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Ⅰ.声優とガチ恋勢と深夜のファミレス
1.暗証番号には気を付けよう!
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「お疲れ様でした~」
お決まりの「ぽい」挨拶をして、現場(と表現するのが正しいのかは分からない)を後にする俺……いや、咲花あやめ。ややこしいな。俺でいいや。外見は全然違うけど意識は俺なわけだしね。
この手の挨拶っていうのは基本的に定型文。要はお決まりで、当人がどう思っているかなんて関係無かったりするし、より厳密に言うと「お先に失礼します」ならよくって、「お疲れ様でした」は駄目とかいう話もあったけど、今の俺にはそんなことを配慮するような余力は残っていなかった。
「つ、疲れた……」
定型文。お決まり。テンプレート。本心とはなんの関係もないはずの去り際の一言は、今の俺にまさにぴったりだった。
だってそうだろう?ただでさえ、状況がトンデモSFなのにも拘わらず、始まるのが家の一室とかじゃないんだよ?おかしくない?ふつうこういうのって、お互いが目覚めるタイミングから始まるもんじゃないの?なんでいきなり本番三秒前みたいな状況で始まるわけよ。
俺が偶然、咲花あやめ……通称・あややの演じてる、あるいはこれから演じる作品についてきちっと予習が済んでいたからギリギリなんとかなった(本当になんとかなっていたのかは分からないけれど、少なくとも俺目線では大事故は起きていなかったと思う)だけで、これが「咲花あやめ?なにそれ?アイドル?」みたいな知識の奴だったらどうするつもりだったんだろう。確実にやばいことになってたぞ。
いや、そもそも、入れ替わった時点で、その相手が俺だろうが、あややを知らない誰かさんだろうが不味いのは間違いないんだけど。
しかも、今回はやたらと演者が多い。声優さんの収録は、全員が一堂に会してやるもんじゃないって思ってたし、実際に全員がいたわけじゃないんだろうけど、今日は大分人が多かった。主要キャラクターの声優、全員いたんじゃない?ってくらい。
おかげで俺の心労は、その人数分だけ増すことになったんだよね。いや、確かに、作品については予習が済んでるし、あやや程ではないけど、他の声優さんについても知ってることは多い。多いよ。
でもそれと「咲花あやめとして接すること」は全く別問題。だって、あややが各声優陣に対してどんな対応をしているか、とか。どんな言葉使いをしているか、とか。そういうのは全く知らないもん。
アニメ番組のラジオとかで共演してる人も中にはいるから、そのあたりから探りが効かないわけじゃないんだけど、ラジオ上の関係性と実際の関係性は違うかもしれないし。
実際に、何度か「え?(あやや、何言ってるんだろう)」みたいな反応をされたもんな。うう、ごめんよ。元をただせば俺のせいではないし、そもそも誰のせいなのかも分からないけど、それでも俺がやったことだから謝っておくよ。一応、人間関係に傷がつかないように、なんとか取り繕っておいたから、許しておくれ。
っと、そんなことを考えている場合じゃない。まずはこの事態を何とかしなくては。漫画やアニメみたいに綺麗になっているかは分からないけど、俺の精神があややの肉体に宿っているってことは逆に、あややの精神は俺の肉体に宿っているんじゃないかって仮説が立つ。
もし本当にそうなっていた時に、二人を元通りにする方法は……正直分からないけど、取り合えずまず必要なのは現状の把握だ。そして、もし本当に入れ替わっているのだとしたら、二人の情報を共有する必要がある。と、なれば、やることはひとつだ。
「えっと……携帯……携帯……」
俺は建物内の、人が余りいない場所を探して、手元に持っていた(正確には、帰りがけに忘れてるよって言われて渡された、あややの私物と思わしきハンドバッグ)の中を漁る。ごめんあやや。プライベートを探るみたいな真似をして。出来る限り必要のない情報は見ないようにするから。許しておくれ。
