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Ⅰ-Ⅴ.マイペースな先輩─馬部碧─
26.要するに強気受けってやつ。
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今聞いたのはあくまで噂話や目撃証言に過ぎない。だから実際に二人の間になにがあったのかについては現段階では全くの闇の中であり、推測するしかないのが現状だ。
しかし、しかしだ。
聞いた限りの情報で判断するなら、二人は本来犬猿の仲というわけではないはずだ。
じゃあなぜ「大嫌い」なんてフレーズが出てくるのかといえば、これはもう育巳が、碧の書いた“本気の一枚”に惚れ込んだからに違いない。
そして(それは一体いつ見たものなのかは分からないが)もういちどあの時の本気を出させると意気込んでいたに違いない。
けれど、碧は一向に動かなかった。だから、「大嫌い」というフレーズが出てくるのだ。
本当は嫌いなんかじゃないんだ。嫌いなのは「凄い実力を持っているはずなのに発揮しない馬部碧」であって、その実力がいかんなく発揮されれば、そこまでのネガティブイメージが全部反転し、一気に大好きになるに違いない。それこそ恋愛に発展するくらいに。
決めた。
美術部に行ってみよう。
馬部碧という人間がどういう人物かは分からない。「お高く留まって」という表現も、育巳の色眼鏡による補正がかかっているはずだ。
一応、実は碧の方がどうしようもない人物で、育巳に迷惑をかけているだけという可能性も無いわけではない。流石に身の危険はないだろうけど、心の準備だけはしておきたい。
と、いうことで、
「あの、彼方」
その言葉に、
「なに?」
「「「彼方!?」」」
なぜか約四人が反応した。なんだなんだ。ここには彼方が四人いるのか。
彼方(幼馴染)が、
「いいなぁ……」
と呟き、彼方(女神)が、
「天然ジゴロってこういうのを言うのね……」
と感想を述べ、彼方(ガチレズツインテール)が、
「ぐぎぎ……覚えてなさい……」
と呻いた。気になる内容しかなかったけど、取り合えず完全に無視をして、
「えっと…………その馬部先輩っていうのはどういう人なの?」
彼方も若干周りの反応を気にしつつも、
「うーん……マイペースってことくらいしか知らないなぁ……あ、でも、割と後輩思いらしいよ?」
「そうなの?」
「そ。一色とは時々話すんだけど、これを先輩に貰ったとか、あれを先輩に貰ったとか、そういう話を結構聞くんだよね」
「へぇ……具体的には何を貰ったりしてるの?」
「うーん……なんだったかなぁ……なんかカタカナ語だったと思うけど、なんとかチーフ」
フキサチーフか。
木炭のコンテやら水彩画なんかをキャンバスに固定する、定着液みたいなものだ。なるほど美術部らしい。
だけど、それを後輩にあげるというのはどういうことだろう。美術部員である以上、育巳だって持っていてもおかしくはない代物だし、それでなくとも部の備品として備え付けてあっても不思議はない。それをわざわざプレゼントする、というのはちょっと良く分からない。気まぐれなのか、それとも何か意味があるのだろうか。
彼方が続ける。
「後は……なんだかんだ面倒見は良いみたいだね」
「面倒見?」
「うん。なんか一色に絵の指導とかしてるらしいよ。それだけは褒めてたね」
絵の指導。
なんでそんなことをしているんだろうか。
育巳からしてみれば、そんなことよりも描いているところを見せた方が喜んでくれるのではないだろうか。そんなことはいくら碧でも分かっているはずだ。にも拘わらず、指導。実際に描いて見せるのではなく。なんだかますます分からなくなってきた。
美咲がやや心配そうに、
「華ちゃん?」
「はい」
「もしかして……馬部先輩に会いに行くの?」
おっと。まあ流石にここまで興味を持って情報を聞き出していたら勘づくか。
俺は正直に。
「一応。凄い絵を描くっていうのも気になりますし」
美咲はそれでもなお心配げに、
「……私が見た馬部先輩は、正直言って怖かった。鬼気迫るというか、なにかに取りつかれているような感じだった。もちろん、あの時だけだったのかもしれないけど、関わるのは……ちょっと怖い」
ふむ。
