百合カップルを眺めるモブになりたかっただけなのに。

蒼風

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Ⅱ-Ⅱ.幼き日々と、淡い思い出。

57.思いを託すように。

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「自由に……ってどういう?」

 美咲みさきが申し訳なさそうに、

「ごめん、ちょっと分かりにくかったわね。虎子とらこはね、高校を出たら多分今みたいに遊んだりは出来なくなるの」

「え……」

「さっき言った通り、虎子の家はこの辺でも名前の知れた名家なの。それだから……かは分からないけど、家もちょっと古風って言うか、昔を抱えているところがあって。女性はそれこそ高校を出たら、良いところに嫁ぐのが幸せっていう家で」

「それはまた、大分古風な……」

「古臭いって思ったでしょ?」

「え!?えーっと……」

 美咲がじーっと俺のことを見つめる。これはあれだ。折れるしかないやつだ。

「……はい」

「よろしい」

 うう……美咲ちょっとこわいよぉ……しかもなんでそんなに嬉しそうなんだよぉ……

 美咲は、そんな俺の内心を読んだかのように、

はなちゃん、ちょっと昔の私っぽいから」

「昔の……美咲?」

「ええ。えっと……」

 美咲は自らのバッグを漁り、先ほど俺に渡したヘアピンの入った小袋を取り出して、

「私もね、昔は前髪を伸ばしてたの。それこそ、今の華ちゃんみたいに」

「そうなの?」

「うん。だけどね、ある日トラが私に言ったの。なんで前髪下ろしてるの?って、可愛い~上げてたらいいのにって」

 うーんナチュラルに口説いていく。こうやって小さいころから落としにかかってたんだな。光源氏かお前は。まあこの場合年齢は一緒だけど。

「それでね、」

 美咲は小袋から一つのヘアピンを取り出し、

「その時、トラから貰ったのが、このヘアピンなの」

「それって」

 よく見るまでもない。

 それは先ほど俺が選んだヘアピンだ。

「華ちゃんがこれを選んだ時はびっくりした。びっくりしたけど、同時に嬉しかった。一緒なんだなって」

 それは……どうだろうか。俺の場合髪を下ろしているのはあくまで「隠すため」だ。だけど、話を聞いている限り、彼女の理由は「恥ずかしいから」だ。どちらも目立ちたくないという意図はあるけれど、その根源となっている感情は全く違う。

 違うけど、選んだ選択肢は、全く一緒だった。そこに、共通点はあるのだろうか。

 沈黙。

 やがて、美咲がゆっくりと、

「トラはね、ヒーローなの。それは私にとってもそうだし、皆にとってもそう。ケンヤたちにとってもそうだし、他の、小学校の同級生からしてもそう。最初は告白されたりもしたけど、ある程度トラが断ってると、そんな話は出てこなくなった。もちろん、トラのガードが固いってのもあったと思うけど、それ以上にトラが一人の誰かとってことを考えてないってことが皆、分かったんだと思う」

 一息ついて、

「私ね、トラには目一杯学生時代を楽しんで欲しいんだ。だけど、それは私と一緒にいることだけじゃない。だから、私がトラと一緒に遊びたいってだけで、拘束するわけにはいかない」

 かなりの間をおいて、

「…………私はね、華ちゃん。折木おれきさんみたいにはなれないのよ」

「折木さん……」

 どうしてその単語が。最初はそう思った。

 けれど、すぐに気が付いた。考えるまでもない。あの話はまさに美咲と虎子の関係性にそっくりじゃないか。

 皆の人気者であり、同じ吹奏楽部所属のヒロイン・飛鳥と友達の折木。彼女は段々と自分だけのものではなくなっていく飛鳥に構って欲しくて、様々なアクションを起こす。

 最終的には大事な演奏会の直前に失踪した折木を飛鳥が探し出し、青い花のブローチを送るという物語。

 青い花というのは彼女たちにとっての思い出の品で、幼少期に折木が飛鳥に送った、些細なプレゼントとリンクしているという、なんとも尊いつくりの作品なのだ。
 
 そのシチュエーションはまさに、美咲と虎子そのものではないか。頭の中で二つの事実が繋がる。彼女は最初から「折木さん」の存在を知っていた。

 最初は正直「どこかでタイトルを見た」みたいな偶然の可能性もあるかもしれないと思っていた。だけど、ここまで来てしまえば話は単純だ。彼女は原作を知っていたのだ。

 物語を知っていて興味を持ったか、後から物語を知って、自らを重ね合わせたか、その順番は分からない。

 ただ、どれだけ重ね合わせたとしても、違いは色々ある。当然だ。フィクションなのだから。

 一番の違いは、折木と飛鳥の間にはなんの障害もない、ということだ。

 家、という大きな障害が。

「…………ありがとね、華ちゃん」

「え?えーっと、はい」

 俺が戸惑っていると、その手の平を掴んで、ぱっと開かせ、そこに先ほどのヘアピンを握らせる。

「え、これって……」

「あげる。これは華ちゃんが持ってるべきだと思う。だってあんなに可愛いんだから、ね?」

 そう聞いてくる。

 違う。これは疑問なんかじゃない。だってそうだろう。

「…………ありが、とう……」

 それを渡す美咲の表情が、今にも崩れ落ちそうな不安定さ、だったのだから。
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