そんな、誰に聞かせるでもない謝罪を脳内でしつつ、俺はあややのスマートフォンと思わしきものを探り当てる。
「電池……いや、電源が切れてるのか」
どうやら、収録のタイミングでは電源を切っているらしい。今時のスマートフォンは、鞄の奥底に入れておけば、バイブレーション機能に気が付かないこともあるくらいだし、そもそもブース(って言っていいのかな)内外はちゃんと防音がなされてると思うから気にしなくていいと思うんだけど、このへんはプロ意識なのかな。
暫くすると、スマートフォンの電源が付く。すると、
「暗証番号……」
失念していた。
当たり前と言えば当たり前だ。自分のスマートフォンにだってロックがかかってるじゃないか。今時、ちょっとしたパソコンのような機能も搭載し、プライバシーのたんまり詰まった端末に、他人様がそう簡単にアクセス出来るはずがない。
しかも困ったことに、セキュリティの為とかいう理由を付けて、指紋認証を受け付けないと来ている。
困った。
本人の鞄に入っていたわけだから、本人のもので間違いないだろうし、指紋認証を受け付けてくれるならば、それでロックを解除することも出来たはずだ。しかし、
「暗証番号なんか、分かるわけないだろ……」
暗証番号は四桁。一から九までの数字で形成される。数学の問題と違って、最初に零が入っている数字もカウントするから、そのパターンは九の四乗で……分からん。少なくとも四桁以上のパターンがある。
そんなものを片っ端から試していたら、それこそ日が暮れてしまうし、なによりも、それだけ間違え続ければ、本人以外が解除しようとしていると機械が判断して、より強固なロックをかけられてもおかしくない。どうしよう。取り合えず、可能性がある数字を入力してみようか。
「まずは……誕生日か……」
昨今、暗証番号の設定をしようとすると、しきりに「簡単に特定出来るものはやめましょう」という警告があるから、流石にこれで解除されることは、
「………………解除、されたよ」
あった。
推し声優のセキュリティーがトンデモガバガバだったことを知った瞬間だった。
要らない情報だなぁ……これ。
お決まりの「ぽい」挨拶をして、現場(と表現するのが正しいのかは分からない)を後にする俺……いや、咲花あやめ。ややこしいな。俺でいいや。外見は全然違うけど意識は俺なわけだしね。
この手の挨拶っていうのは基本的に定型文。要はお決まりで、当人がどう思っているかなんて関係無かったりするし、より厳密に言うと「お先に失礼します」ならよくって、「お疲れ様でした」は駄目とかいう話もあったけど、今の俺にはそんなことを配慮するような余力は残っていなかった。
「つ、疲れた……」
定型文。お決まり。テンプレート。本心とはなんの関係もないはずの去り際の一言は、今の俺にまさにぴったりだった。
だってそうだろう?ただでさえ、状況がトンデモSFなのにも拘わらず、始まるのが家の一室とかじゃないんだよ?おかしくない?ふつうこういうのって、お互いが目覚めるタイミングから始まるもんじゃないの?なんでいきなり本番三秒前みたいな状況で始まるわけよ。
俺が偶然、咲花あやめ……通称・あややの演じてる、あるいはこれから演じる作品についてきちっと予習が済んでいたからギリギリなんとかなった(本当になんとかなっていたのかは分からないけれど、少なくとも俺目線では大事故は起きていなかったと思う)だけで、これが「咲花あやめ?なにそれ?アイドル?」みたいな知識の奴だったらどうするつもりだったんだろう。確実にやばいことになってたぞ。
いや、そもそも、入れ替わった時点で、その相手が俺だろうが、あややを知らない誰かさんだろうが不味いのは間違いないんだけど。
しかも、今回はやたらと演者が多い。声優さんの収録は、全員が一堂に会してやるもんじゃないって思ってたし、実際に全員がいたわけじゃないんだろうけど、今日は大分人が多かった。主要キャラクターの声優、全員いたんじゃない?ってくらい。