結局のところ、その「鬼気迫る馬部碧」を見ているのが美咲しかいない以上、コメントのしようがない。「鬼気迫る」という表現も彼女のバイアスがかかったもので、実際はただ真剣に絵を描いていただけ、という可能性も否定は出来ない。
ただ気になるのは、
「ひとつ、聞いていい?」
「う、うん」
「その“鬼気迫る馬部先輩”を見たのって、いつ?」
美咲はやや戸惑いながら、
「えっと……あれは中等部の、二年生。二学期の中頃だったと思うけど」
中等部二年生。
と、いうことは、その時点での碧は高等部の一年生で、育巳は中等部の三年生だ。当時の美術部に所属している人間がどれくらいいたのかは分からないが、そこに何かの鍵がありそうな気がする。
鬼気迫った感じ。
おどろおどろしい。
キャンバスが破れるんじゃないかという勢い。
いずれも現在の碧に関する情報からはかけ離れたものだ。どれも他人の見聞きした情報でしかない以上、これより先は自分で確かめるしかないだろう。
「ありがとう。心配してくれるのは嬉しいけど、会ってみることにするよ」
「う、うん」
依然として緊張感が取れない美咲。困ったな。別に心配がらせたかったわけじゃないんだけど。
それならば、
「大丈夫」
「きゃっ!?」
美咲の手をがっしりと包み込むようにして持ち、
「危なそうだったらすぐに引くから。ね?」
にっこり笑顔。まあ、その表情はほとんど前髪に隠れて見えないんだけど。
そんなやり取りをみた外野が思い思いに、
「へー(棒読み)」
「これはあれね、女の敵ね」
「誰でもいいのね……けだもの」
「いいなぁ……」
感想を述べる。誰が誰かはあえて言わない。でも、虎子さん。不機嫌が隠せてないですよ。そんなに好きならさっさと付き合えばいいのに。こういうイケイケな子に限ってヘタレだったりするからなぁ。
と、そんなことを考えていると美咲が、
「あのっ!」
「はい」
「取り合えず……宇佐美先輩みたいに、もっとフランクに接してほしい、です」
と、意見を述べる。それに虎子も同調して、
「あ、俺も。タメ口でいいよ。その方が仲良くなれそうだし」
と追従したが、
「私は別に要らないですからね、そういうの」
若葉には拒絶された。まあいいや。君は彼方のことしか見てないだろうからね。でも敵意はほどほどにしてくれると嬉しいな。何かのきっかけで恋愛感情に昇華しそうでちょっと怖いよ?
しかし、しかしだ。
聞いた限りの情報で判断するなら、二人は本来犬猿の仲というわけではないはずだ。
じゃあなぜ「大嫌い」なんてフレーズが出てくるのかといえば、これはもう育巳が、碧の書いた“本気の一枚”に惚れ込んだからに違いない。
そして(それは一体いつ見たものなのかは分からないが)もういちどあの時の本気を出させると意気込んでいたに違いない。
けれど、碧は一向に動かなかった。だから、「大嫌い」というフレーズが出てくるのだ。
本当は嫌いなんかじゃないんだ。嫌いなのは「凄い実力を持っているはずなのに発揮しない馬部碧」であって、その実力がいかんなく発揮されれば、そこまでのネガティブイメージが全部反転し、一気に大好きになるに違いない。それこそ恋愛に発展するくらいに。
決めた。
美術部に行ってみよう。
馬部碧という人間がどういう人物かは分からない。「お高く留まって」という表現も、育巳の色眼鏡による補正がかかっているはずだ。
一応、実は碧の方がどうしようもない人物で、育巳に迷惑をかけているだけという可能性も無いわけではない。流石に身の危険はないだろうけど、心の準備だけはしておきたい。
と、いうことで、
「あの、彼方」
その言葉に、
「なに?」
「「「彼方!?」」」
なぜか約四人が反応した。なんだなんだ。ここには彼方が四人いるのか。
彼方(幼馴染)が、
「いいなぁ……」
と呟き、彼方(女神)が、
「天然ジゴロってこういうのを言うのね……」
と感想を述べ、彼方(ガチレズツインテール)が、
「ぐぎぎ……覚えてなさい……」
と呻いた。気になる内容しかなかったけど、取り合えず完全に無視をして、
「えっと…………その馬部先輩っていうのはどういう人なの?」
彼方も若干周りの反応を気にしつつも、
「うーん……マイペースってことくらいしか知らないなぁ……あ、でも、割と後輩思いらしいよ?」
「そうなの?」
