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chapter.3
15.花咲
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時は数時間後。放課後の大欅下に戻る。
結局のところ瑠壱は、最後まで有益な情報を引き出すことが出来なかった。
今年の文化祭が持つ特別性と、それに対する千秋の力の入れように関しては知ることが出来たし、その事実は、普段学園の行事やイベントとはとんと縁のない瑠壱ですら気になるレベルではあるのだが、今は全くと言っていいほど関係が無いことだ。
その後、一応冠木から情報を引き出そうとはしてみた。
基本的に適当で、今もなお、本来ならば使ってはいけないはずの元・宿直室に入り浸ったっているくらいの人だから、多少の情報は千秋に秘密で教えてくれるのではないかと期待をしていたのだが、
「それは冷泉……千秋ちゃんから聞いてよ」
の一点張りだった。
それは文化祭についてもそうだし、“white memories”についてもまた同じだった。
あの様子だとどちらに関しても一定程度の情報は持っているような気はするのだが、それ以上押しても何も出てはこなそうだったので諦めて話題を変え、そのままいつも通りの昼休みと、いつも通りの授業と、いつもとは大分趣の違う休み時間を生き抜き今に至っている。
再び溜息。
どれに対して、という訳ではない。
気になることなどいくらでもあった。
結局、あれから沙智はどうしたのか。そもそも彼女はどこのクラスなのか。智花は一体なぜ彼女の連絡先を知っているのか。そして、なぜ“今更”瑠壱をデートなどに誘ってきたのか。どうして千秋は“white memories”の、しかも着メロ用の音源なんてものを持っていたのか。そして、なぜそれをスマートフォンの着信音に設定しているのか。百周年を記念するとはいえ、この時期から、冠木まで巻き込んで準備を行う文化祭というのは一体どういうものなのか。
敵、とはいったい誰なのか。
「ごめん、お待たせ」
声が、聞こえた。
考え事をしていた顔をあげ、そちらを向く。そこには、
「佐藤……智花」
瑠壱の幼馴染であり、現在の悩みの種の一つ、佐藤智花がいた。
◇
「…………なに、流行ってるの?ここ」
開口一番、瑠壱の口から出た言葉がこれだった。
視界に映っているのは昨日見たばかりの薄暗い階段と、その薄暗さを生み出している切れかけの蛍光灯──つまりはカラオケハウス藤ヶ崎学園店の入り口だった。
智花はさらりと、
「んなわけないでしょ。この外見で流行ってたらおかしいでしょ」
「そのおかしいところに足を踏み入れようとしているお前はおかしくないのか?」
智花は聴こえるように舌打ちし、
「ほら、入るわよ」
先導するように階段を下りていく。瑠壱も遅れずについていく。
やがて、一階部分よりは幾分ましな地下一階の店舗入り口から内部へと入ると、昨日と全く同じ光景が広がっていた。
地上の雰囲気からは想像できないほどきれいな店内。きちんと整備されたドリンクバー。下手なビュッフェよりも充実しているソフトクリームコーナー。
そして、
「いらっしゃい…………ん?」
山のように大きな店長。これもまた昨日と全く変わりがないようだ。瑠壱と智花は二人してカウンターに向かい、
「フリータイム2人でお願いします」
勝手にコースを決められてしまった。
本音を言えば、二日間連続でフリータイムのカラオケなど瑠壱からすれば前代未聞の出来事だし、レパートリーなど人生で聴いてきた歌を頭からずらりと並べあげても、最後には枯渇してしまいそうな気がする。
が、かといって、それを智花にいったところで「で?だからなに?」と返されるのが関の山なので黙っておいた。彼女は基本、人の話を聞かない。
優姫に言わせれば瑠壱とよく似ているらしいのだが、一体どこが似ているというのだろう。失礼な妹だ。
注文を受けた店長はレジスターを二、三操作し、昨日と同じように番号札を智花に手渡したのち、瑠壱の方に視線を向け、
「坊主。昨日聞いたと思うんだが、もう一回名前を教えてくれないか?」
はて。
どうしてだろうか。
ただ、断る理由はない。瑠壱は素直に、
「えっと……西園寺、です」
その言葉を聞いた店長は形而上の口髭をさすりながら、
