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Ⅱ-Ⅵ.進み続けていたカウントダウン
89.夕暮れの遭遇。
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「んー…………疲れたー……」
虎子が大きく伸びをする。その片手には、先ほど買った服が詰め込まれた大きな紙袋が握られていた。着てくれるだろうか。いや、きっと着てくれるはずだ。彼女だって、女の子なんだ。可愛くありたいお年頃のはずだ。特に思い人の前では。
「華も、宇佐美先輩へのプレゼント決まって良かったな」
「そう、だね。手伝ってくれてありがとね」
結局、俺が選んだのは赤を基調とした、無難なシュシュだった。最初は勢いよく「彼方をイメチェンさせるぞ!」と意気込んでいたような気がするんだけど、最終的には、制服のリボンと同じ色なら大丈夫だろう」という逃げに近い発想でチョイスしてしまっていた。ごめんよ……だって俺、こういうの選ぶの初めてだから……
「お、ナンパ現場だ」
「ナンパじゃないって」
そういう虎子と俺の目の前にはハチ公像がいた。そこは俺たちの待ち合わせの場所であり、俺が良く分からないスカウトをされそうになっていた場所でもある。
時間が時間だからか、恋人同士や友達同士で、待ち合わせでもなく、別れまでの時間を引き延ばすようにして、なんとなくだべって過ごしている人が多かった。俺と虎子もそれに倣うようにして、その近くで立ち止まり、
「今日はありがとな、華」
「え?なんで?お礼を言うのはこっちじゃないの?」
虎子は首を横に振り、
「誕生日プレゼントだって、きっと華だけで選べたよ。俺はただ、隣にいただけだ。それよりも、一緒に遊んでくれて、一日限定の恋人までやってくれて、その、ありがと、な」
と言いつつ視線を逸らす。その頬は夕焼けの空の下でも分かるほど紅潮していた。
「俺、さ。自由に生きてるつもりだった。後悔なんてしないように、さ。だけど、思うんだ。もしかしたらずっと、小さい世界で生きてたのかもしれないって」
「それは……」
虎子は俺に向き直り、
「だから、ありがとな。付き合ってくれて」
そう言ってにかっと笑う。そのいつも通りの笑顔が、何故だか凄くまぶしく。そして、いとおしく思えた。
「えっと…………」
俺が言葉に困っていると、
「んっ…………」
視界に、“このタイミングで一番映ってはいけないもの”が映った。
近くにいたカップルが、別れのキスをしていた。
俺の視線に気が付いて、虎子もちら見する。二人の視界には俺たちは入っていない。いや、もしかしたら、この地球上の誰もが視界に入っていないのかもしれない。恋愛というのはそういうもだ。例え世界の終わるその瞬間でも、愛を確かめ合うのだろう。それが、
恋人同士というもので、
「な、なあ、華?」
「は、はい!?」
声が上ずる。心臓の鼓動が早くなる気がする。心なしか、顔が熱い気がする。今、俺はどんな顔をして、虎子と向き合っているんだろうか。
「キス、してみてもいいかな?」
「は、はいっ?」
虎子は意外と冷静に、それでも視線は泳がせながら、
「いや、ほら。今日は一日恋人な訳だし?それなら、キスの一つもしないなんて、そんなの小学生かよって感じだし?それくらいいいんじゃないかと思うんだよね?華も、ほら、ファーストキスは馬部先輩に奪われたみたいだし」
「なんで知ってるの!?」
「いや……先輩に聞いたんだけど……」
うう……あの人……なんでそういうことをしゃべっちゃうんだ……育巳の苦労がちょっと分かった気がするぞ。
「と、いうわけ、なんだけど、どう、かな?」
真剣な表情で俺に向き合う虎子。その瞳は揺れ動いていた。
駄目、なんて言えるはずがなかった。
これはきっと彼女にとって大きな一歩なんだ。恋愛ということに興味が無かった……いや、興味を持たないようにしてきた彼女が、最初の興味を持つ段階。その勇気を、俺の一存で切り捨てるのはあまりにも薄情じゃないか。いや、違うよ?キスしたいとか、そんなこっとは決して思ってなくてですね、
