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Ⅷ.
47.無理やり灯された心の火
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『お前…………』
『あ、ちょっと、やめろって……!』
『…………もしもーし。聞こえる?』
その声は遠かった。当たり前だ。小路の付けて“いた”イヤホンはあくまでこちらからの声を受信するだけのものだ。従って、そこに語り掛けても、俺には聞こえない。ただ、その語り掛けを聞けば、音声以外届かないその先で、一体何が起きているのかは明白だった。
『それ……イヤホン?』
堺田だった。この時点でもう、俺から小路にアプローチする方法は無くなったと言っていい。そして、今までの会話が、小路単体ではなく、他の人間による入れ知恵があってなされていたこともまた、白日の下にさらされてしまった。
『チッ……受信専用かよ。おら』
『あっ……』
『どーせ鞄の中とかだろ?見せろよ』
『ちょっと……やめてって!』
『おい、堺田。こいつ押さえろ』
『らじゃ☆』
『ちょっと……マジで……ホントに……』
『うるせえっての……良いから見せろって!』
暫くの沈黙。
やがて、
『なんだよ、ポケットか。もしもーし。聞こえてますかー?聞こえてたら返事してほしいんですけどねー。どうせアイツだろ?この間突っかかって来た。なんつったっけ名前』
堺田が、
『神木とかじゃなかったっけ☆』
『かみきぃ?なんだよそのかっこつけた苗字はよ。こんなこっすいことして。お前なんかズル木だ。ズル木。おい、聞いてんのか?』
俺の隣から、二見が小声で、
「ちょ、ちょっと零くん。どうするのこれ。作戦、バレちゃってるよ」
小此木も、
「そ、そうだよ。な、なにか作戦、ないの?」
俺は重たい唇を無理やりこじ開けて、
「…………ない」
二見が、
「ないって……そんな無責任な」
「んなこと言われたって……ここからどうしようもないだろ。あくまで小路が言い負かすから意味があるんであって、俺がやったって意味ないし。そもそも、俺が出ていったところで、こいつ、話聞かないだろ。そんな奴、相手したってなんの意味もない」
出てくるのは言いわけばかりで、
「それに、今話しかけたって……俺の言葉は小路にしか届かないだろ。それじゃ意味が無いんだよ……」
そう。
仕方ない。
この状態から、俺が何かをしても、小路の立場が良くなることは無い。仮にこちらからの語り掛けが向こうに届くとしても、それに対して最上がきちんと応じてくれるとしても、それだとしても、状況が好転するとは思えない。そうだ。これは仕方ないんだ。だってそうだろう。俺は別に前渡しで報酬を貰ったわけでも、人間関係トラブルのスペシャリストか何かでもな、
『あん?』
『あ、お前』
『ちょっと貸して』
『あ』
その時だった。
こちらからは最早誰が誰なのかすら分からない声が聞こえたのち、実に大きな声が鳴り響く。
『おいこら聞こえてるかこのクソぼっち野郎!』
星咲だった。たまたま通りかかったのだろうか。
「…………叫ぶな馬鹿。そこまでしなくても聞こえんだよ」
『知らねえよそんなの。それよりもお前、何してんだよ、こんな大がかりなことして』
「さあな。そんなもんお前に教える気はねえよ、腐れマ○コ」
『は、はあ!?それは私じゃないでしょ!!』
「いーやお前もだ、腐れマ○コ。それともクソビッチの方がお好みか?」
両隣から「うわ、最低……」とか「え、え……あの、神木くん……?」みたいな反応が聞こえる気もするが知ったことか。それよりも今はマイク越しのこのムカつく女──星咲詩音のことだ。唐突に出てきてキンキン叫びやがって五月蠅いんだよ。
星咲は更に憤り、
『び、ビッチって……ふざけんなよオイコラお前。ちょっとこっちこいや。二度とそんなこと言えねえようにしてやるよ』
「お断りだな。暴力を振るわれると分かっていて、のこのこ出ていくほど俺は馬鹿じゃない。お前と一緒にするな」
『一緒にしてねえよ。っていうかお前それ、間接的に私のこと、馬鹿だって言ってることになるからな?』
「はっはっはっ、やだなぁ。そう言ったつもりだったのだが、聞こえなかったのかな?耳まで悪いのか、可哀そうに。もしもーし、聞こえますかー?」
『聞こえてるわアホ!』
その時だった。
最上が会話に割り込んでくる。
『オイ星咲。さっきから私たち無視して男と痴話喧嘩してんじゃねえよ』
「あ?おいコラ何が痴話喧嘩だこら。ふざけんなよ、ボス猿の分際でよ」
『オイお前、今お前のイキりは私にしか聞こえてねえからな?』
「チッ……ならお前、そのイヤホン耳から外せ。したらそっちにも聞こえるだろ」
『あ?お前イヤホンだぞ?そんなこと出来る訳』
「いいからやれよクソビッチ。耳ちぎりとんぞアホ」
『だからビッチって言うなやクソが……ほら、外したぞ』
よし。
確かに、星咲の言う通り、イヤホンというのは基本的に耳に入れて使うものだ。外して、スピーカーのように音を拡散する作りにはなっていない。しかし、作りになっていないだけで、音は出る。不得手なだけで拡散することも出来る。それをきちんと届くようにするためにはどうするか。答えは簡単だ。こちらから受け取った音が、向こうに届く際に大きく再生されるようにすればいい。俺は設定を弄った上で、思い切りマイクに口を近づけ、
