百合カップルを眺めるモブになりたかっただけなのに。

蒼風

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Ⅱ-Ⅲ.様々な友人関係

62.やばいと思ったけど、愛が抑えられなかった。

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 歴史上には大岡裁きのように、人々の争いごとを、すぱっと明快に、かつ人情味のある判定で解決してしまう大人物がいたという。

 ぶっちゃけていう。力を貸してほしかった。

 歴史上の人物だろうが、 死者だろうが関係なしに、ひょいと出てきて、うまい解決を図ってほしかった。俺じゃ荷が重すぎる。

 それでも、聞かないわけにはいかない。なんていったって、俺は目撃者だ。しかもことを起こした当事者はルームメイトと、その後輩だ。無関係という訳にはいかない。なんだか最近こういう揉めごとに巻き込まれる気がするなぁ……

「それで?いったいどうしてこんなことになったの……」

 その言葉に若葉わかばがついとそっぽを向いて、

「別に、何もないです。強いていうなら、千載一遇のチャンスを、どこぞの地味子に邪魔をされただけですー」

 全く協力をしてくれなかった。あと、地味子ってもしかして俺のこと?

 一方の彼方かなたは、

「どこから説明したらいいんだろうなぁ……」

 と悩みだす。それを見た若葉が、

「そんなことしなくていいんです!お姉さまは何も悪くないんですから!」

 うん。そうだろうね。

 多分悪いのは君だと思うしね。

 頭を押さえる。

 正直、聞くまでもないことだ。

 若葉の彼方に対する感情は分かっていたことだし、彼方は彼方で、若葉に対しては(後輩として、だけど)悪く思ってないのも知っている。

 そうなってくると答えは簡単で、友達を誘うような形で彼方(と俺)の部屋に呼ばれた若葉は、どこかでスイッチが入って、彼女を襲ったのだ。

 その経緯は分からない。もしかしたら、彼方が若葉に対して、(後輩として)好きとか(後輩として)凄く信頼しているとか、そんな言葉を言ったのかもしれない。カッコ内の言葉は端折った上で。それが若葉には(一人の女として)好きとか、信頼しているとか、そんな言葉に聞こえたのだろう。

 そんなやり取りの末に、興奮した若葉は相手の静止も聞かずに襲い掛かったとか、大体の顛末はそんなところじゃないだろうか。少なくとも彼方に了承の意があったとは思えない。っていうかそうだとしたら、あんな抵抗感溢れる声は聞こえてこないと思う。

 俺は一つため息をついて、

「はぁ…………あの、一つ聞きたいんだけど」

「なにかな?」

 それに答えてくれたのは彼方だった。聞きたかったのは若葉だったんだけどな……まあいいや。

「彼方は“後輩として”辰野たつのさんのことが好きなんだよね?それ以上の意味はないよね?」

 それを聞いた彼方は至極落ち着いて、

「まあ……そうだね。と、言うか、私は誰が好きとか、そういうのは特に無いんだよね、まだ」

 それを聞いた若葉が、

「そんな…………!私のことは遊びだったんですか…………?」

「いや、遊びって言うか……ねえ?」

 困った彼方が俺に視線を向けてきた。その目線には「助けて」という意思がこもっている気がする。そんな視線を向けられても困る。

「えっと……辰野、さん?」

「……………………なん、ですか?」

 うわぁ、凄く嫌そうな顔。呼びかけに応じるかどうかですら大分悩んでそう。随分嫌われたものだ。

「あの、彼方……宇佐美うさみ先輩は、その、ノーマルっていうか、そういうことかもしれない、よ?」

 ありえる話だ。

 そもそも彼方の恋愛対象が女性であるなんて保証はどこにもない。百合作品を好んでいたらといって、恋愛対象も女生徒とは限らないのだ。

 今時はBL作品を読んでいる男性だっているらしいけど、そんな彼らがホモというわけではないのと一緒だ。世の中は得てして複雑に出来ている。

 ホモを見るのは好きでも、自分はホモではないなんてことは、そんなに珍しいことではないのだ。百合だってまたしかりだろう。

 だけど、そんな理屈は当然若葉には通用せずに、

「そんなことないです!お姉さまは全人類に平等に愛を注げるんです!あなたとは違うんです!」 

 そんなどこかの首相みたいなことを言われても……

 若葉は彼方にすがるようにして、

「ね?お姉さま?お姉さまは別に性別で恋愛相手を決めたりしませんよね?」

 なんだそのよく分からない信頼感は。

 ただ、その信頼感は思っても無かった形で崩されることになる。

「え?えーっと……」

 そこで彼方は俺の方をちらりと見て、ちょっと頬を染めた上で、視線を曖昧にそらして、

「そ、そう、だね。そうかもしれないね」

 おいちょっと待て、今のってつまり、

「はぁーーーーーーーー!!!!????」

 そんな俺でも気が付くレベルの仕草に、若葉が気付かないはずはない。

 つまるところ、こういうことだ。

 彼方は今、明らかに俺──つまりは笹木ささきはな──を意識しているような反応をしてしまった。恋愛対象の話をしている時に。

 それが一体どういう意味なのかは分からない。ちょっと気になっているとか、単純に身近な女性で一番好感度が高かったのが俺だったとか、可能性は色々考えられる。
 
 だけど、今重要なのはそんなことじゃない。

 彼方は「恋愛対象」の話で若葉ではなく、俺を選んだ。

 よりにもよって、である。

 爆発するのには十分すぎるほどの火種だったと思う。

 若葉は俺を指さして、

「この!泥棒猫!地味な見た目してやることが姑息ですよ!同室になったのをいいことにどんなことをしたんですかこの変態!いいですか!お姉さまと私の付き合いは長いんですよ!それなのに!ぽっと出の!あなたなんかが!ムキィーーーーーーーーー!!!!!!!!」

 すごぉい。「ムキ―!!」って言う人初めて見た。

「こうなったら勝負です!良いですか!来たる四月二十五日!それがお姉さまの誕生日です!その日までに!お姉様への誕生日プレゼントを選んでください!それで、どっちがお姉様を喜ばせたかで勝負です!いいですね!」

「う、うん」

 ツッコミどころなんていくらでもあった。

 だけど、あまりの勢いに押し切られてしまう。凄い剣幕だ。

 言い切った若葉は息を切らして、

「はぁ……はぁ……それじゃ、来週、また会いましょう。ほえ面書かせてあげます……」

 吐き捨てるように言い残して、部屋を後にしていた。

 ……それ、負ける側の台詞な気がするんだけど、いいのかなぁ……
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