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Ⅰ-Ⅵ.笹木華、奮闘

39.見守る人。

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「ふーん…………そんなことがあったのね」

 俺とアテナは手ごろな座れる場所を探し求め、中庭に移動していた。昼休みであれば昼食を取る学生たちで賑わいを見せているこの場所だけど、今は放課後ということもあって、割と閑散としていた。

 ちなみに場所はいつも夢野ゆめのたちと昼食を取っている広めのテーブルだ。今は二人しかいないので、アテナと俺が向かい合う恰好で座っている。

 アテナ相手ということもあって、その会話の中には割と、人に聞かれると不審がられるワードも含まれることになるので、本当のところを言えば、もう少し人に話を聞かれる心配のない場所に移動したい気もするのだが、万が一それが身内にバレようものなら、要らぬ妄想をされる気がしてならないのでやめておいた。だから、俺はモブだからね?それは肝に銘じておいて欲しいな、ホントに。

「……ちょっと、話は逸れるんだけど、」

 アテナはそう前置いた上で、

「あなたがここに来る前に言った通り、“佐々木ささき小太郎こたろう”の人生は想定よりもかなり早く幕を閉じた。だから、今あなたは、あなた自身の要望でこの世界にいる。そこまでは良いわね?」

「それは、うん」

「それでね。その“転生”には意味があるの。それは本来生きるはずだった人生で得られたはずの経験……あなたたちに分かりやすく表現すると「経験値」を得る。それがもう一つの目的なの。魂の成長……っていうと、胡散臭いかもしれないけど、そういう目的も含まれている。それがあなたや、他の「予定より早く死んでしまった人たち」の“転生”が有している意味」

 経験値を得る。

 それはつまり、

「え、それって苦労をするってこと?」

 アテナは首を小さく横に振り、

「そうでもないわ。喜怒哀楽全ての感情が「経験値」として蓄積される。それをためて魂をレベルアップさせる。それが、私たちの使命みたいなものなの。ざっくりといえば」

「また壮大だな……」

 アテナは苦笑いし、

「そうね。私もそう思う。女神の寿命……って言っていいのかは分からないけど、一生は人類よりもはるかに長いはず。それでも私が女神として“存在”しはじめてから、そんな壮大な目標が進んだって感覚は正直無いわ」

 沈黙。

 やがてアテナは再び語り始める。

「今ね、私たちの間でも色々な方向性が出てきているの」

「方向性?」

「そう。本当に今のままでいいのか。もっとやり方があるんじゃないかってね。こういうところは人間と一緒ね。それで、その一環として、私はここにいる。本来なら私は、あなたの監視なんて目的で、この世界でも生活をするなんてことはやらなくてもよかった。でも、私はここに来ることを選んだ。なんでだと思う?」

「…………バカンス?」

 アテナが「話聞いてたかこいつ?」みたいな目で俺を睨みながら、

「そんなわけないでしょ。頭大丈夫?」

 そこまで言われるような発言をした覚えはない。そんなにバカンスを否定したいなら、浴場に行くときは常に、マイお風呂セットとアヒルさんを持参するのをやめろと言いたい。

 最近は俺とは完全に別行動で、どの湯に何分つかるかの計画までしっかりとくみ上げてから入浴しているじゃないか。それをバカンスと言わずに何というんだ。

 ただ、まあ、それだけが目的でないのは分かり切っているので、

「監視する必要があった、と?」

「そうよ。ちゃんと分かってるんじゃない」

「え?俺、監視対象なの?」

 アテナは「うーん」と唸り、

「監視対象ではある……けど、それはあなたが何をするかというよりも、あなたの周りに何が起きるかの方を見たいからなのよね」

「周りに?」

「そ。詳しいことは言えないんだけど、私の友達がどうも不穏な動きをしててね。あなたに余計なちょっかいを入れて、事態をややこしくするんじゃないかって思って見てるの」

「ちょっかいって……なんでまた」

「うーん…………」

 アテナは暫く視線をあっちに飛ばしこっちに飛ばしとしていたが、

「ごめん。それは言えないの。色々と事情があって」

 頭を下げ、

「…………私、正直最初あなたに会った時「ああ、とんでもないのが来たな」って思った」

「おい」

「だってしょうがないでしょ!いきなり百合がどうだのって言い出すんだもの。そんなやつ、今までいなかったわよ」

 まあ、そうだろう。

 自分の思い通りの世界に転生できると言われて、女子生徒のモブになって女子高に通い、百合恋愛を眺めたいなんて奇特なことを考える人間はそうそういないだろう。
もっとこう、自分の欲望に忠実に、ハーレムを作りたいとか。大金持ちになりたいとか、下賤なところだと、とにかくセッ○スがしたいとか。そういうところに行きつくに違いない。