「華」
「ひゃい!?」
両肩をがしりと掴まれる。今分かった。虎子は勇気が出せないだけで、勇気を出したら普通にバリタチだ。まあ、それが出来ないから、ネコっぽいんだろうけどね。虎子だけに。あ、これさっきも使った気が、
「ん……」
虎子が目を閉じる。
きっと、ここで断ることも出来るんだろう。
だけど、そんな選択を出来る人間は氷の心を持っているか、修行僧か何かだ。こんなシチュエーションで、拒否できるほど、俺の精神力は強くできていない。
俺も目を閉じる。これはせめてもの抵抗だ。ほんの少しの良心だ。だって、俺と虎子は仮初の恋人でしかなくて、今日、後一時間もすれば、ただの友達同士に戻るんだから。
「んっ……」
唇と唇が触れる。そんな可愛らしいキス。子供だなんだと言われても仕方がないかもしれない。だけど、それでいいんだ。俺も、虎子も、そこから始めればいいんだ。焦る必要なんてない。一歩一歩、階段を上がっていけばいいんだ。
心の中で俺はそんな言い訳をする。それは一体誰に向かってしているものなのか。分からなかった。だけど、そんな、
心の中での懺悔で済むのならば、物事は簡単なんだ。
今思えば、警戒することは出来た気がする。
忠告は貰っていた。蠢く影も目撃していた。なのに俺はそれを無視した。それは何故か。楽観か。このぬるま湯に、ずっと浸かっていたいという思いか。それとも、自分が被害を受ければなんとでもなるという“敵”に対する余りにも甘い幻想か。
うかつだった。ここは街中だ。密室でも何でもない。多くの人が行きかう、交差点のすぐ近くだった。そして、
誰もが使う、待ち合わせ場所なのだ。
「ト…………ラ…………?」
声が聞こえる。耳を澄ませていなければ聞こえないような小さな声を、俺ははっきりとその耳で聞いた。視線をやる。遅れて虎子もそちらへと、視線を向ける。その先には、
信じられないものを見るような目をした、牛島美咲がいた。
虎子が大きく伸びをする。その片手には、先ほど買った服が詰め込まれた大きな紙袋が握られていた。着てくれるだろうか。いや、きっと着てくれるはずだ。彼女だって、女の子なんだ。可愛くありたいお年頃のはずだ。特に思い人の前では。
「華も、宇佐美先輩へのプレゼント決まって良かったな」
「そう、だね。手伝ってくれてありがとね」
結局、俺が選んだのは赤を基調とした、無難なシュシュだった。最初は勢いよく「彼方をイメチェンさせるぞ!」と意気込んでいたような気がするんだけど、最終的には、制服のリボンと同じ色なら大丈夫だろう」という逃げに近い発想でチョイスしてしまっていた。ごめんよ……だって俺、こういうの選ぶの初めてだから……
「お、ナンパ現場だ」
「ナンパじゃないって」
そういう虎子と俺の目の前にはハチ公像がいた。そこは俺たちの待ち合わせの場所であり、俺が良く分からないスカウトをされそうになっていた場所でもある。
時間が時間だからか、恋人同士や友達同士で、待ち合わせでもなく、別れまでの時間を引き延ばすようにして、なんとなくだべって過ごしている人が多かった。俺と虎子もそれに倣うようにして、その近くで立ち止まり、
「今日はありがとな、華」
「え?なんで?お礼を言うのはこっちじゃないの?」
虎子は首を横に振り、
「誕生日プレゼントだって、きっと華だけで選べたよ。俺はただ、隣にいただけだ。それよりも、一緒に遊んでくれて、一日限定の恋人までやってくれて、その、ありがと、な」
と言いつつ視線を逸らす。その頬は夕焼けの空の下でも分かるほど紅潮していた。
「俺、さ。自由に生きてるつもりだった。後悔なんてしないように、さ。だけど、思うんだ。もしかしたらずっと、小さい世界で生きてたのかもしれないって」
「それは……」
虎子は俺に向き直り、
「だから、ありがとな。付き合ってくれて」
