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Ⅱ-Ⅳ.渋谷DEデート

73.技術が互角な場合の決着方法とは。

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 勝負の内容は至って簡単だ。

 Ubeatユービートの対戦モードで三曲勝負。特に支障はないけど、必要性もないだろうということで、ネット上から対戦メンバーを募集することはしない。つまり二人の完全一騎打ち。

 対戦の結果は三曲の合計スコアで決める。それでも決まらなかった場合はサドンデスに突入する。

 そんなことがあるのかと思いもするんだけど、実際俺はさっき三曲全て全パフェ──つまり満点を目撃している。きゅうの実力がどれほどかは分からないけど、勝負を挑まれた虎子とらこが軽くあしらったりはしないところを見ると、それなりにはうまいと思われるから、このルールは恐らく必要だ。

 選曲は完全ランダム。俺が担当する案も上がってたけど、九から「虎子の方を贔屓するんじゃないか」って指摘されたために今の形に落ち着いた。

 正直俺には虎子の得意曲も苦手曲も分からないわけだから、贔屓もクソもあったもんじゃないんだけど、そのあたりの関係性を九は知らない以上まあ妥当な判断かなとも思う。


『Are you ready?……Go!』


 機械音声が勝負の開始を告げる。それとほぼ同時に音楽がスタートし、二人が譜面をプレイし始める。

 凄かった。

 虎子の実力はさっき見た通りだし、何よりも全国一位を獲得したことがある腕前だ。美味いのは当たり前だし、俺なんかとは比べるのもおこがましいレベルなのは間違いない。

 驚いたのは九の方だ。

 彼女は彼女で、一切遅れをとることなくついていっていた。

 虎子のスムーズな動きに対して、九の動きはなんといったらいいんだろうか……牙突?モグラたたきのような要領でパネルを叩いているように見えるけど、その動きは一切の無駄がない。

 恐らく、次にどこが光るのか、どういうタイミングで押せばいいのかを完璧に覚えているんだろう。ただただ淡々と光っているパネルを押し、光ってるパネルを押しの繰り返し、時折ある、つながった複数の譜面をタッチする時だけ虎子と全く同じような動きをするけど、後の部分は全く違う。

 同じところはただ一つ。どちらも正確で、迷いがないということ。どっちが凄いのかは俺にもよく分からないけど、スコアはどちらも実に綺麗な数字を示しているから、両方とも全パフェなんだろう。恐ろしい世界だ。

 やがて、一曲目が終わる。スコアはどちらも満点。サドンデスの可能性を想定しておいてよかったと思ってしまう。

「へえ、衰えてないじゃん」

 虎子が話しかける。九は淡々と、

「そうね。私にとってはそれがレーゾンデートルだから」

 とだけ告げた上で、

「ね、虎子」

「ん?なに?」

「貴方はまだ、曖昧なままなの?」

「曖昧って……どういうことだよ」

 楽曲選択画面のカウントが段々と少なくなっていく。九は「ランダム選曲」のボタンを押し、

「そんなの決まってる。お姫様のことよ」

 虎子の表情がわずかにゆらぎ、

「っ……別に美咲みさきは」

「関係ない?そんなことないわ。私は知っている。あの子は貴方を求めている。そして貴方もまた、あの子を、」

「違う!!」

 大きな声。それとは対照的に、無機質な機械音声が「楽曲が選択されました」と告げる。

 九はくすくすと笑いながら、

「ふふ、まあどちらでもいいわ。私が見たいものは見られたから」

 とだけ言って筐体に意識を集中させる。それとは対照的に虎子は、

「くっ……」 

 投げかけるべき言葉が見つからず、後ろ髪を引かれるかのような状態でゲームへと戻っていく。


『Are you ready?……Go!』


 やがて、先ほどと同じ合図で楽曲が始まる。

 二人のプレイスタイルは変わらない。なめらかな動きで画面を撫でるようにタッチしていく虎子に、高速モグラたたきの要領でパーフェクトを連発していく九。その構図は変わらない。変わったことと言えば、

(スコアが……)