 いや、俺も欲望に正直になったつもりだし、その手の欲求だって無いわけではないんだけど、あの時はあれが第一志望だったんだ。その選択は、今でも間違っていたとは思っていない。ちょっと変な方向に進んでしまってはいるけれど。

 アテナはしっかりと俺の目を見据えながら、

「でも、ずっと近くで見てて思った。ちょっと……かなり変な性癖は持っているけど、それ以外は極めてまとも……ううん。むしろ凄くいいやつなんだなって」

 なんだこれは。

 告白シーンか?

 それなら全力でお断りするんだが。

 が、アテナはそこで話を終わりにせず、

「ねえ、はな。華は、生前……っていうと紛らわしいわね……この世界に来る前のことって覚えてる?」

「それは…………」

 考え込む。そして初めてはっきりと気が付く。俺は今、ここに来る前のことをほとんど覚えていない。覚えていることと言えば、トラックに轢かれる形で死んだことと、年齢的にはまだ若かったことくらいだ。

 アテナはそんな俺の思考回路を読みよるようにして、

「そう。あなたはここに来る時点で……正確には、私と出会った時点で、記憶を全て忘れてる……より正確に言えば、記憶に“鍵”をされているはずなの」

「“鍵”……」

「そう。記憶自体はあなたの脳内にきちんと残っている。けれど、それにアクセスできないようにされている。これは私じゃなく、もっと偉い人の意思決定で行われていることだから、私じゃどうにもできないことなのね」

 そこで言葉を切り、

「だけど、この記憶はきっかけ一つで思い出すものなの。似たような場面に遭遇するとか。そういうことで、あっさりと」

 そこまで言って俺の両手を掴み、

「いい?華。もし何かあって、過去を思い出すことがあっても、惑わされないで。それはあくまでこの世界の話じゃない。あなたは生まれ変わった。過去は変えられなくても、未来は変えられる。あなたはそれだけの人間よ。それは、私が保証する」

「えっと」

 なんで。

 正直にそう思った。

 聞きたいことは山ほどある。何故記憶に鍵がかかっているのか。それを何かのきっかけで思い出すことに何の問題があるのか。それによって何が引き起こされるのか。そもそも俺は一体これからどんな目に合うというのか。

 様々な考えが現れては消えていった。その中で残った、一つの純粋な疑問は、

「なんで」

「?」

「なんで、そんなに俺に入れ込んでるんだ?聞いてる感じだと、アテナ……女神は俺にそんなに強く干渉は出来ないんじゃないのか?それなのになんで、」

 アテナがきっぱりと、

「観測器」

「かんそくき?」

「そう。あれって、結構万能なアイテムじゃない。それこそ女子の私生活を覗き見ることだって出来る。それだけに終始するってことも考えられない選択肢じゃない」

 息継ぎ、

「でもあなたはそれをしなかった。だから、「味方になってあげてもいいかもな」って思ったのよ」

 考えもしなかった。

 いや、考えはしたんだ。観測器の力を借りれば、盗撮まがいのことが出来ることくらいはとっくに分かっている。

 だけど、それをする気にはならなかった。なぜか。それは俺自身にもよく分からない。特定の相手に対して好意を抱いているわけではなく、あくまで百合恋愛を見届けたいだけだからというのも理由ではある。

 けれど。

 そうだとしても。

 いち男性として……いや、一匹のオスとしての行動を、俺は取ろうと思わなかった。

 いったい、なぜ。

 俺が返答に窮しているのを見て、アテナが、

「まあ、そんなわけだから。立場上あんまり直接的な介入は出来ないけど、これくらいならいいかなと思ったわけ。感謝してよね。こんなこと、めったにないんだから」

 と、顔をそむけた。照れ隠しだろうか。なんでもいいけど、その仕草は恋愛っぽさが漂ってきちゃうからやめてほしい。ほんと、知り合いが見てなくてよかった。
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