そう言ってにかっと笑う。そのいつも通りの笑顔が、何故だか凄くまぶしく。そして、いとおしく思えた。
「えっと…………」
俺が言葉に困っていると、
「んっ…………」
視界に、“このタイミングで一番映ってはいけないもの”が映った。
近くにいたカップルが、別れのキスをしていた。
俺の視線に気が付いて、虎子もちら見する。二人の視界には俺たちは入っていない。いや、もしかしたら、この地球上の誰もが視界に入っていないのかもしれない。恋愛というのはそういうもだ。例え世界の終わるその瞬間でも、愛を確かめ合うのだろう。それが、
恋人同士というもので、
「な、なあ、華?」
「は、はい!?」
声が上ずる。心臓の鼓動が早くなる気がする。心なしか、顔が熱い気がする。今、俺はどんな顔をして、虎子と向き合っているんだろうか。
「キス、してみてもいいかな?」
「は、はいっ?」
虎子は意外と冷静に、それでも視線は泳がせながら、
「いや、ほら。今日は一日恋人な訳だし?それなら、キスの一つもしないなんて、そんなの小学生かよって感じだし?それくらいいいんじゃないかと思うんだよね?華も、ほら、ファーストキスは馬部先輩に奪われたみたいだし」
「なんで知ってるの!?」
「いや……先輩に聞いたんだけど……」
うう……あの人……なんでそういうことをしゃべっちゃうんだ……育巳の苦労がちょっと分かった気がするぞ。
「と、いうわけ、なんだけど、どう、かな?」
真剣な表情で俺に向き合う虎子。その瞳は揺れ動いていた。
駄目、なんて言えるはずがなかった。
これはきっと彼女にとって大きな一歩なんだ。恋愛ということに興味が無かった……いや、興味を持たないようにしてきた彼女が、最初の興味を持つ段階。その勇気を、俺の一存で切り捨てるのはあまりにも薄情じゃないか。いや、違うよ?キスしたいとか、そんなこっとは決して思ってなくてですね、
「華」
「ひゃい!?」
両肩をがしりと掴まれる。今分かった。虎子は勇気が出せないだけで、勇気を出したら普通にバリタチだ。まあ、それが出来ないから、ネコっぽいんだろうけどね。虎子だけに。あ、これさっきも使った気が、
「ん……」
虎子が目を閉じる。
きっと、ここで断ることも出来るんだろう。
だけど、そんな選択を出来る人間は氷の心を持っているか、修行僧か何かだ。こんなシチュエーションで、拒否できるほど、俺の精神力は強くできていない。
俺も目を閉じる。これはせめてもの抵抗だ。ほんの少しの良心だ。だって、俺と虎子は仮初の恋人でしかなくて、今日、後一時間もすれば、ただの友達同士に戻るんだから。
「んっ……」
唇と唇が触れる。そんな可愛らしいキス。子供だなんだと言われても仕方がないかもしれない。だけど、それでいいんだ。俺も、虎子も、そこから始めればいいんだ。焦る必要なんてない。一歩一歩、階段を上がっていけばいいんだ。
心の中で俺はそんな言い訳をする。それは一体誰に向かってしているものなのか。分からなかった。だけど、そんな、
心の中での懺悔で済むのならば、物事は簡単なんだ。
今思えば、警戒することは出来た気がする。
忠告は貰っていた。蠢く影も目撃していた。なのに俺はそれを無視した。それは何故か。楽観か。このぬるま湯に、ずっと浸かっていたいという思いか。それとも、自分が被害を受ければなんとでもなるという“敵”に対する余りにも甘い幻想か。
うかつだった。ここは街中だ。密室でも何でもない。多くの人が行きかう、交差点のすぐ近くだった。そして、
誰もが使う、待ち合わせ場所なのだ。
「ト…………ラ…………?」
声が聞こえる。耳を澄ませていなければ聞こえないような小さな声を、俺ははっきりとその耳で聞いた。視線をやる。遅れて虎子もそちらへと、視線を向ける。その先には、
信じられないものを見るような目をした、牛島美咲がいた。
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