おかげで俺の心労は、その人数分だけ増すことになったんだよね。いや、確かに、作品については予習が済んでるし、あやや程ではないけど、他の声優さんについても知ってることは多い。多いよ。
でもそれと「咲花あやめとして接すること」は全く別問題。だって、あややが各声優陣に対してどんな対応をしているか、とか。どんな言葉使いをしているか、とか。そういうのは全く知らないもん。
アニメ番組のラジオとかで共演してる人も中にはいるから、そのあたりから探りが効かないわけじゃないんだけど、ラジオ上の関係性と実際の関係性は違うかもしれないし。
実際に、何度か「え?(あやや、何言ってるんだろう)」みたいな反応をされたもんな。うう、ごめんよ。元をただせば俺のせいではないし、そもそも誰のせいなのかも分からないけど、それでも俺がやったことだから謝っておくよ。一応、人間関係に傷がつかないように、なんとか取り繕っておいたから、許しておくれ。
っと、そんなことを考えている場合じゃない。まずはこの事態を何とかしなくては。漫画やアニメみたいに綺麗になっているかは分からないけど、俺の精神があややの肉体に宿っているってことは逆に、あややの精神は俺の肉体に宿っているんじゃないかって仮説が立つ。
もし本当にそうなっていた時に、二人を元通りにする方法は……正直分からないけど、取り合えずまず必要なのは現状の把握だ。そして、もし本当に入れ替わっているのだとしたら、二人の情報を共有する必要がある。と、なれば、やることはひとつだ。
「えっと……携帯……携帯……」
俺は建物内の、人が余りいない場所を探して、手元に持っていた(正確には、帰りがけに忘れてるよって言われて渡された、あややの私物と思わしきハンドバッグ)の中を漁る。ごめんあやや。プライベートを探るみたいな真似をして。出来る限り必要のない情報は見ないようにするから。許しておくれ。
そんな、誰に聞かせるでもない謝罪を脳内でしつつ、俺はあややのスマートフォンと思わしきものを探り当てる。
「電池……いや、電源が切れてるのか」
どうやら、収録のタイミングでは電源を切っているらしい。今時のスマートフォンは、鞄の奥底に入れておけば、バイブレーション機能に気が付かないこともあるくらいだし、そもそもブース(って言っていいのかな)内外はちゃんと防音がなされてると思うから気にしなくていいと思うんだけど、このへんはプロ意識なのかな。
暫くすると、スマートフォンの電源が付く。すると、
「暗証番号……」
失念していた。
当たり前と言えば当たり前だ。自分のスマートフォンにだってロックがかかってるじゃないか。今時、ちょっとしたパソコンのような機能も搭載し、プライバシーのたんまり詰まった端末に、他人様がそう簡単にアクセス出来るはずがない。
しかも困ったことに、セキュリティの為とかいう理由を付けて、指紋認証を受け付けないと来ている。
困った。
本人の鞄に入っていたわけだから、本人のもので間違いないだろうし、指紋認証を受け付けてくれるならば、それでロックを解除することも出来たはずだ。しかし、
「暗証番号なんか、分かるわけないだろ……」
暗証番号は四桁。一から九までの数字で形成される。数学の問題と違って、最初に零が入っている数字もカウントするから、そのパターンは九の四乗で……分からん。少なくとも四桁以上のパターンがある。
そんなものを片っ端から試していたら、それこそ日が暮れてしまうし、なによりも、それだけ間違え続ければ、本人以外が解除しようとしていると機械が判断して、より強固なロックをかけられてもおかしくない。どうしよう。取り合えず、可能性がある数字を入力してみようか。
「まずは……誕生日か……」
昨今、暗証番号の設定をしようとすると、しきりに「簡単に特定出来るものはやめましょう」という警告があるから、流石にこれで解除されることは、
「………………解除、されたよ」
あった。
推し声優のセキュリティーがトンデモガバガバだったことを知った瞬間だった。
要らない情報だなぁ……これ。
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