 虎子のスコアに、乱れがあった。

 間違いない。全パフェを逃している。コンボを途切れさせるところまでいかないのは流石だけど、相手が全パフェである以上、勝負の行方なんて見えている。

 それでも虎子は諦めない。可能な限り、その「絶望的な差」が、更に絶望的にならないように、必死についていく。追われる立場の九はといえば、あくまで淡々と、しかし、時折動きが大げさになりながらもパーフェクトを積み重ねていく。

 結果として、二曲目にして九が優位に立つ。虎子のスコアだって決して悪くはない。悪くはないが、相手が満点ではその「悪くない」にはなんの意味もない。

 三曲目前のインターバル。先に仕掛けたのは九だった。

「乱れたわね。良いわ……私が見たかったのはそれ、それなのよ」

 虎子は吐き捨てるように、

「相変わらず趣味わりいな」

 九はそんな言葉に動じないどころかむしろどこか嬉しそうに、

「そうね。でも趣味なんて悪くて結構よ。ただただ小綺麗に、自分の心に嘘をついて生きるどこかの誰かさんよりはよっぽどいい生き方だと、そうは思わないかしら」

「っ……」

 これは、虎子のことだ。

 きっと九は、虎子の、家庭の事情を知っているのだろう。

 彼女が、美咲と仲がいいこともよく分かっているはずだ。

 その上で言うのだ。

 自分の心に嘘をついている、と。

 確かに、虎子は自分の心を偽っていると思う。

 きっと彼女は卒業後も、今みたいに、友達と馬鹿をやることを望んでいるんだ。これは俺の主観も混じっているけれど、美咲と今よりも親密に──ようは恋人同士になりたいと思ってさえいるかもしれない。

 けれど、その思いは、心の奥底に封じ込めた。固く、固く鍵をかけて、二度と開かないようにした。

 自分の心に嘘をついてまで。

 何が正しいのかなんて、俺には分からない。家の事情だって、俺が知っているのは美咲から聞いた話だけに過ぎない。実際に彼女の両親が何を考え、何をしようとしているのかも、それに抗うのがどれほど難しいものなのかも俺には分からない。

 だけど、一つだけ確かなことがある。

 それは、

「虎子が、悪い生き方をしてきたなんてことは無いと思うよ」

はな……?」

 虎子があっけに取られる。九が懐疑的な目でこちらを見つめる。選曲のカウントダウンはもうあまり残っていない。

 俺は続ける。

「そりゃ、自分の心に正直に生きられたらいいとは思うよ。だけど、そんなに簡単なことじゃない」

 九はにやりと笑い、

「そう。でも、」

 俺はあえて遮るようにして、

「でも。もしそれが心を偽ったものだったとしても、虎子はカッコいいよ。美咲が言ってた。トラは皆のヒーローなんだって」

「華……」

 虎子が、驚き半分喜び半分といった声を出す。俺はさらに続ける。

「だから!きっと、この勝負だって勝ってくれる。ね?虎子?」

「ふぇ!?あ、ああ。そうだな」

 そこでようやく「いつもの虎子」を取り戻し、

「勝つよ。だから見ててくれよ、華」

 一連の流れを見た九は、長い髪をこれでもかと言わんばかりにかきむしり、

「違う。違う違う違う違う違う違う違う違う違う!こんなのは、絶対!!!!」

 虎子が残り数秒となっていた楽曲選択画面で、ボタンを押す。

 選択は、ランダム選曲……ではなかった。

「これ……って」

 画面に曲名が表示される。九があっけにとられる。虎子が、

「そ。九の得意曲。で、俺の苦手曲。どうせ勝つなら、条件は厳しい方がいいと思ってね」

 ルール破りの行動。だけど、それを受けた九は不敵な笑みを漏らし、

「ふふ…………ふふふふふふふふふふ…………いいわ。そんなに負けたいのなら、お望み通り、完全勝利で貴方に土をつけてあげる!」

 それを聞いた虎子は、九に何かを囁く。

「……………………」

「っ!貴方…………」

 ほどなくして楽曲が始まる。

 俺はきっと忘れないだろう。この一連の出来事を。そして、

 虎子から囁かれた時、九がした、絶望と希望がごちゃ混ぜになったようなあの、表情を。
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