「西園寺…………そうか、西園寺か」
なにかを考え込む。瑠壱は思わず、
「あの……どこかで会いましたっけ?昨日以外で」
店長はその言葉にも暫く反応を示さなかったが、やがて方針でも決まったかのように、
「うん、そうだな。なあ、西園寺。お前と、父親の関係性は良好か?普通か?それとも口もきかないような相手か?」
鳥肌が立った。
対して暑くもないのに背筋を一筋の汗が伝い落ちる。その感触が異様に鮮明になる。今までは「ガタイが良いだけの気のいい人」だった目の前の大男が一瞬にして、逃げ道をふさぐ悪魔に早変わりする。
いや、分からない。
今、目の前にいるこの大男が何を考えているかなどさっぱり分かりはしない。
けれど、一つだけ確かなことがある。
瑠壱と父親の関係性を聞いてくる、ということは何かしらの情報を持っている、ということだ。
軽く鼻から息を吸い、吐き出す。ひとつの覚悟を決め、
「良く…………は、ないですね。あの、それがなにか?」
事実を提示する。
嘘をつく、という手が無いわけではないが、それをしたことで相手にどういう印象を与えるのかが全くのブラックボックスである以上あまり分の良い賭けではない。
探りを入れるにしても、嘘はつかない方がいいはずだ。本当のところは「良くはない」などという生易しい関係ではなく、明確に、
「そう、か…………西園寺。お前、藤ヶ崎学園の生徒だよな?」
凄みのある、低い声。だが、そこに少なくとも敵意は感じられない。瑠壱はやはり素直に、
「はい。それが何か?」
智花が話についていけないといった具合に、
「えっと……あの、何の話?」
店長はそれを完全に無視し、
「生徒会ってあるだろ。そこに……花咲夏織っていうのがいる。副会長をやっているはずだ。こいつが、まあ、俺の娘なんでな。もし、なにかあったら頼りにするといい。俺でもいいが、そういうことはあいつの方が得意なはずだ。生徒会のシステムはよくわからんが……多分、お悩み相談だとでも言えば、生徒会室くらいには入れてくれるはずだ。それから、もしお前さんに、そうだな……アニメだとかゲームだとか、そういった創作を好きだって心があるなら、逆にあいつに力を貸してやってほしい。そうだな、例えば、」
そこで言葉を切り、
「────『間違いだらけのハーレムエンド』とかをな」
想定外のワードを繰り出してきた。
結局のところ瑠壱は、最後まで有益な情報を引き出すことが出来なかった。
今年の文化祭が持つ特別性と、それに対する千秋の力の入れように関しては知ることが出来たし、その事実は、普段学園の行事やイベントとはとんと縁のない瑠壱ですら気になるレベルではあるのだが、今は全くと言っていいほど関係が無いことだ。
その後、一応冠木から情報を引き出そうとはしてみた。
基本的に適当で、今もなお、本来ならば使ってはいけないはずの元・宿直室に入り浸ったっているくらいの人だから、多少の情報は千秋に秘密で教えてくれるのではないかと期待をしていたのだが、
「それは冷泉……千秋ちゃんから聞いてよ」
の一点張りだった。
それは文化祭についてもそうだし、“white memories”についてもまた同じだった。
あの様子だとどちらに関しても一定程度の情報は持っているような気はするのだが、それ以上押しても何も出てはこなそうだったので諦めて話題を変え、そのままいつも通りの昼休みと、いつも通りの授業と、いつもとは大分趣の違う休み時間を生き抜き今に至っている。
再び溜息。
どれに対して、という訳ではない。
気になることなどいくらでもあった。
結局、あれから沙智はどうしたのか。そもそも彼女はどこのクラスなのか。智花は一体なぜ彼女の連絡先を知っているのか。そして、なぜ“今更”瑠壱をデートなどに誘ってきたのか。どうして千秋は“white memories”の、しかも着メロ用の音源なんてものを持っていたのか。そして、なぜそれをスマートフォンの着信音に設定しているのか。百周年を記念するとはいえ、この時期から、冠木まで巻き込んで準備を行う文化祭というのは一体どういうものなのか。
敵、とはいったい誰なのか。
「ごめん、お待たせ」
声が、聞こえた。
考え事をしていた顔をあげ、そちらを向く。そこには、
「佐藤……智花」
瑠壱の幼馴染であり、現在の悩みの種の一つ、佐藤智花がいた。
◇
「…………なに、流行ってるの?ここ」
