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Ⅱ-Ⅴ.メイドとパフェと、時々恋人

82.曖昧な感情と答えはばっさりと切り捨てられた。

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 そんなメイドさんの挨拶をよそに、虎子とらこは、

「間接キス…………」

 そう言いながら、自分の持っているスプーンを眺めて、はっきりと赤面し、

「ご、ごごごごごごごごめん!俺、その、えっと、気が付かなくて!」

 凄い勢いで謝りだした。

「いや、全然!そんなつもりはなくって!だけど、ほら、はなにも食べて欲しくって。だから、」

 そこでメイドさんがぽつりと、

「私を食べてってことかな~?」

 その絶妙な合いの手で虎子はさらに動揺し、

「いや、そんな意味は、ない、です、けど」

 メイドさんはさらに追及するようにして、

「ん~?どんな意味だと思ったのかな~?」

 完全に追い詰められた虎子はうつむいて、

「うう……すみません。私ははしたない女です……」

 よく分からない落ち込み方をしていた。それを見たメイドさんは笑いながら、

「あはは、ごめんごめん。冗談だよ、冗談。だけど、意外だな~トラちゃんにこんな可愛い恋人がいたなんて」

 と言いつつ俺の方を向き、

「ね?君?名前は?」

「あ、えっと」

 なんだろう。別にその質問に答える義理はどこにもないはずだ。だけど、俺はそのまっすぐな視線に折れる形で、

「えっと、笹木ささき華です」

 それを聞いたメイドさんはぱあっと表情を明るくさせ、

「へぇ~華ちゃんかぁ~可愛い名前。ねね、華ちゃんって呼んでもいい?」

「あ、えっと、はい。もうお好きなように」

 なんだろう。

 この人には何とも言い難い「逆らえない雰囲気」がある。

 別に恫喝されたとか、脅されているとかそういうわけではないし、もしここで「嫌です」と言ったら素直に引いてくれるだろうなという気もする。

 だけど、それら全ての退路がはっきりと見えているのに、どうしてか選択する気が起きない。まあこの人に呼ばれるならいいかな、と思ってしまう。人気ナンバーワンの力なのだろうか。分からないけど。

 メイドさんは「うん」と言って仕切り直すように背筋を伸ばして、

「改めまして。私は八代やつしろ弥生やよい。一応、ここの人気ナンバーワン……ってことになってます。よろしくね」

 そういってスカートの裾をかるくつまんで、お辞儀。その所作はメイド喫茶というよりも、本物のメイドという感じだった。なるほど、メリハリがはっきりしているひとなのかもしれない。

 ちなみに、身体の凹凸もはっきりしている人だった。端的に言えばめっちゃスタイルがいい。いや、ヒップはスカートに隠れてて見えないけど。でも、きっといい形をしているに違いない(決めつけ)。

 そんな彼女は、

「まぁ、今はお客さんも少ないから、ちょっと暇してるんだけどね」

 と付け加えて、ぺろりと舌を出した。可愛い人だ。演技なのかもしれないけど。

 そんなことを考えていると八代はさらりと話題を変え、

「で、なんだけどさ。華ちゃん」

「は、はい」

「ぶっちゃけ、トラちゃんのどこに惹かれたの?」

「あ、それは」

 どうしよう。

 表面上、スペシャルパフェは恋人同士にしか提供していないはずだ。だから、ここで、俺が「別に虎子とは付き合ってるとかではないんで」と否定するのは不味いような気もする。

 だけど、こういうのは本音と建て前ってやつで、実際には「仲の良い二人組」であればいいというところまで条件が緩和されている以上、別に問題ないような気もする。

 そのあたり、どうなんだろう。俺は助け舟を求めるようにして、虎子の方を、

「ふふ……俺は破廉恥な女……ふふふふふ」

 あ、壊れたァ!

 駄目だ。虎子さん、完全に使い物にならなくなってる。パッと見頼りがいはあるし、実際にその印象自体は間違ってないんだけど、メンタルは多分障子紙だからなぁ……特にここ一番に弱い。寸前×とかついてそう。

 さて。

 虎子の救援も望めないとなると、答え方は決まってくる。

 恋人でも友人でも、どっちでも通用する内容にする。これできまりだ。

 そうと決まれば話は早い。俺は早速、

「席が隣だったんですよ」

「ほうほう」

「それで、色々話していくうちに仲良くなって。今日も元はと言えば、私が付き合ってもらってたんです。ここに来たのは、そのお礼、なんです」

 これらのことには全く嘘偽りはない。

 そして、俺は一言も「恋人として好き」というフレーズを述べていない。これでいい。真実は闇の中だ。曖昧にしておくっていうのはいいことだ。グレーゾーンが人を救うこともある。俺は今、虎子を救ったのかもしれない。

 ふう。いい仕事をしたなぁ。そんなことを思い、額の汗をぬぐう仕草をしていると、八代が、

「なるほど~いい話だにゃ~……で、華ちゃんは、虎子のどこが好きなの?あ、恋愛的な意味でね?」

 ざっくりと切り捨てられた。俺の努力とグレーゾーンは完全否定され、事実を答えざるを得ない状況に追いやられる。

どういうことだ。もしかしてこの人はそこまで計算に入れていたのか?なんて恐ろしい。これが人気ナンバーワンを掴み取った策略なのか(※華の勝手な感想です)。

 とはいえ、ここまで具体的に聞かれてしまっては偽るのは難しい。虎子も俺もこのお店に来るのが初めてで、これが最後ということならいくらでも嘘はつける。

 だけど、虎子はこの店の常連だ。それはこれまでも、そしてこれからもそうだろう。その状況で、うっかり「虎子の普段はカッコいいけど、要所でヘタレるところが可愛いから好きになりました」なんてことでも言おうものなら、明日から虎子はその嘘を背負ってこの店に来なければならなくなる。それは良くない。俺にも類が及ぶ可能性がある。その彼女役は是非とも美咲にお願いしたいところだ。

 と、言うことで、

「あの……実はなんですけど」

「うん」

「私と虎子は別に恋人でも何でもないんです。すみません」

 そう言って頭を下げる。なし崩し的に崩壊しているとはいえ、元のルールは元のルールだ。謝っておいた方が良いだろう。まあ、流石にそれで無下に扱うということは、

「うん。知ってるよ~」

 ないだろ……え?

「え、今なんて?」

「だから、知ってるって。付き合ってないの」

「え…………じゃ、じゃあ、なんで恋愛的に好きなところとか聞いたんですか?」

 その言葉に八代はウインクして、

「だって、どういう反応するか気になっちゃって(はぁと)」

 はぁと、じゃありません。

 とんでもないメイドさんだな、この人。というかいいのか。お客様で遊んで。神様扱い城とは思わないけど、君たちは一応使用人っていう設定だよね?

 と、そんなことを思っていると八代は、

「まあ、ホントのところは、華ちゃんにも脈があるんじゃないかなって思ったから、なんだけどね?ごめんね?」

 そう言ってぺろりと舌を出す。相変わらずあざとい。でも、それで「まあいいや」ってなってしまう俺も大分ちょろいなと思う。しょうがないじゃないか。耐性なんてゼロなんだから。
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