「おい聞こえるかボス猿こと最上類人猿さんよ」
『あ、ちょっと、やめろって……!』
『…………もしもーし。聞こえる?』
その声は遠かった。当たり前だ。小路の付けて“いた”イヤホンはあくまでこちらからの声を受信するだけのものだ。従って、そこに語り掛けても、俺には聞こえない。ただ、その語り掛けを聞けば、音声以外届かないその先で、一体何が起きているのかは明白だった。
『それ……イヤホン?』
堺田だった。この時点でもう、俺から小路にアプローチする方法は無くなったと言っていい。そして、今までの会話が、小路単体ではなく、他の人間による入れ知恵があってなされていたこともまた、白日の下にさらされてしまった。
『チッ……受信専用かよ。おら』
『あっ……』
『どーせ鞄の中とかだろ?見せろよ』
『ちょっと……やめてって!』
『おい、堺田。こいつ押さえろ』
『らじゃ☆』
『ちょっと……マジで……ホントに……』
『うるせえっての……良いから見せろって!』
暫くの沈黙。
やがて、
『なんだよ、ポケットか。もしもーし。聞こえてますかー?聞こえてたら返事してほしいんですけどねー。どうせアイツだろ?この間突っかかって来た。なんつったっけ名前』
堺田が、
『神木とかじゃなかったっけ☆』
『かみきぃ?なんだよそのかっこつけた苗字はよ。こんなこっすいことして。お前なんかズル木だ。ズル木。おい、聞いてんのか?』
俺の隣から、二見が小声で、
「ちょ、ちょっと零くん。どうするのこれ。作戦、バレちゃってるよ」
小此木も、
「そ、そうだよ。な、なにか作戦、ないの?」
俺は重たい唇を無理やりこじ開けて、
「…………ない」
二見が、
「ないって……そんな無責任な」
「んなこと言われたって……ここからどうしようもないだろ。あくまで小路が言い負かすから意味があるんであって、俺がやったって意味ないし。そもそも、俺が出ていったところで、こいつ、話聞かないだろ。そんな奴、相手したってなんの意味もない」
出てくるのは言いわけばかりで、
「それに、今話しかけたって……俺の言葉は小路にしか届かないだろ。それじゃ意味が無いんだよ……」
そう。
仕方ない。
この状態から、俺が何かをしても、小路の立場が良くなることは無い。仮にこちらからの語り掛けが向こうに届くとしても、それに対して最上がきちんと応じてくれるとしても、それだとしても、状況が好転するとは思えない。そうだ。これは仕方ないんだ。だってそうだろう。俺は別に前渡しで報酬を貰ったわけでも、人間関係トラブルのスペシャリストか何かでもな、
『あん?』
『あ、お前』
『ちょっと貸して』
『あ』
その時だった。
こちらからは最早誰が誰なのかすら分からない声が聞こえたのち、実に大きな声が鳴り響く。
『おいこら聞こえてるかこのクソぼっち野郎!』
星咲だった。たまたま通りかかったのだろうか。
「…………叫ぶな馬鹿。そこまでしなくても聞こえんだよ」
『知らねえよそんなの。それよりもお前、何してんだよ、こんな大がかりなことして』
「さあな。そんなもんお前に教える気はねえよ、腐れマ○コ」
『は、はあ!?それは私じゃないでしょ!!』
「いーやお前もだ、腐れマ○コ。それともクソビッチの方がお好みか?」
両隣から「うわ、最低……」とか「え、え……あの、神木くん……?」みたいな反応が聞こえる気もするが知ったことか。それよりも今はマイク越しのこのムカつく女──星咲詩音のことだ。唐突に出てきてキンキン叫びやがって五月蠅いんだよ。
星咲は更に憤り、
『び、ビッチって……ふざけんなよオイコラお前。ちょっとこっちこいや。二度とそんなこと言えねえようにしてやるよ』
「お断りだな。暴力を振るわれると分かっていて、のこのこ出ていくほど俺は馬鹿じゃない。お前と一緒にするな」
『一緒にしてねえよ。っていうかお前それ、間接的に私のこと、馬鹿だって言ってることになるからな?』
「はっはっはっ、やだなぁ。そう言ったつもりだったのだが、聞こえなかったのかな?耳まで悪いのか、可哀そうに。もしもーし、聞こえますかー?」
『聞こえてるわアホ!』
その時だった。
最上が会話に割り込んでくる。
『オイ星咲。さっきから私たち無視して男と痴話喧嘩してんじゃねえよ』
「あ?おいコラ何が痴話喧嘩だこら。ふざけんなよ、ボス猿の分際でよ」
『オイお前、今お前のイキりは私にしか聞こえてねえからな?』
「チッ……ならお前、そのイヤホン耳から外せ。したらそっちにも聞こえるだろ」
『あ?お前イヤホンだぞ?そんなこと出来る訳』
「いいからやれよクソビッチ。耳ちぎりとんぞアホ」
『だからビッチって言うなやクソが……ほら、外したぞ』
よし。
確かに、星咲の言う通り、イヤホンというのは基本的に耳に入れて使うものだ。外して、スピーカーのように音を拡散する作りにはなっていない。しかし、作りになっていないだけで、音は出る。不得手なだけで拡散することも出来る。それをきちんと届くようにするためにはどうするか。答えは簡単だ。こちらから受け取った音が、向こうに届く際に大きく再生されるようにすればいい。俺は設定を弄った上で、思い切りマイクに口を近づけ、
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