渡会さんは毒を吐きたい

蒼風

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20.遊び相手がいないんじゃ苦痛なだけよ。

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 おかしい。

 なにかが間違っている。

 こんなことがあっていいはずはない。

 いや、あるはずはない。

 だから、

「ほーら、おかゆが出来たわよ。はい、あーん」

 今四月一日わたぬきが見ている光景は夢だ。幻だ。幻覚だ。あまりの体調不良と高熱が生み出したちょっとした気の迷いだ。

 だってそうだろう。そんな夢の中でもない限り、渡会わたらいが病気のお見舞いに来たどころか、あまつさえ看病までしてくれるなどあってはならないのだから。

「……いまなんかすごく失礼な雰囲気を感じたのだけど、ぶつけていい?一昔前のバラエティみたいに」

「……渡会さんはお見舞いに来たのか、とどめを刺しに来たのかどっちですか……」
 渡会は自慢げに、

「それはもちろん、お見舞いに決まっているじゃない。感謝なさい?私が人のお見舞いだなんてそうそうあることではないのよ?」

「相手がいないからですか?」

「いい機会だから新しい顔に取り換えてもらいなさいな」

 おもむろにサイドテーブルに置いてあったおかゆを手に取る仕草をする。しゃれにならないのでやめていただきたい。本当にやろうとしたら多少荒っぽい手を使ってでもとめよう。多分、大丈夫だとは思うけど。

 渡会はふっと息を吐き、

「まあ、お見舞いをする相手がいなかったのは事実よ。でも、もしいたとしても、自らはいかないわね」

「自らはってどういう意味ですか?」

「そのままの意味よ。人をやるの。この度は大変でしたねおほほっていう役を。その役は、私じゃないわ」

 通常、お見舞いというのは本人が直接するものだ。相手側からしても、全く知らない人間がお見舞いに来たところで、嬉しくもなんともないからだ。

 しかし、彼女は「人をやる」という。

 その関係性は、

「ま、そんなことはどうでもいいわね。それよりもほら、早く食べなさいな。私が食べさせてあげるのだから感謝なさい」

 渡会はそう言いつつ、おかゆをひとすくいし、息を吹きかけて、冷ましたのち、

「はい、あーん」

 なんだろうこれは。

 少なくともいつもの渡会ではない。いつもならこんな優しさを見せることはない。
 四月一日がそんなことを考えながら暫く固まっていると、渡会が不満げに、

「なに、私のおかゆが食べられないっていうの?」

「そんな質の悪い酔っ払いみたいな……食べます、食べますよ」

「素直でよろしい」

 にっと口角を上げ、手元のレンゲを四月一日の口元へと運ぶ。四月一日はそれをぱくりと一口で口に含み、

「……うん、美味しい」

 美味かった。

 おかゆという性質上、そこまで味がぶれることはないだろうし、レシピを参考にするだけの頭と、変なアレンジを加えない常識があればまず間違いなく食べられるものになるのは分かっていた。

 問題は、今四月一日の傍にいるのが、その「常識」が酷く欠落している人間であるということだったのだが、どうやらそこで変にアレンジを加えて追い打ちをかけるような性格ではなかったらしい。

「……なんだかいわれのない誹謗中傷を受けた気がするけど、まあいいわ。どう?食べられそうかしら。こういうときって食欲がなくなるから」

「そうですね……大丈夫だと思います」

「そう?それならよかったわ。食べさせてあげるから安心しなさい」

「あの……別に自分で食べられますけど」

「あら、嫌よ。こうやってなんのひねりもなく普通に可愛い彼女みたいにして、あーんってしてあげ続けたらどういう反応をするのかを見るのが楽しみで来てるんだから、じっとしててちょうだいな」

「……それが目的か」

 やっぱり、ただ看病をしにきたわけではなさそうだ。

 ただ、それでも、普段に比べれば大分、優しかった。病人だから、かもしれない。
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