「そ。一色とは時々話すんだけど、これを先輩に貰ったとか、あれを先輩に貰ったとか、そういう話を結構聞くんだよね」
「へぇ……具体的には何を貰ったりしてるの?」
「うーん……なんだったかなぁ……なんかカタカナ語だったと思うけど、なんとかチーフ」
フキサチーフか。
木炭のコンテやら水彩画なんかをキャンバスに固定する、定着液みたいなものだ。なるほど美術部らしい。
だけど、それを後輩にあげるというのはどういうことだろう。美術部員である以上、育巳だって持っていてもおかしくはない代物だし、それでなくとも部の備品として備え付けてあっても不思議はない。それをわざわざプレゼントする、というのはちょっと良く分からない。気まぐれなのか、それとも何か意味があるのだろうか。
彼方が続ける。
「後は……なんだかんだ面倒見は良いみたいだね」
「面倒見?」
「うん。なんか一色に絵の指導とかしてるらしいよ。それだけは褒めてたね」
絵の指導。
なんでそんなことをしているんだろうか。
育巳からしてみれば、そんなことよりも描いているところを見せた方が喜んでくれるのではないだろうか。そんなことはいくら碧でも分かっているはずだ。にも拘わらず、指導。実際に描いて見せるのではなく。なんだかますます分からなくなってきた。
美咲がやや心配そうに、
「華ちゃん?」
「はい」
「もしかして……馬部先輩に会いに行くの?」
おっと。まあ流石にここまで興味を持って情報を聞き出していたら勘づくか。
俺は正直に。
「一応。凄い絵を描くっていうのも気になりますし」
美咲はそれでもなお心配げに、
「……私が見た馬部先輩は、正直言って怖かった。鬼気迫るというか、なにかに取りつかれているような感じだった。もちろん、あの時だけだったのかもしれないけど、関わるのは……ちょっと怖い」
ふむ。
結局のところ、その「鬼気迫る馬部碧」を見ているのが美咲しかいない以上、コメントのしようがない。「鬼気迫る」という表現も彼女のバイアスがかかったもので、実際はただ真剣に絵を描いていただけ、という可能性も否定は出来ない。
ただ気になるのは、
「ひとつ、聞いていい?」
「う、うん」
「その“鬼気迫る馬部先輩”を見たのって、いつ?」
美咲はやや戸惑いながら、
「えっと……あれは中等部の、二年生。二学期の中頃だったと思うけど」
中等部二年生。
と、いうことは、その時点での碧は高等部の一年生で、育巳は中等部の三年生だ。当時の美術部に所属している人間がどれくらいいたのかは分からないが、そこに何かの鍵がありそうな気がする。
鬼気迫った感じ。
おどろおどろしい。
キャンバスが破れるんじゃないかという勢い。
いずれも現在の碧に関する情報からはかけ離れたものだ。どれも他人の見聞きした情報でしかない以上、これより先は自分で確かめるしかないだろう。
「ありがとう。心配してくれるのは嬉しいけど、会ってみることにするよ」
「う、うん」
依然として緊張感が取れない美咲。困ったな。別に心配がらせたかったわけじゃないんだけど。
それならば、
「大丈夫」
「きゃっ!?」
美咲の手をがっしりと包み込むようにして持ち、
「危なそうだったらすぐに引くから。ね?」
にっこり笑顔。まあ、その表情はほとんど前髪に隠れて見えないんだけど。
そんなやり取りをみた外野が思い思いに、
「へー(棒読み)」
「これはあれね、女の敵ね」
「誰でもいいのね……けだもの」
「いいなぁ……」
感想を述べる。誰が誰かはあえて言わない。でも、虎子さん。不機嫌が隠せてないですよ。そんなに好きならさっさと付き合えばいいのに。こういうイケイケな子に限ってヘタレだったりするからなぁ。
と、そんなことを考えていると美咲が、
「あのっ!」
「はい」
「取り合えず……宇佐美先輩みたいに、もっとフランクに接してほしい、です」
と、意見を述べる。それに虎子も同調して、
「あ、俺も。タメ口でいいよ。その方が仲良くなれそうだし」
と追従したが、
「私は別に要らないですからね、そういうの」
若葉には拒絶された。まあいいや。君は彼方のことしか見てないだろうからね。でも敵意はほどほどにしてくれると嬉しいな。何かのきっかけで恋愛感情に昇華しそうでちょっと怖いよ?
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