開口一番、瑠壱の口から出た言葉がこれだった。
視界に映っているのは昨日見たばかりの薄暗い階段と、その薄暗さを生み出している切れかけの蛍光灯──つまりはカラオケハウス藤ヶ崎学園店の入り口だった。
智花はさらりと、
「んなわけないでしょ。この外見で流行ってたらおかしいでしょ」
「そのおかしいところに足を踏み入れようとしているお前はおかしくないのか?」
智花は聴こえるように舌打ちし、
「ほら、入るわよ」
先導するように階段を下りていく。瑠壱も遅れずについていく。
やがて、一階部分よりは幾分ましな地下一階の店舗入り口から内部へと入ると、昨日と全く同じ光景が広がっていた。
地上の雰囲気からは想像できないほどきれいな店内。きちんと整備されたドリンクバー。下手なビュッフェよりも充実しているソフトクリームコーナー。
そして、
「いらっしゃい…………ん?」
山のように大きな店長。これもまた昨日と全く変わりがないようだ。瑠壱と智花は二人してカウンターに向かい、
「フリータイム2人でお願いします」
勝手にコースを決められてしまった。
本音を言えば、二日間連続でフリータイムのカラオケなど瑠壱からすれば前代未聞の出来事だし、レパートリーなど人生で聴いてきた歌を頭からずらりと並べあげても、最後には枯渇してしまいそうな気がする。
が、かといって、それを智花にいったところで「で?だからなに?」と返されるのが関の山なので黙っておいた。彼女は基本、人の話を聞かない。
優姫に言わせれば瑠壱とよく似ているらしいのだが、一体どこが似ているというのだろう。失礼な妹だ。
注文を受けた店長はレジスターを二、三操作し、昨日と同じように番号札を智花に手渡したのち、瑠壱の方に視線を向け、
「坊主。昨日聞いたと思うんだが、もう一回名前を教えてくれないか?」
はて。
どうしてだろうか。
ただ、断る理由はない。瑠壱は素直に、
「えっと……西園寺、です」
その言葉を聞いた店長は形而上の口髭をさすりながら、
「西園寺…………そうか、西園寺か」
なにかを考え込む。瑠壱は思わず、
「あの……どこかで会いましたっけ?昨日以外で」
店長はその言葉にも暫く反応を示さなかったが、やがて方針でも決まったかのように、
「うん、そうだな。なあ、西園寺。お前と、父親の関係性は良好か?普通か?それとも口もきかないような相手か?」
鳥肌が立った。
対して暑くもないのに背筋を一筋の汗が伝い落ちる。その感触が異様に鮮明になる。今までは「ガタイが良いだけの気のいい人」だった目の前の大男が一瞬にして、逃げ道をふさぐ悪魔に早変わりする。
いや、分からない。
今、目の前にいるこの大男が何を考えているかなどさっぱり分かりはしない。
けれど、一つだけ確かなことがある。
瑠壱と父親の関係性を聞いてくる、ということは何かしらの情報を持っている、ということだ。
軽く鼻から息を吸い、吐き出す。ひとつの覚悟を決め、
「良く…………は、ないですね。あの、それがなにか?」
事実を提示する。
嘘をつく、という手が無いわけではないが、それをしたことで相手にどういう印象を与えるのかが全くのブラックボックスである以上あまり分の良い賭けではない。
探りを入れるにしても、嘘はつかない方がいいはずだ。本当のところは「良くはない」などという生易しい関係ではなく、明確に、
「そう、か…………西園寺。お前、藤ヶ崎学園の生徒だよな?」
凄みのある、低い声。だが、そこに少なくとも敵意は感じられない。瑠壱はやはり素直に、
「はい。それが何か?」
智花が話についていけないといった具合に、
「えっと……あの、何の話?」
店長はそれを完全に無視し、
「生徒会ってあるだろ。そこに……花咲夏織っていうのがいる。副会長をやっているはずだ。こいつが、まあ、俺の娘なんでな。もし、なにかあったら頼りにするといい。俺でもいいが、そういうことはあいつの方が得意なはずだ。生徒会のシステムはよくわからんが……多分、お悩み相談だとでも言えば、生徒会室くらいには入れてくれるはずだ。それから、もしお前さんに、そうだな……アニメだとかゲームだとか、そういった創作を好きだって心があるなら、逆にあいつに力を貸してやってほしい。そうだな、例えば、」
そこで言葉を切り、
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