、その顔?」

 メロはそこまで言い切ると目を開けて、困惑するような表情のリンを見た。

「顔?」

「あ、戻った」

 頬をペタペタするリンの顔は中々に整っていて、どこか可愛らしさも見える。さぞ年上に受けるだろう。ちなみにメロは同年代だ。

「と、とにかく!これからはもっと自分に自信を持ってください!いいですね」

「わ、悪い………」

「こういう言い方は、良くないと思いますが、もういない人の真似をするのは、遺志を繋ぐこととは違うことだと思います。この人ならもっとこうした。もっと上手くできた。そう思うのは悪くはないと思います。ですが、行き過ぎると、それはもう………呪いと、変わらないと思います」

「呪い、ね………」

 言い得て妙だと思った。これはもう、呪いみたいなものだから。

「だから、もう、自分のことを悪く言わないでくださいね?」

 それも、リンには確証はできない。メロもそれを察したから

「あなたと私は、友達、ですよね?」

「え?ま、まあ………そうなんじゃないか?」

 問われた質問を肯定して

「では、お願いですから………あなたを、私の友人を、悪く言わないでくださいね?」

 少しポカンとしたリンだったが、やがて吹き出した。

「ちょ!?なんで笑うのですか!?」

「悪い悪い。ちょっとな………」

 笑みを抑えると、リンはメロの方を向いて

「そうだな。悪かったな。今後、自分を………いや、メロの友人を悪く言うのは辞めよう」

「はい。是非ともそうしてくださいね」

 そう言ったメロの笑みに、リンは思わず見蕩れてしまった。

「?どうしたんですか?」

「………いや、なんでもない」

「え?絶対なにかあります!話してください!」

「嫌だ」

 これまでになかった明確な拒否をされ、メロはどこか嬉しいやら、悲しいやら、複雑な感情を抱いた。でも、

「話してください~」

「嫌だ。これだけは絶対に嫌だ」

「なんでですか!って、ちょっと!逃げないでください~」

 メロからの尋問に、逃げるようにリンが走り出し、メロはその後を追いかけた。
 その二人は、今までにないくらい、楽しそうな表情を浮かべていた。

────────────────────────

ちなみにリンくんに、お兄さんはいません
メロに分かりやすく伝えるための嘘ですね。それ以外は事実ですけど
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